第37話

第三十七話



 クオンモールを満喫した俺たちは、木塚駅行きの送迎バスを待つ。やがてバスが到着し、乗り込もうという段になり、俺は思うところがあって足を止めた。


「……? 夕ちゃん、どうしたの? バス、乗らないの?」


 望海が不思議そうに首を傾げた。


「ごめん。ちょっと用事を思い出したんだ。ここで別れよう」


 一番見られたくない未央ちゃんたちに見られた以上、今さら無意味かもだけど……。

 ここから先は、駅前で知り合いとの遭遇を避けるためにも、念のためな。


「ん……また、大して役に立ってない計算と打算?」


 うぐっ! 気にしてる上に反省もしていることをズケズケと!


「寂しいけど……わかった。今日は付き合ってくれてありがとね、優ちゃん」

「いや、別に。ってか結局、本当にブラブラしただけで終わったな」

「……はっ。言われてみれば」

「おいおい……。まあ、望海がそれでよかったんなら、俺は構わないんだけどさ」

「うん。プライスレスな優ちゃんとの思い出が手に入ったから、オールオッケー」


 望海は澄まし顔のまま、グッとサムズアップする。


「そんないい思い出になったか?」

「なったよ。だって、優ちゃんと六年ぶりのお出かけ。楽しくないわけがない」


 迷うことも躊躇うこともなく、望海は言い切った。


 ……やっぱ、どれだけ考えてもピンとこない。

 百歩譲って、望海の前でなら現われる『素の俺』が、昔と変わらないんだとして。

 そんな『昔の俺』のことを、望海は好いてくれているんだとして。

 けど『今の俺』は計算高い八方美人だ。俺にとっては自分の身を守るための屈強な防具だが、望海にとっては『昔の俺』を包み隠す邪魔なもの。その認識のはずなのに。


「なんで望海は、『今の俺』のことはよくディスるのに、そんな楽しそうなんだよ」


 だからピンときていなかった。望海の態度には、どこか矛盾を感じていたから。

 すると望海は、少しも考える時間は作らずに答えた。


「それも含めて、全部が優ちゃんで……そんな優ちゃんのことが好きだから、だよ」


 望海は微笑んだ。これまでのポーカーフェイスがうそのように。

 誰が見てもはっきりとわかるレベルでの優しい笑顔が、目の前に咲いていた。

 俺はその笑顔に戸惑い、固まってしまった。


「……それじゃあ、優ちゃん。もう私、行くね」


 それだけ告げると、望海はそそくさとバスに乗り込んだ。直後、ドアが閉まる。

 走っていくバスを見送る間、彼女の最後の表情と言葉が頭から離れなかった。


「……ディスる対象も込みで好きって……やっぱ矛盾してんじゃん」


 謎かけのような望海の発言の意味を、俺はすぐには理解できなかった。




~幕間~ そのとき彼女は……



 月原薫は、衝撃的な現場に出くわしていた。


「な、な、なんで小野っちってば、女の子と一緒なのよぉ……っ」


 諸事情でネズミーランドを早めに切り上げることとなり、暇つぶしに比奈たちみんなとクオンモールをうろうろしていたら、バス停近くで偶然小野瀬を見かけたのだ。

 しかも親しげな女の子と一緒という、まさかの現場だった。


「なに話してんだろ……気になるぅ! けどこれ以上は近づけないし……」


 デートのようないい雰囲気の小野瀬たちへは、さすがにアタックをかけられなかった月原。プライドも邪魔をして、陰に隠れて様子を窺うだけだった。

 しかもよく観察してみれば、一緒にいる女の子は小野瀬の幼なじみだという久城望海だ。以前、生徒会会長権限で調べた生徒名簿の顔写真と、完全に一致する。


 やはりふたりは付き合っているのだろうか……と不安になる月原。

 その後、なぜか久城だけがバスに乗って、ふたりはそこで別れた。


「あれ? あいつ、もしかして小野瀬っぽくなぁい?」


 不意に、月原の隣で声を上げる人がいた。比奈の従姉妹である佐(さ)伯(えき)莉(り)花(か)だ。


「莉花ちゃん、小野っちのこと知ってるの?」

「うん。うちら同中の同級生なんだよねぇ、一応」


 莉花は比奈と同様、垢抜けている都会的な女子高生だった。竹高生ではないが比奈とよく遊んでいる流れで、今日のネズミーランドへも同行していたのだ。


 なぜ小野瀬と莉花が同級生だったのか不思議に思った月原。だが小野瀬が意外と遠いところから竹高まで通っていることを思い出し、そういう偶然もあるか、と納得した。


「てか、なんでつっきーちゃんがあいつのこと知ってるの? なんかめっちゃ意外」

「実は私が生徒会長で、彼が役員のひとりなのよ」

「あ、そうなんだー。あいつ今、生徒会入ってるんだねぇ」


 莉花は本当に意外そうな反応だった。


「でも小野っちってすごい真面目で勤勉で、仕事も早くて頼りになるんだよ? 誰に対しても親切で優しいし。まあそういうところが、からかい甲斐あってかわいいんだけどっ」


 最後のは少し余計だったかな、と思わないでもなかった月原だが、事実なので隠さなかった。それだけ小野瀬のことを信頼している、という確たる自覚もあったから。


 だがそれを聞いた莉花は、小野瀬についてなにかを語るわけでもなく――ただ含みのある笑みを浮かべるだけだった。


「へぇ……そっかそっか」

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おまえ本当に俺のカノジョなの? 落合祐輔/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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