バトルロマンティカ

@7729ab

第1話バトルロマンティカ登場

「・・・これで・・・」

 フォックス眼鏡の奥に、艶のある瞳を隠した、紺色ロングヘアの白衣の女性は、フラスコの中に揺れる緑色の液体を見つめ、赤い唇で静かに笑う。

「完成」

 と、その時、研究室の扉がふいに開いた。

 現れたのは、スーツにネクタイ姿、年50過ぎほどの、壮年の男性だった。額が広く、若干禿げ上がっている。

「おっと、土岐教授、すまない。何かの研究の途中だったかな?」

「こんにちは。学長。奥さんとのデートの予定だったんじゃないんですか?」

 土岐と呼ばれた女教授は、フラスコから目を離そうともせずに、言う。

「もう夕方の5時ですよ」

「ディナーは7時からだよ。それより・・・」

 教頭は、実験台ごしに土岐教授の前に回り込み、

「その緑の液体は何かな」

 そう質問する。

「魔法の液体ですよ。

 氷点下を超えても凍結する事のないこれを-30°まで冷却し、生き物の血管に注射し、徐々に生命体の血液と入れ替えてゆく。

 完全に入れ替わった所で、その生命は生命活動を停止、コールドスリープと同じ状態になるわけです。

 名付けて、コールド・・・リキッド・・・そのままですが。

 まだ兎でしか試した事はありませんが」

「試したのかね!? 兎で!」

「ええ・・・それで、その子はいまは、安らかな冷凍睡眠の真っ最中」

「見せてくれんかね。どこにいるのかね!」

 教頭は興味津々で聞く、

「それは・・・ごめんなさい、いまはちょっと・・・」

 土岐教授は、首を横に振る。

「学長こそ、何か御用で?」

「すまない。実は君に頼みたい事があってな、明日の3年生の科学の講義に、ぜひ出席してもらえないかと思ってね。

 いつもの講師が交通事故で軽い怪我をしたと、連絡があってな」

「考えさせて頂いて、今晩にでもお電話致しますわ。それでよろしいですか?」

「わかった」

 教頭はうなずく。

「では・・・その、コールドリキッドとやらを、ぜひいずれ全人類の未来のために、人体で実験してもらいたいものだ

 すぐには出来んだろうが。

 頑張りたまえ」

「ありがとうございます。教授」

 土岐教授は、はじめて教頭の顔を見て、にこりと微笑む。そして、実験室の扉を閉め、去ってゆくまでを見送る。

 そして、舌を出し、

「なーにがコールドリキッド。ふふふっ」

 こいつは・・・」

 と、言いかけた時、。突然またも、実験室の扉が開く。

 さすがに慌てそうになった土岐教授だが、冷静をよそおう。

「まだ何か?おありでしょうか?」

 教頭は、速足で土岐教授の目の前まで戻る。

「一つ忘れておった。

 最近『バトルロマンティカ』なる、君に風貌がどことなく似た人物が、正義面して暴れ回ってるようだが、万が一君と疑われるような事があれば、いつでも私に言ってくれたまえ」




「今日はボスの37回目のバ…」

 ボズッ!!

 スキンヘッドの額にドクロの入れ墨、濃い紫に染めた後ろの髪だけを肩まで延ばした、鋲のついた肩パットに、鋲のついた膝パットの痩せ型の男は、言いかけた途中で、ごつい拳に拳骨を喰らった。

 殴ったのは、身長が2メートル近くある、筋肉の塊のような体に『とても似合わない』どころではない、サイズがまったくあっていなくて、ぴちぴちの黒のタキシードに、赤いネクタイ、足の筋肉のラインが出過ぎたズボンの男。

 10回目くらいの27才のバースデーを迎えたであろう、そのボスは、これまたまったく似合わない、黒のシルクハットにカールした髭の強面で、怯えるスキンヘッドにドクロの男を睨みつける。

「27才のバースデーだ!」

「た、確か去年も27・・・」

「文句・・・あるか。去年も今年も来年の再来年も、俺は永遠の27才なのだ!」

 ボスは、スキンヘッドにドクロの男の首根っこを引っ掴み、ごく低い声で凄む。

「い、い、い、い、い、いえ・・・あり、あり、あり、あり、あり、あり・・・ませんっ・・・」

 首を激しく横に振り、怯えるドクロ男。周りを取り囲む、いかにも手下な数十人の男たちも、後ずさり、怯えている。

「あと、その恰好はなんだ?世紀末の漫画か?今は21世紀なんだぞ?

 男なら常識のあるお洒落で、常にダンディに決めないと、いかんのだ」

 なら、自分のセンスはなんなんだよ、などと言えるはずもなく、ひたすら首を縦に振るばかりだった。

「いいか!おまえら!!」

 野太く馬鹿でかい声が、地下のガレージに響き渡る。

「今日は、泣く子も黙る悪の暴走団、クレイジードッグのボス、俺、疾風の翔様のバースデー暴走だ!心置きなく暴走しやがれ!!

 男なら警察なんて気にすんな!」

「お、おうっ!」

 周りの男たちは、一斉に慌てて声をあげる。

 しかしボスは恐ろしい不満と怒りの顔で、眉にシワを寄せ、

「声が小せえぞ、てめえら!!」

 怒号を発する。

「お、おうっ!!!」

 精一杯の大声を張り上げる手下たち。大声がガレージに響き渡る。

 少しの沈黙、手下たちを見渡すボス。男たちに底知れぬ緊張が走る。

 少しして、納得の顔で、首を縦に振る。

「それでいいい・・・」

 しかし、男たちの緊張の糸は途切れない。

「帰ってきたら、今日は俺の屋敷で飲めや歌えだ!楽しみににしてろ!」

「お、おうっ!!!」

「さあ、てめえら、行きやがれ!!!!」

 男たちは各々のバイクにまたがり、エンジンを吹かし始める。しかし翔だけは 存在感を持って停めてある、年代物の、金色のキャデラックに、悠々と乗り込む。

 キャデラックの屋根には、巨大な拡声器が取り付けられていた。

 ボスが、ガレージのシャッターを、手元のリモコンで開けると、男たちは夜の闇へと一斉に飛び出した。



「…て事で、明日は事故した講師のお陰で、代わりに私が教壇に立つ事になったわけ」

 大学の、理化学専門の土岐教授・・・のプライベート姿の土岐茜は、学内にいた時とは違う、アンニュイな顔で、窓から都市の夜を眺めていた。

「教頭には、日頃からなにかとお世話になってるから、出てあげる事にした」 

 ハーブティーを傾け、ソファに深く腰掛け、窓越しに都市の夜を見ながら、憂鬱な溜息をつく。

 1サイズ大きめくらいのTシャツに、線の良く出た細見のジーンズと、雰囲気も教授キャラとは違っている。

 茜は向かいに座り、必死に携帯ゲームをやっている、彼女よりもいくつか年下の少女に目をやる。

 タンクトップにショートパンツ、髪をわずかに茶髪に染めた、茜より、背は10センチほど低そうな少女である。

「ゆかりちゃん、明日、試験なんでしょ? いいの?遊んでて」

「いいの。もう諦めてるから。てか、この敵ムカつく」

「ふーん」

 茜がなにげなく返すと


 ピンポーン


 ふいに、チャイムが鳴る。

 茜が玄関まで出て、オートロックの扉を開けると、いつものピザ屋が立っていた。いかにも新人君と言った感じだった。

 昨日も今日も同じ顔だ。

「どうも、ピザ・ルネッサンスで・・・」

「注文して何分立ってると思う?」

「すみませんっ、渋滞で混んでたもんで、それと、ここらへん道がわかりにくくて・・・・」

「大通りの交差点の角に立ってるこのマンションのどこが、そんなにわかりにくいワケ?」

 アンニュイな声の調子は、ずっと揺らぐ事がない。

「いや・・・それは・・・その・・・」

「一昨日は40分、昨日は60分、今日は50分待ちました。タダにして」

「いや、それはちょっと。その・・・うちは一時間お待たせすると、半額・・・という決まりで」

 焦りまくる新人君。

「わかったわ。新人君に免じて許してあげる。80%割引にして。でなきゃアンタんとこに、長々とクレームの電話、メール、LINEを入れちゃうから」

「そ、そんな・・・」

 うなだれる新人君。

「わ、わかりましたよ」

 と、泣く泣く彼は電卓を叩き始めた。



 ソファのテーブルで、二人前より少し大きめピザの箱を開ける。

「・・・ホタテのトッピングなんて頼んでないし」

 顔色も変えずに、注文と中身の違うピザを見つめる茜。

「・・・なにこれ、シーフード??いらないから」

 顔を曇らせながら溜息をつく、ゆかり。


 と、その時だった。


 デスクのパソコンのアラームが鳴る。茜にとっての、特別なメールが届いたのだ。

『現在、C-7地区の湾外沿いのハイウェイを、暴走集団クレイジードックが法定速度を大幅に無視し、暴走中。現在、警察が出動中。

 てことで、ぜひ来・て・ね☆待ってるよ-』

「パーティーの招待状が来たわ」

 頼んでもないホタテのピザを一口食べながら、パソコンを見る茜。

 なぜか口調が楽しそうだった。

「・・・また、やるんだ、やっちゃうんだ、あんなコトやこんなコトとか、やっちゃうんだ、いけないんだ」

 シーフードのピザをパクつきながら、うんざりした顔でゆかり。

 茜はゆかりを振り向くと、

「せっかく招待されてんだから、行かないのは失礼でしょ?」

 と、不敵にほほ笑んだ。



 ビルに隣接して、一件のカクテルバーがある。

 茜は店に入る。客はいないようだった。カウンターでグラスを磨く、店のマスターの老人に、一言、

「ちょっと、オリジナルのカクテルを・・・」

 白い髭を蓄え、薄茶色のベストを着た、この道何十年という雰囲気の渋い老人は、無言で茜をカウンターの奥へと案内し、地下へと続く階段を降りていく。

 広くはない、そこはガレージだった。

 車が一台停めてある。BMWのミニクーパーSだった。

 真っ青なボディの側面には、ど派手なピンクでBattle Romanticaとペイントされている。

「このフォルム、この眺め、何度見てもさいこー!!」

「普通のクーパーSじゃない、エンジンまでも特別なカクテルだ、ゆっくり味わいな」

 茜は抱えていた箱の蓋を開ける。青色の液体が充填された、弾丸のようなものが、詰まっていた。

「中の液体、夕方、大学の研究室でやっと完成させてきた。これさえあれば、盛り上がること間違いなしってね」

「まあ、好きにしな」

 茜は、キーを貰うと車に乗り込み、エンジンを掛ける。見事なエンジン音に感動する。

「派手に好きなだけやってきな」

 マスターは、リモコン操作でシャッターを開ける。

 茜の乗り込んだクーパーSは、エンジン音を響かせ、ガレージを飛び出した。

「ワシの、元メカニックの腕を存分に活かしてくれよ」



「お待たせ、ゆかりちゃん」

 隣のビルの前で、退屈そうに待っていたゆかりを助手席に乗せると、車は夜の街へと走り出す。

「なんで、私まで連れて行くのよ、お姉ちゃん」

「と、いいつつ自分から乗ってくれた。結局、ゆかりちゃんんも、今から楽しくてしかたないんじゃないの?」

「そ、そ、そんなわけないじゃないっ!私だって明日試験があって、本当は勉強しなきゃいけないんだからっ!」

「ずーっとゲームやってたくせに、なにが」

「う・・・」

 黙り込むゆかり。

「お姉ちゃんに、もしなにかあったら大変だから、着いていくのよ!」 

 そして、言い返す。

 車は湾岸沿いのハイウェイに入る。料金所のバーが折られ、破壊されているのは、クレイジードックが無理やり突っ切ったのだろうか?

「と、いうわけでお金は払えませーん。さよ-ならー」

 料金所の職員が慌てるのをミラー越しに見ながら、ハイウェイを走行。ビル群の灯りが水面に映り輝く景色。

「ち、ちょっと、払いなさいよ、お金くらい!」

「だって、バーが壊れてたんだもん」

 さっきまでの口調とは違い、実に楽しそうな声色だった。

 茜は、ダッシュボードに置かれた、濃い紫のサングラスを掛ける。

「バトルロマンティカの、はじまりはじまりー!!」



 電飾で飾った、派手なキャデラックを囲み、手下たちが、各々のバイクで轟音を轟かせながら爆走。後方からは、パトライトの灯りが灯篭のように流れてくる。

「ふはははははっ、天下のクレイジードック様がそう簡単に捕まるかよ!いつものように、余裕で逃げ切るだけさ!」

 走行する一班の車やバイクの間を器用にすり抜けてゆく。

「いいか、決して、ひと様の車には傷一つつけるんじゃないぞ!俺たちは、純粋に走りを楽しむだけの、走り屋だ!」

 ハンドルの横に付いた無線機で、屋根に取り付けた拡声器から母子は大声をあげた。


 


 パトカーの群れを縫うように、青のボディにBattle Romanticaと派手にペイントされた車が、ぐんぐんと追い越してゆく。

 法定速度を無視して暴走するクレイジードックのさらに眼前に、あっという間に回り込む。道路の真ん中に。700メートルほど先くらいだろうか。

「なんだっ!」

 クレイジーダックたちは、慌てて急ブレーキを踏み、甲高い音を立て、急停止する。

「危ねぇじゃねえか!」

 バイク集団の一番先頭の男…あの、スキンヘッドにドクの男が、が声をあげる。

 ハイウェイの真ん中に堂々と停止した車から、ゆっくりと出てきたサングラスの美女は、近未来的な、ロケットランチャー的な武器を抱えていた。

「うひょ、めっちゃいい女じゃねぇか」

 ドクロ男はバイクを降りながら、女…茜に歩み寄ろうとする。

「姉ちゃんよぉ、そんな玩具みたいな武器はしまって、この俺のズボンの中の武器で、一発撃ちぬかれてみねえかぁ」

『死ね!』

 漫才の突っ込みのように叫んだのは、茜ではなく、キャデラックのボスの拡声器だった。

『馬鹿野郎! レディにそんな下品な口を聞くんじゃねえ!』

「す、すみませんっ!!」

 顔と声を強張らせて、態度を真逆に、キャデラックのボスに向き直り、謝る

「…それはこっちの台詞だよ。あたしのほうから」

 メタリックで、最近のSF映画にでてきそうなその武器の銃口を、ドクロ男の背中にあて。

「遊んであ・げ・る。この、バトルロマンティカが・・・」

 引き金を引く。


 ズボッ!


 鈍い音とともに、体が、電気ショックを受けたように痙攣する。体に穴が開いたわけではない。弾丸は飴細工のようにが粉砕し、中の緑の液体だけが、男の背中にへばりついている。

 その瞬間、ドクロ男の体の色が紫に変わり、衣服は破け、筋肉がまたたく間に真緑に膨張してゆく。つまりモンスターと化したのだ。

 他のバイクの男たちも、どうする間もなく、バイクに跨ったまま、その弾丸の餌食にされてゆく。

 遥か後ろでは、パトカー部隊が、銃を 成すすべもなく、その様子を見守っていた。


「あーあ。やっちゃった」

 助手席で光景を見守っていたゆかりは、溜息をつく。

「なにがバトルロマンティカよ、呆れる・・・」

 カーラジオでは、現在の状況をニュースで伝えていた。


 バイクに跨る他の男たちの体も、ドクロ男と同じに真緑に膨張してゆく。

「ひ、ひ、ひ、ひ、ひいいいいいいいい」

 今までの威厳はどこへやら、ボスは、車の中で震えあがっていた。

 銃口が、キャデラックのフロントグラスに向けられる。

「や、や、や、や、や、ややめっ!!」

 どういう仕組みか、フロントグラスを貫通せず、直接真緑の液体がボスを痺れさせれる。

 そして、ボスもまた・・・。

 茜はダッシュでクーパーsに乗り込んだ。


「さあ、鬼ごっこのはじまり、はじまり」

「大学の研究室で作ってた・・・てのは、この液体の事だったのね。最悪。リアル、バイオハザード?

 テレビゲームを現実でやるという」

 ゆかりは、噛んでいた風船ガムを膨らませる。

 茜はアクセルを踏み込む。車は甲高い音を立て、急旋回し、ハイウェイを走り出した。


「こちらハイウェイパトロール、またバトルロマンティカがあらわれた、奴ら、クレイジードックみんなを、とんでもない化け物にしゃがった。

 意味がわからない? いつもの事さ? こっちだってわけはわからん!」

 スーツに青いロングコートを着た、40代前半くらいの警部は無線で声を荒げた。

 先導して走り出す、ほかのパトカーたち。

「いいか、至急、反対車線から応援を頼む!バトルロマンティカとクレイジードックを挟み撃ちにするんだ」

「バトルロマンティカ、また派手なカーチェースとかやるんすね、そして悪い奴らをやっつける!すげー!」

 パトカーの助手席に乗る、スーツにネクタイの、若い巡査部長は、テンションの高い声を上げる。

「なにを楽しそうにしてるんだ!まさかおまえ、奴らのファンクラブに入ってるんじゃないだろうな。壁にポスター貼ってたり、人形飾ってたりしないだろうな!」

「ま、ま、ま、まさか」

 慌てて否定。

「と、と、とんでもないやつだ!バトルロマンティカ! 絶対に逮捕してやる!」

「なにがファンクラブだ、なにがネットショップだ、なにがYouTube再生回数100万回だ!いいかげんにしろ!

 奴らは正義の味方なんかじゃない、ただゲームを楽しんでるだけだ! 今日こそ奴らを捕まえて、正体を暴いてやる!!!」

 

 ドン!

 

 警部はダッシュボードを拳で叩く。

 びくつく、助手席の警部補。

「そ、そ、そ、そうっすねっ」

「手に持ってるカメラはなんだ?まさか、奴らのベスショットとか撮って、ネットにあげるんじゃないだろうな!!」

「奴らの・・・て、クレイジー・・・」

「バトルロマンティカのだ!」

 警部は、またも拳でダッシュボードを叩く。

 再びびくつく警部補。

「い、いや、これは、現場の詳細な記録を・・・その・・・あの・・・」

「ええい!いくぞ!」

 警部はパトカーのアクセルを踏み込んだ。


 バイク、キャデラックを道路に放置したまま、その足でだけで、猛烈な速度で追いかけてくる、モンスター化したクレイジードックたち。

「制限時間30分。30分したら、奴らは、また元の人間に戻っちゃう。さあ、私たちはその間に無事連中から逃げ切れるでしょうか?それともヤラレちゃうでしょうか?」

 実に楽しそうな茜。カーラジオからは、ひたすらこの件のニュースが流れ続けている。

「まったく、あんな連中警察に任せときゃいいのに。

 いつのいつも、警察に任せときゃいい事を、わざわざ大ごとにして、楽しんで・・・いつもの事だけど」

「人生はゲーム、楽しまなきゃ損、損」

「ゲームの意味が違うと思う」

「右へ行けばインターチェンジを降りて、市街地へ。左はそのまま、ハイウェイ。

 どっちがいい?」

「左に決まってんでしょ!!」

「了解、んじゃ右」

「マジやめてええええええ!!!!!」

 頭を抱えて絶叫するゆかり。

 ブレーキでスピードを落とし、閉まったままの料金所のバーを破壊して突っ切りながら、市街地へと降りてゆく。

 クーパーsは、コンビニやファミレス、他雑多なショップが立ち並ぶ通りを、走り抜ける。ミラーに映る、モンスターと化した、クレイジードックたち。

 一番先頭の一人が、大ジャンプで、車の屋根にしがみ付く。額にはしっかりドクロのマークが残っている、奴である。

「わあああああああああああああああああ」

 車の右側面を電柱にクラッシュさせ、怪物と化したドクロ男を振り落とす。

 今度は、さらに、それより3倍ほどの体の大きな、モンスター化したボスが、ほかの手下たちを押しのけるようにして、こちらの車の前に立ちはだかる。

「おもしろいっ!!!」

「おもしろくなーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」

「バトルロマンティカ・クラーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッシュ!!」

 車をスピンさせながら、そいつを弾き飛ばす。こちらのボディはビクともしない。

「こっちは、普通のクーパーsじゃないんだよ!!」

「お。おえーーーーーーーーーーっ」

 ビニール袋に吐くものを吐く。 

 街に人影が見当たらないのは、緊急速報が街中に行き渡っているからだろう。茜は交差点を右へ曲がる。いつの間にか、別の道から回り込んでいたのか、右の道から、モンスターたちが3人が、眼前を塞ぐ。

「ゆかりちゃん、ハンドル代わって」

「え、えええええ?????私免許持ってないし!!」

 茜は、ゆかりにハンドルを無理やり交代させると、運転席から、先ほどクレイジードックをモンスター化させた、近未来的な、ロケットランチャー的なあれを再び構え、弾丸を装填、車の中から直接3発撃つ。

 今度のやつは、火薬こそないものの、強烈に硬い特殊プラスチックの弾丸だ。

 フロントガラスが割れ、弾丸は三人に命中。三人は、勢いで遥か後方に吹き飛び、近くのコンビニのドアを破壊しながら、店内に消えてゆく。。

「あっちゃーーーーやっちゃたーーーーー」

 見たくないとばかり、目を覆う。

「バトルロマンティカある所に破壊活動あり、でしょ!

 強靭なモンスターの肉体、人間に戻っても、かすり傷一つないよ、たぶん」



「こちら、ハイウェイ警備隊、バトルロマンティカと、モンスター化したクレイジードックは、ハイウェイから市街地へと暴走中!

 なに?挟み撃ち? もう遅い!!!

 こちらは、引き続き市街地を追跡する。何? 管轄外? 関係ない! バトルロマンティカを捕らえるために、上から許可をもらってるんだよ!」

 警部の怒声が響く。

 嬉しそうにデジカメのセッティングをする隣の巡査部長のデジカメを、無理やり警部は取り上げる。

「遊びじゃねえんだぞ、こんなもの!!」

「ああっ、僕のカメラ」

 警部はそのカメラをしばらく見つめる。 

 そして、無表情のまま。

「・・・ソニーのサイバーショット、DSC-RX1RM2か、いいカメラだ」


 ゆかりはカーナビを見る。

「この先、坂を下ったら、海岸の公園の行き止まりじゃん! 横道があるのになんで直進すんのさ!」

「あれから28分46秒立ちました」

 街の灯りに照らされた海岸線が近づいてくる。

「29分」

 冷静な口調の茜。

「はやくあと1分立ってえ」

 絶叫するゆかり。

 車は海外の公園付近のガレージに停止。

 茜はゆっくり車を降り、遥か坂の上からモンスターたちが暴走してくるのを、冷静に楽しそうな顔で眺める。


 30秒


 20秒

  

 10秒


「はい30分経過! 終了!」


 しかし。

 

 モンスターたちは、人間に戻ることはなく、ひたすらこちらに向かい、爆走してくる。

「あれ?」

「あれ、じゃなーーーーーーーーーいっ!!」

 車の中で叫ぶゆかり。

 慌てて車に乗り込む茜。

「なんでだ? 30分たったのに!」

 言う間にも、車の前方をモンスターたちが取り囲む。一番先頭のボスが、先ほどのプラスティック弾の一撃で割れたガラスの穴から、両手を乱暴に突っ込み、茜の首を絞める。

「あ、あ、あああああああああああ」

「お姉ちゃんっ!!!」

 ゆかりは至近距離から、とっさに未来的な、ロケットランチャー的な武器を構えると、ごく至近距離からボスモンスターの首元に撃つ。

 ボスは、勢いよく吹っ飛んでゆく。

 激しくせき込みながら、茜は腕時計を見る。デジタルの数字が一分進む。

 その瞬間、モンスターたちの体が、縮み、誰もが元の人間へと戻っていく。そして、素っ裸のまま、皆バタバタと、その場に倒れてゆく。

「一分、薬の調合を間違えた・・・あっぶね。ゆかり、今のはありがと」

「もう・・・」

 じんわりと、涙を浮かべ、茜の胸元に泣きつく」

「なにがバトルロマンティカよ、もう、そんなバカな遊びはやめてよ!!! お姉ちゃん死んじゃうと思ったじゃない!!!」

「ごめんね。ゆかりちゃん・・・」

 茜は、泣きつくゆかりの頭を優しく撫でる。

「でも・・・」

 茜は口元を、ヤバい感じにニヤリととさせながら。

「やめらんないの、この刺激」

「言うと思った。ぐすん」 

 白バイとパトライトの群れが、坂の上から、音を立てて降りてくる。

「ヤバい、そろそろ帰りますか。どっかにいつものが『待機』してると思うんだけど・・・」

 潮風が、割れたフリントグラスから、静かに流れ込んだ。


 

 道端で、全裸で倒れこむ男たちを見ながら、警官たちは茫然としていた。

 警部が、一番体のでかい、クレイジードックのボスに歩み寄り、膝を降ろし、ボスの顔を強めにペチペチとやる。

 ぼんやりと、目を開けるボス。

 すぐさまその手に手錠が掛けられる。

「はいお疲れ様。逮捕だ。以上」

 ほかの男たちにも、次々と手錠が掛けられ、連行されていく。

「で、バトルロマンティカはどこ行ったんすか!?」

 巡査部長が警部の元に駆け寄ってくる、

「逃げたんだろ。いつものことだ。どうやって消えたのか知らんが」

 諦めで、吐き捨てる警部。

「でも、でもですよ、こいつらを・・・クレイジードックを逮捕できたのも、バトルロマンティカのお陰ですよね!てか、ベストショット、一枚くらい撮りたかったなあ」

「法定速度超過、器物破損その他、どっちもどっちだろうが!!

 こんな連中、俺らが本気になれば、自力で逮捕できたさ!!。というか、お前は今夜何をした! 俺と夜のドライブでもしたかったのか!」

  怒号が現場に響き渡る。

「今すぐ、現場を処理してまとめてこーい!!!」

「は、はいいいいいっ!!」

 警部補は、慌ててその場から走り去る。

「たくっ」

 舌打ちする警部。 

 ふいに、警部は遠くの湾外沿いの一般道を、黒いトレーラーが走り去るのを目にする。

「まただ、バトルロマンティカが出てきた夜には、いつも見る気がするな」

 警部は訝しげに呟いた。

「しかし」

 なにげに月を仰ぐ。

「あの二人、いつもどうやって、色々と嗅ぎ付けてくるんだ?署内に奴らと通じてる内通者でもいるのか?・・・まさかな」



「いや、おもしろいものを見せてもらったよ」

 茜たちが住むビルの隣にある、カクテルバーのカウンターで、老マスターはグラスを磨きながら、あいかわらず無表情で言う。 

「テレビで、上空から、ヘリがずっと追ってたのを見てた」 

 カウンターの奥のテレビでは、クレイジードック逮捕、バトルロマンティカとは何者か、というニュースを延々やっている。

 茜は、カシスソーダのカクテルを傾けている。

「ホント、死にそうなスリルを味わったよ、マジで」

「その首のかすり傷かい」

 茜は答えない。

「車のほうも、フロントグラスをまた派手にやってたな。また直さなきゃならん」

「またすぐ遊びたいから、早めに直しといてよ」

 老マスターは、茹でたウインナーにたっぷりのケチャップをかけた皿を、無言のまま茜の前に置いた。



 広い講堂、フォックス眼鏡に白衣の土岐教授は、教壇に立っていた。

「というわけで、本日は怪我でお休みの、いつもの教授代わり。私が講義を致します。

 内容は・・・」

 黒板にチョークで、人体における遺伝子改変の可能性と限界、その未来、と書いていく。

「前回の授業で提出していただいた、らしい論文だけど…新島君…て、どのたなのかしら?」

「新島は、僕ですが」

 教壇から2列目右側の席の生徒が手を挙げる。

 ブレザーにネクタイをかっちりと着こなした、縁の太い眼鏡を掛けた、いかにも優等生然とした生徒だった。

 土岐教授は、ゆっくりとその生徒に近づく。

「放課後、先生研究室にいるから、いらっしゃい。

 あなたと先生だけの・・・」

 どうしたらいいのか、生徒は微妙に目を泳がせる。

 土岐教授は、その生徒の耳元で、吐息交じりに囁く。

「秘密の従業をしてあげる」



 END








 

 






 







 






 





 






 











 




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