同居人

 セシルは宿舎の男子寮を歩いていた。

 入ってすぐにある階段を上がってから二階へと向かう。二階に着いてからは自分の部屋まで一直線である。

 部屋の前につくと、ドアにはセシル&エリカと書かれた看板がぶら下がっていた。


「ふーん……俺と同じ部屋の人の名前はエリカって言うのか。なんか女子みたいな名前だな。それにセイバーのやつと同じ名前だし」


 部屋の前に立っていても仕方がないので、とりあえず部屋の中へと入ってみた。


「失礼しまーす……」


「あら、こんにちは……」


「「んん?・・・」」


 扉を開けた先には、女子みたいなというか女子であるあの剣の勇者であるエリカがそこにいた。エリカと目が合ってじっくり三秒間見つめ合った結果、ようやく状況を理解した俺たちは柄にもなく互いに悲鳴をあげてしまった。


「ええええええええええええええ!?」


「きゃああああああああああああ!?」


 この時の俺らの悲鳴は宿舎内に響き渡っていたそうな……


 ◇◇◇


 落ち着きを取り戻すことができた俺たちは今こうなってしまったこの現状について話し合った。


「とりあえず俺が部屋を間違えたってのは……」


「無いわね」


「ですよね。いや、わかっていたけど」


 エリカに即答されてしまった。いや、俺が部屋を間違えてしまったかもしれないことよりも気になることが俺にはある!それは……


「とりあえずさ、何で男子寮にエリカがいるわけ?」


 女子であるセイバーことエリカがこのむさ苦しい男子寮にいるのかが物凄く気になってしまっていた。

 エリカは俺の問いに対して、ひとつ溜め息をついてから話した。


「私は理事長に女子寮は全部埋まってしまっていて部屋がないから男子寮の空室を使っていいと言われてきてみたというのにどうして貴方がいるのよ……」


「それはこっちの台詞だぞ」


 まぁ、エリカのおかげで誰が犯人なのかは俺にはわかった。とりあえず今度母ちゃんに会ったときは一発食らわせてやろうかな。この俺の黄金の右ナックルを。

 部屋の前に立った俺は部屋の中に入り、椅子に座った。エリカも俺と離れたところに椅子を置いてから座った。


「しかし、何でこんなことに巻き込まれるのかねー」


 俺が自分の不運さにうんざりしながら言うと、エリカは右手でこめかみを押さえた。


「それはこっちの台詞なのだけれど……」


「そうだなー……」


 二人の間に訪れる静かな沈黙。よくわからないが気まずい空気が二人を飲み込む。気まずい空気に耐えかねて口を開く。


「「あのっ!……」」


 二人揃って被ってしまったため、さっきまでの気まずい空気が二倍となってしまっていた。

 ふむ、気まずいなー。どうすっかなー。

 セシルがこの状況を打開しようと思案していると、エリカが先に閉ざしていた口を再び開いた。


「あのときはごめんなさい」


「あのとき……?」


「入試の時のことよ」


 ああ、あれかー。あのときのことはエリカたちだけのせいじゃないからなー。俺のせいも大きかったしな。


「気にするな。俺のせいでもあるしさ」


「いや、そういう訳じゃなくてね……あなたの顔を忘れていたことをね……」


「それもしょうがねぇよ。俺が離れたときは成長期前だったからな。顔が分からなかったのも無理ねえよ」


 俺がそう言うと、エリカは少し驚いた顔をしてから、すぐに笑顔になった。

 ってか、こいつの笑顔って久し振りに見た気がするな。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。


「セシルはいつもそうだったわね……」


「あ?何が」


「いや、なんでもないわ。ありがとうね」


「……おう」


 エリカが俺に向けた笑顔を、何故か俺は直視することができなかった。

 きっと、俺に向けられた彼女の笑顔が輝いて見えてしまっていたせいだからかもしれない。

 それから、二人は今まで居なかった時間を埋め合わせるかのように夜が明けるまで互いにこれまであったことを語り合っていた。

 その部屋からは、二人の笑い声が聞こえてきていたらしい。


「そういえば、どうしてセシルは私たちの前からいなくなったの?」

 

 エリカはずっと気になっていたことをようやくセシルに聞くことができた。

 セシルは少し考える仕草をしてから、エリカに言った。


「悪い、その話は勇者が全員いる時でいいか?」


「……ええ、別に構わないわ」


 エリカがそう返されると、セシルは少しホッとした。

 昔のエリカは思い通りにいかなかったらすぐ不機嫌になっていたからなー。その辺りはやっぱり大人になったってことなんだろうな。ある部分は子供のままみたいだけどな。


「何か今とても失礼なことを感じたような気が……」


 ま、まさかエリカはサトリなのか!?……いや、違うか。違うな。


「そうだ!逆にさ、お前たち勇者が俺がいない間に何があったのか教えてくれよ」


「まぁ、それくらいなら別に構わないわ」


 セシルの問いにエリカは一度席を立ち、窓に近づき外を眺めながら、語り始めた。


「そうね、まずはどこから話そうかしら……三年前の『あの戦い』が終わったあと、私たち六人は次の戦いに向け、この学園に入学したわ」


「三年前って、お前まだ七歳だろ?入学できなくね?」


 セシルが疑問に思ったことを尋ねると、エリカは勝ち誇った顔を作り、答えた。


「ねえ、知ってる?この国には飛び級制度があるのよ?そして、私は勇者のひとりなのよ?あとは言わなくてもわかるわよね」


「ああ、そういうことか」


 なるほど、飛び級制度を使ったのか。ってか、この国に飛び級制度なんてものあったのかよ。今はじめて聞いたぞ……


「続けるわよ。無事合格することのできた私たちは学園の先生たちの指導のもと、魔法の訓練、神器の力を引き出す練習をして三年間を過ごしたわ。なのに……」


 エリカはそこまで言うと、一度言葉を止めてから、セシルに目を向け、少し睨みを効かせた。

 

「えっ、なに?俺なんかしたっけ?」


「別になんでもないわ。三年間強くなることだけを考えて過ごしてきた私たちが手も足も出ない強さを手に入れていたなんて、気にしていないから」


「めちゃくちゃ気にしてんじゃねえか」


 いや、ホントに。この子ってこんなに根に持つタイプだったけなー。マジかよ、面倒くさい性格してんなー。俺が言えた質じゃないけれどな。



「コホン、それで今年は入試の監督をしていたら、あなたが現れたのよ」


「色恋沙汰とかはなかったのか?」

 

「……あったわよ」


 えっ!?マジかよ……アイツらって脳筋に戦闘狂にプライドの塊だろ?そんなやつらが色恋沙汰に縁があるとか、驚きを隠せないんだが。


「ちなみに誰が?」


「あまり言いたくないのだけれど……私が知っている限りでは、アーチャーのダイナとブレイカーのガルメン、ヴァルキュリーのイリスとガーディアンのミリアが付き合っているな」


「……ん?ま、まさか男同士と女同士で付き合っているってことか!?」


「ええ、誠に遺憾ながらその通りよ」


 俺は思わず頭を抱えたくなってしまった。知り合いが男同士、女同士で付き合っていると言われて驚かない人がいるだろうか、いや、いない。

 別にそういう関係をバカにするつもりはないし、気持ち悪いとは思わない。ただただとにかく驚いてしまっていただけだった。


「そう、だったのか……」


「ええ、そうよ……」


 重い沈黙が俺たち二人の間に流れてしまった。ただただそのときは気まずい空間であった。


「この話はもうやめよう。それに明日も早いんだし、もう寝ようぜ」


 この空気に耐えれなくなった俺は無理矢理話題を変えて、明日に備えて寝ることを提案することにした。

 エリカも俺と同じ気持ちだったようで、俺の提案に乗り、自分たちのベッドへとそれぞれ入り、この日は終わってしまった。

 七人目の勇者による始まってしまった学園生活は、平和で終わることはできないだろう。これから待ち受けているであろう波乱万丈な日々にセシルは思いを馳せて静かに眠りについた。

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