凶行

「……どうして、僕なんですか」


 そして、またこの問いを繰り返す。シスター・アンゼリカの話を聞けば納得する答えが得られるかと思ったけれど、やっぱり僕に話した理由がわからない。


「最初に言いましたよ、レージさん。コンビニで働いていた女の子、です」

「それは聞きました。だから尚更わからない」


 僕とシスター・アンゼリカは出会って一月ほどの関係だ。確かに他の教会の人間よりは話すし、距離は近づいていると思う。僕も少しずつシスターと距離をつめていつかは……と思ってはいたけれど、一月でガードが崩せるほどの女性だとは思っていない。ましてや、自己の罪の告白だなんて。

 その答えがコンビニバイトの彼女だと、シスター・アンゼリカは繰り返す。


「はっきりと、言うべきですか? レージさん」


 念押しするようにシスター・アンゼリカが問う。答えはわかりきっているだろうに。


と、そう言っているんです」


 ――ああ、こんなとき、どんな顔をするんだったっけ。悪事がばれてしまったときの表情は、久々すぎてもう思い出せない。口角があがる。イタズラが明るみに出たとき、誤魔化すように舌を出したような。でももうそんな歳でもない。

 僕は笑うことしかできない。だって溢れてくるから止められないのだ。


「最初はね、こんなマニアックな性癖になるなんて思わなかったんですよ」


 女の子が好きだ。二重瞼のくりくりした女の子。胸が大きな女の子。綺麗な化粧のお姉さん。テレビの向こうのアイドル。巷で話題の女スパイ。

 誰でも、僕のストライクゾーンに入る女性なら、誰もが欲しくなった。


「そうしたら、いつからか……女性が苦しむ姿が愉しくなりまして」


 押し倒したときだろうか。無理矢理事に及ぼうとしたときだろうか。もう最初なんて覚えていないけど、力ずくで押さえ込んだときの苦悶の顔。きっとそれに、強く惹かれたんだと思う。

 シスター・アンゼリカの回顧に出てきたジョン・L・ウォーカーときっと近い部分を僕はもっている。組み敷いて嫌がる姿にそそられたのだ。もっと眉根を寄せて欲しい。もっと嫌がってほしい。僕よりも弱い力で、貧弱な反抗で、無駄な足掻きを死に物狂いで繰り返してほしい!


「もっとその顔が見たいと思ったら、いつの間にか死んでたんですよ」


 僕が女の子をリサーチする理由が恋愛から殺害にシフトしたのは、初めて女の子を手にかけた日からだ。ある意味において、僕は今も恋をしているのだけれど、きっとそれは誰にも理解されない。僕は僕好みの女性を探し苦しんでもらうために、アンテナを張り、全力でアプローチする。そのプロセスで死体になってしまうのは不本意なのだと言っても、理解はされない。しかし理解されるとかされないとか、最早僕には関心のないことだ。


 僕好みの女性を片っ端から探し、事に及び、壊れてしまう。繰り返していたら世間は連続惨殺事件などと仰々しい文句を垂れるようになった。電光掲示板を流れる僕の失敗を、僕は誇るでもなく、むしろ恥じる思いで見つめている。失敗したから、シスター・アンゼリカにも見られてしまったのだ。


「壊れてしまうのは大体二人っきりのときだったから。僕だって屋外でやるほど盛ってはいない」


 でもコンビニバイトの彼女は、本当にイレギュラーだった。いつものように接近して、連絡先を交換して次のステップに進もうと思っていた。ところがアイドル似の彼女は意外とガードが固い純情少女で、僕の誘いを頑なに拒んでみせたのだ。別に珍しいことではない。まだ弄くるレベルではない。

 壊してしまったのは、壊そうと決めたのは、彼女が僕の逆鱗に触れたからだ。僕の美学を侵したからだ。


「『性欲の対象としてしか私を見ていないんでしょ』って言われちゃって……とんでもない、とんでもないことですよシスター。わかります? あの女は僕を、それこそレイプ魔と同じように僕を括ったんだ」


 許されることではない。僕が女性を求めるのは、もう性愛のためではない。苦悶苦痛悲嘆絶望ありとあらゆるマイナスの感情を僕に見せるための興味深い鏡、それが美しき女性たる存在である。僕はその最も輝く瞬間を間近で見たいだけ。

 だというのに、こともあろうに性欲と結びつけたんだ、彼女は。


「僕はアーティストだ、なんて言うつもりはないけれど、獣みたいな男と一緒にされたくはない。彼女は僕を怒らせた。だから早く壊したくなった。でもやっぱり、突発的な行為というのは失敗してしまいますよね」


 シスター・アンゼリカが見たのは、コンビニから裏へ入った路地だろう。深夜もメインストリートは若者が騒がしいから多少の目眩ましになると当時は考えていたけど、隙間からシスター・アンゼリカは僕の罪を覗いていたらしい。

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