誓約
「なんとなくではありますけど、シスターが僕を懺悔相手に選んだ理由はわかりました」
僕はシスター・アンゼリカの罪を世間に公表するつもりはない。シスターが僕を指名したのは正解だろう。彼女がどこまで意図しているかはわからないが、僕は彼女に弱みを握られている。すなわち、殺人現場の目撃という、社会的に抹殺しうる強力なカードを。シスター・アンゼリカの懺悔を盾にしたところで、彼女の少女時代の罪を立証することはほぼ不可能に近い。
僕を懺悔相手にしたのは、ある意味で賢明であり、安全策とも言える。教会に僕がやって来たとき、シスターは運命を感じてくれただろうか。
「でもシスター。僕がこの教会にやって来た理由がわからないわけではないでしょう?」
「……私を殺すのですか」
「いいえ、今はまだ」
僕がこの教会に来たのは目撃者の抹殺ではない。僕はそもそもシスターに現場を見られたと知らなかったし、教会で出会ったのは別の意図があってのこと。僕の行動原理は至極単純だ。
僕は美しきシスター・アンゼリカの苦悶の表情を見たくて来たのだから。
「僕の趣味を知ったのはシスターが初めてなんです。それはとても貴重なことだ、僕だって他の女性と同じように壊してしまうのは惜しい」
どうせなら焦らして焦らして焦らしきった果てに繊細に壊してしまいたい。
「それで、シスター。僕はこの話を後生大事に抱えて生きていけばいいんですか?」
「……いえ。あなたには、私が再び罪を重ねる愚行をどうか許してほしいのです」
再び罪を重ねる愚行。再びの意味を理解できないほど、僕は察しの悪い人間ではない。
彼女の懺悔を聞けばわかる。シスター・アンゼリカは唯一の親友レベッカのためならばすべてをなげうつ覚悟と行動力を備えた女性だ。そんな彼女が罪を重ねるというのなら、それはレベッカ絡みでしかあり得ない。
「レベッカさんに何か?」
「厄介な男に関わってしまったと」
また男がらみらしい。そこまで男運が悪いと逆に興味がわいてくる。一体レベッカという女のどこに男は魅力を感じるのか。シスター・アンゼリカを上回る美女なのか。回顧を聞く限りではそばかすがあったり、垢抜けない印象を受けるが果たして。
「レベッカを守るためなら、何度だって私は神を冒涜します。それがシスターとして、人間として許されない罪だとしても、たとえ檻に放られることになっても……私は、愛するレベッカを救ってみせる」
ああ、嫉妬だ。こんなもの妬いてしまう。シスター・アンゼリカが見せる憎悪や復讐心、美しい彼女を歪めるレベッカが心底羨ましい。僕がナイフで肌を切らなくても、シスターを魅力的な顔にしてしまう。レベッカという女が、僕は本当に羨ましい。
「嫉妬してしまいます」
「はい?」
シスターは意味がわからないと言ったように小首を傾げる。僕は閃いた、閃いてしまったんだ……彼女を繊細に壊す、そのプロセスを堪能する素晴らしいアイデアを。
「シスター、その話、僕にも噛ませてもらえませんか」
「……それはできません。私は私の罪を、他の誰にも被らせることはしない。それは私が背徳を犯す、罰のようなものです」
それは違う。シスター、あなたは確かに聡明で慈愛のある女性なのだろう。だからこそ気付くべきだ。あなたが話をしているこの僕が、一体どんな性癖を持った男なのかということを。その深淵をあなたは覗くべきである。
「シスター、あなたは何か勘違いをしているようだ。僕はあなたと盟友になりたいと、そう提案しているんです」
「ですからそれは」
「レベッカの話をしたのは失策だと思いますよ」
シスター・アンゼリカの顔色が一変する。悲愴な表情に青白さが増す。生命の危機を感じて絶望に秤を傾けていく美しきシスター・アンゼリカ。ああ、その顔を僕はずっと見ていたい。
「僕、絶賛彼女募集中なんです。美しいあなたの大切な親友……きっと、魅力的な女性なのでしょう」
「――ッ!」
「ねえ、シスター」
焦らして焦らして、焦らしきった果てに壊すと決めた。今までのようにはしないと決めた。大切に近くに置いて、力加減を間違えないように、じっくりとそのガラス細工を堪能したい。
懺悔室に逃げ場はない。狭い空間に膝をついていたシスターが後退りしたところで、無慈悲な壁に阻まれるだけなのだ。僕はゆっくりと壁際に追い詰められたシスターに迫る。愉しくて、愉しくて堪らない。
果たして蛇はどちらだったのか。罪深いと懺悔すべきは誰だったのか。罪を告白したのはどちらなのか。
きっと神はすべてを許すだろう。だって僕の神は、僕に都合のいいことしか言わない。
「僕の
月光は懺悔室まで届かない。美しきシスター・アンゼリカが苦悩する姿を、僕は特等席で楽しんでいた。
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