後日談:破戒
これはきっと、罰なのです。神に背いた私への、見えざる罪への罰なのです。この身体はいまだにシスターとして神の愛を実践すると言いながらも、この夜に溺れていく。まるで底無し沼にいるかのよう。神への背信行為は、私を伴侶と呼ぶ青年主導で行われていました。
「シスター、そんな遠くで見ていないで、どうです? もっと近くで楽しみましょうよ」
レージさんはそう言って、にこやかに笑いかけます。彼の頬には赤い返り血が斑点となってこびりついていました。組み敷いている女性はすでに事切れており、彼が大好きだという顔をしていて……恍惚と笑う彼を見るたびに、喉の奥からせりあがるものを覚えます。
「シスターがいてくれて助かります。やっぱり同性がいると向こうも安心するんですかね」
私と彼との関係は、シスターと敬虔な信者ではなくなっていました(彼は無神論者とのことでした)。懺悔室で罪を告白したあのときから、私と彼は共犯者となったのです。
レベッカを守るための殺人が、私達の初仕事になりました。彼女に暴力を振るおうとした男を、あのとき以上に残酷な方法で葬りました。レージさんの殺人は快楽に由来するものでしたから男性の殺人に消極的でしたが、その手際はぞっとするほど慣れていました。
それで終わる……と思っていた私は彼を甘く見ていたのでしょう。伴侶と言った彼の言葉通り、私はもう戻れないところまで来てしまっていたのです。
「さあシスター。次は誰の歪んだ顔が見たいですか?」
私が手を切ろうとした時点で、レベッカに危害が加えられる。その未来は明白でした。私は彼に……快楽殺人鬼である彼に、永遠に繋がれたのです。
呪ってしまいたい。私の愚行を。けれどそれだけはできない、だって私は後悔することだけはできないのだから。
レージさんが「いい」と言った女性を殺人現場に誘導するのが、私の役目になりつつありました。シスターである私の立場は、禁断の密室になりえる懺悔室を使える点で適任だったのです。適任すぎたのです。いつからか、教会の懺悔室は殺人現場として固定され、血が付着するたびに後始末をする。返り血対策で被せていた布を回収して洗濯機に放り込む。ごうんごうんと音をたてて回る洗濯機を見ると、私はふっと現実に引き戻されるのです。
「う、グ……ッ! あああ、あああああ……!」
吐いても何も吐き出せない。水洗トイレを流れていく胃液に目尻が熱くなって仕方がない。私はおかしくなっていく、彼との非日常が日常にすりかわりそうで恐ろしくなる。
だけどこれこそが私の罪であり、罰だというのなら。いつか彼に壊されてしまう前に、受け入れるべきなのでしょうか。
レベッカ、あなたを守るためなら私は何だってすると言ったわ。きっとこれが、その末路なのね。
後悔だけはしない。私がボロボロになって、あなたの隣に立てない汚れた女になったとしても……あなただけは、すべてから守ってみせる。たとえ彼と共に地獄に落ちるとしても。
アンゼリカは懺悔する 有澤いつき @kz_ordeal
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