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 田舎のコミュニティによる噂話は時としてその範囲は広くはないものの、伝達速度や正確さでは今時のSNS等のインターネットを使用した情報閲覧サービスに勝るとも劣らない物として構築されることがある。目撃された「何か」はスーパーや病院などの場所でご婦人方の井戸端会議で拡散され、時には電話を使いお隣へ。恐るべきスピードで町中へと伝わっていくのだ。二、三日もするとなぜか隣町まで噂が広がっていることもしばしばで、勿論隣町で目撃された「何か」が元の町へと逆輸入されることも少なくない。それがそのコミュニティでのトレンドであるならばその結果を詳しく語るまでもないだろう。要約するとおばちゃんの情報網を舐めるな、である。


「いやーかなめちゃんもようやく堪忍して涼ちゃんと一緒に住むことになったのねぇ。責任取らなきゃねぇ」

「若いって羨ましいわよねぇ。ウチの旦那なんて置物みたいなもんだから替わりに若いこの一人や二人捕まえたいわぁ」

「ウチの旦那も糖尿病で役に立たないからねぇ。かなめちゃんも糖尿病に気をつけなさいよー」

「あら奥さんこんだけ若いんだもの大丈夫に決まってるでしょう。ねぇかなめちゃん」

「ははは……」


 ふじの湯の女湯でかなめはご婦人方の背中を流しながら、かなめは歪な形に唇を変形させたまま愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。下手に反論などをしようものなら明日には尾ひれが付いた新情報が流れていることは間違いない。そして隣に座っている沼田さんの奥さんから聞きたくなかった情報が聞こえてきた気がしたが心を無にしてかなめは聞き流す。


 福さんや駅前の神社の御神木である柳の木等々、かなめに協力をしてくれている銭湯の常連さんたちは神使と呼ばれる動物の使いを町に使わせ、情報を集めるとそれとなくかなめを導いてくれている。福さんは鼠等を、柳の御神木は近所の猫達を。それ以外にも協力者が沢山いるということはそれとなく福さんから伝えられているが、どうしておばちゃんの情報網は神様などのそれと良い勝負をしているのかもしれない。


 北海マートで買った商品の内容まで筒抜けで「もっと野菜を取らないとダメよ」と言われたときにはもうどうしようかと天井を仰ぐことしか出来なかった。情報源は恐らくレジにいたパートの福嶋さんだろう。プライバシー保護や個人情報保護法と言う概念はまだこの町には根付いていないらしい。


 兎も角、かなめは玩具のようにからかわれながらもふじの湯の営業時間を乗り切った。この後は菊さんに少しだけ早上がりすることを伝えていて、明日の営業の支度がある程度整えばダンディーマダムへと涼と向かう予定だ。精神的ダメージが抜け切ってはいないが仕方の無い所だろう。


「菊さん、すみませんが今日はこれで上がらせて貰います。後の準備は明日の朝にやりますのでそのまま残しておいて下さいね」


 手早く脱衣室や待合室の掃除や後片付けを行うと番台で半分眠っている菊さんに声を掛けかなめはふじの湯を後にした。

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