007 本気

 模擬剣を両手にもち正面に構えた姿勢。一般剣術の初期態勢、見慣れたものだ。

 ――魔導模擬戦なのに剣を両手持ちするだと?何を考えている......いや、何も考えていないのか。しかしそれよりも......

「ほら、早く武器を出したらどうだ? ビビってるんじゃねえよ」

 半分笑いながら名も知らぬ相手は言う。当たり前だが入学初日、まともに授業もまだ始まっていない新入生はまだ模擬武器を持っていない。基本的にそういう装備は全て学院から支給されるため、余程特殊な場合を除き自前の武器を持ち込む生徒もいない。ナイトメアも例外ではなかった。

 たちが悪い。

 しかし動じる必要は無い。剣術ありの模擬戦に異議を唱えなかったのには理由がある。

「必要ないです。魔術だけ......あるいは体術だけでも十分です」

「チッ――そうかよ、じゃあ本気でやっても文句はねぇよ......なぁ!?」

 言いながら振りかぶり飛び込んでくる。なんのひねりもない踏み込みからの縦斬撃。

 ひらりと右に身体を揺らす。通り過ぎていく相手をただ見送る。

「――ッ。このぉ!!」

 身体をひねり大きく振りかぶる形の横薙ぎ。身のこなしもまぁ、普通、か。

 早くもなければ遅くもない斬撃をただ躱す。相手は構わずに剣を振り続ける。縦、横、切り返し、斜め。右、後退、後退、

 衝撃と同時に相手が飛び退いた。剣を右手に持ち、左手を前に向ける。

「《炎よ集え・矢を為して翔べ》!」

 三回起動の炎攻撃魔法【フレイム・アロー】。連続発射ぐらいはできるらしい。

「《水よ集え・壁を為して護れ》」

【ウォーター・ウォール】。水防御魔法。何発撃とうとも維持している限り炎の塊は蒸気となって消える。

「チッ......だがまだ俺は本気じゃない......どこまで耐えれるか見ものだなぁ?」

 ――はぁ――思わずため息。

「......くだらないことを......」

「あぁ? なんだとてめえ......バカにするのもいい加減にしろよ......?」

 口を挟んだのはゼクティスだった。

「武器も持たない下級生相手に剣も魔法も使って戦ってる。あなたの方が十分に有利な状況を故意に作り出しておいてよくそんなことが言えますね」

「あぁーそうかそうか! そういえばまだ武器ももらってないのか! ククク......いやぁ失念してたぜぇ......亅

 白々しい。相手しててイライラするんだよ、こういうのは。

「だがこの試合を受けたのはお前だ、てめえの頭の回らなさを恥じるん――」


「【】」


 瞬間、相手の言葉が、動きが止まる。

 当の本人は何が起きたか気づいていないようだ。

「さっき本気でかかるとか言ってたのはどこの誰だ? 口だけは達者なようだが武の語り合いを選んだのはあんたの方だ。俺は知ってるんだ、そういうタイプの人間は弱者しかいないってね」

 相手は少しの間固まったままだったが、突然思い出したかのように喋りだした。

「だ、黙れ! 俺が本気を出せば貴様なんかすぐに......そう言うなら貴様の本気を見せてみろ! そうすれば実力の差がハッキリするだろうが!」


 ――本気、ねぇ。

 ――今ここにがいれば。

 ――俺は――


「......あんたは本気を出すのに値しない。少なくとも......俺の目にはそう映る――」

「てめぇ......ハッ、結局ビビってるだけじゃねえかよ。あんだけ威勢のいい御託並べて結局はそれか......お前も十分くだら――」

「――ですが、」

 遮り、言葉を続ける。

「そろそろクラスメイトが退屈してそうですから、この辺で終わりにしましょうか......どうしますか、このままドローでも私は構いませんが」

「......いかにも余裕で勝てるけど、仕方ないからドローでいいみたいな言い方だな......? 勝てるってんなら勝ってみせたらどうだ」

 ふぅん......

「そうですか。では――」

 ――進みでて、足が地に着く時、一言。

「《疾く駆けよ》」

 風補助魔法【ウィンド・ステップ】。瞬速で背後へ駆け抜ける。そいつの目は未だ俺が元いた場所を捉えている。見えてもいないらしい。

 首筋へ一撃。男はその場に崩れ落ちた。首にトンッてするやつだ。娯楽小説でよく見るが、個人的にそこまでかっこよくないと思っている。あまり好きじゃないが相手を制圧する手段として優秀なのは間違いない。

パチパチ、と拍手の音。源ははじめからそばに立っていた人だった。

「素晴らしい身のこなしだ。ナイトメア・ダーカー。君のことは聞いているぞ、主席入学者だそうだな」

「ご謙遜を。あなたの方が俺なんかより倍は強いでしょう」

「さあな。正直少し自信を無くしたさ。うちの者がすまなかったな。君ならどうせすぐに終わるとは思ったが、迷惑をかけた」

頭を下げてきた。この人は本当にただの付き添いのはずだ。謝る道理はない。

「あなたは悪くないですよ。つまらないことに付き合わされたのは見ていればなんとなく分かります」

「そうは言ってもな、こちらにも面子がある。こいつは俺が送り届けておくから、君達は先を急ぐと......いや、急ぐ必要はなさそうだな」

「あなた達、こんなところで何を?てっきりもう寮舎に......あぁ、そういうことですか」

後ろから来たのはルアナ先生だった。どうやらもたもたしている間に追いつかれてしまったようだ。

「あぁ、すみません。ちょっと色々あって......」

「いえ、状況を見れば分かります。グランさん、アーラスを頼みます」

「もとからそのつもりですよ、手間取らせてしまい申し訳ないです」

「あなたは悪くないのでしょう。後ほど伺いますので、休養室に縛り付けておいてください」

「ハッハッハ! 了解しました。」

そう言ってグランさんはアーラスを担いで――

「あぁ、それより一つだけ。ダーカー。」

「はい?」

何だ? 言い忘れたことでもあるのだろうか?

「近いうち、君とは一戦交えることになるだろう。その時は頼むよ」

「は、はぁ......? まぁ、分かりました」

今度こそ去っていった。

「ルアナ先生、こういうことは多いのか? なんか分かってたような反応だったじゃんかよ」

「......こちらも手を焼いています。アーラス・エンスレイヴ......彼は通常科3年なのですが、戦術コースの選抜に落ちているんです。それが原因か戦術コースの......とりわけ新入生に対し幾度も嫌がらせのような行為を繰り返しているんです」

「エンスレイヴって......あの上院貴族家の?」

「はい。彼はプライドが強いらしく、下級生に模擬試合を無理にさせていたぶり優越感に浸っていると聞いています。戦術コースの生徒には勝てた試しが無いようですが」

「クソ野郎だな」

フレアにシンプルに罵倒されている。本人が聞いたらどう思うかな?

「まあいいです。これを機にもうやめてくれるといいのですが、今の私達が気にすることではないです。寮舎へ行きましょう」

「「「「はい!」」」」

全員の返事の後、また寮舎へと歩き出す。なんとなく周りから視線を感じるがまあ気のせいだろう。隣を歩くゼクティスもなにか言いたげだが後で聞こう。

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ロスト・フラグメント セントビー @seiru_Gamer

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