「エピローグ」
『きみが夢を見ている時は、俺も夢を見ている時だと思う。
もしそうじゃなくても、そうだったことにしよう、その方が素敵だから。
きみと結婚すると決めた時、俺なりに色々と考えたり悩んだりもしたんだ。
でも花嫁姿のきみを見たら頭の中が空っぽになって、最終的な結論しか残らなかった。
──きみを幸せにすること、きみの夢を叶えること。
俺の力は特別で、危ないから無闇に使うものじゃ無いし、俺の願い事を叶える為に使うには大きすぎるものだからさ。
きみの願いを叶える為にあるってことにしておいてほしい。
そうしてくれたら俺は、怪物じゃなくて、神様でも精霊でもない。
ただの、きみを愛しているだけの人間でいられると思うから』
◇ ◇ ◇
鳥のさえずりとは別に、遠くから声が聞こえた。
聞き馴染みのある声は楽しそうに、誰かに詩を読み聞かせているようだ。
「あはは、お父さんって文章のなかだといっぱい喋るんだねぇ」
どうやら、聞かせている相手は結構なお転婆らしい。
寝室まで聞こえてくる笑い声が元気いっぱいなのは良いことだが、些か耳に響く。
だが、長年生きて来てやっと『良い頭の軋み』と『悪い頭の軋み』の区別がつくようになった。
これは良い軋み方だ、と口の中で呟いて体を起こす。
広い寝台には自分しか寝ていなかった。
軽く寝癖を手櫛で直しながら、寝室を出る。
深く息を吐き、世界の起床より少し遅れて、詩人は目を覚ました。
「ああっ、やっと起きた!」
居間に入り、お父さんと呼び掛けられた瞬間に抱き付かれた詩人は、壁に手をついて体を支えた。
父の身が傾ぐことなんて知ったことではない娘が、嬉しそうな顔で見上げてくる。
顎の下で切り揃えられた黒髪は艶めいていて、今日も可愛いね、と頭を撫でてやれば喜びの声を上げて娘は飛び跳ねる。
「お母さん、褒められました!」
「それはよかったね、リアナちゃん。
朝ごはんを運ぶのを手伝ってくれたら、もっと褒められちゃいますよ?」
台所から現れた金色の髪が、朝日を受けて輝く。
微笑みを浮かべ、いつまでも変わらぬ姿のフィナは詩人を見た。
「おはようございます、あなた」
いつもの朝、賑やかで、一人ではなくて。
息がしやすい朝だ、と詩人は笑う。
娘に手を引かれ食卓についた途端、あのねと声が跳ねた。
「お母さんがお父さんの手帳を見せてくれたの、ほら」
これだよ、と娘が差し出して来た手帳には見覚えがある。
何年前の代物だそれは、と思って詩人は妻の方を見た。
にこにこしながらパンにバターを塗っているフィナの部屋には、もう何十冊も詩人が過去に使っていた手帳があるはずだ。
気まぐれに一冊預けてから、手帳を使いきったら彼女に渡すのが決まった流れになっているのである、それ自体は全然構わない。
ただ、青臭い詩を声に出して読み上げるのは、恥ずかしいのでやめてほしい。
そう思いつつ、嬉しそうに読む彼女を止められない自分も悪いのだけど。
「私が読んでも精霊さん、出てこないんだよね、なんで?」
「リアナちゃんは特別の中の特別だから、精霊も驚いてるのかもしれませんよ」
「でも、私はちょうじゅ、じゃないんでしょ?」
不思議そうな娘の疑問にフィナが答える。
娘は詩人のような特別な力もなければ、フィナのように使命を持って生まれてきたわけでもない。
精霊を見ることは出来るようなので、選ばれた側であることは確かだが、それ以外は普通の子どもと何ら変わりがない。
「お祖父様の血が強く出ているのでしょうね、リアナちゃんは人間の女の子です」
「なんだぁ」
残念そうに赤色の瞳を伏せたが、娘の興味はすぐに食卓に並んだパンへ移った。
母と父にならってバターを塗りながら、あ、と声を上げる。
「でもね、夢のなかには精霊さん出てくるよ、なんかねぇ、不思議なひと」
「夢の中に?」
「そうなの、すっごい綺麗な女の人なんだけど、精霊さんなんだって!」
両親が呆気に取られていることなんて構いもせず、娘はパンを咀嚼して幸せそうだ。
フィナに目を合わせられて、詩人はまあ、と一つ息を吐く。
……孫に会いにくることくらいはあるんじゃないか、俺にはなかったけど。
朝食後、すぐに自分の部屋へと戻っていった娘の姿を見送った詩人の耳に、フィナの笑い声が届いた。
詩人が振り返ると、外套を手渡される。
「お城に行くんだって言ったら大はしゃぎで、セシル様によっぽど会いたいんですね。
……お兄ちゃんが出来たみたいで嬉しいのかしら」
フィナの言葉に苦笑いをしながら、詩人は外套の内ポケットに手帳とペンが入っていることを確認した。
定期的に続いている王城通いの中で、娘が友達ができた!といって連れてきた相手を見た時は倒れるかと思ったが、良好な関係が築けているようなので見守っているところ。
ミーティアも嬉しそうだったし、と考えていたら、外出用の服に着替えた娘が居間へ戻ってきた。
「準備できた! すぐいこう今行こう!!」
元気いっぱいな声に、思わず声を出して笑いそうになるのを堪える。
フィナに娘が宥められているうちに、急いで詩人は身支度をした。
朝からこれだけはしゃいでいれば、帰りの馬車じゃ寝るだろう。
肩を貸してやることになりそうだ、と思うとおかしくて、詩人は必死に声を抑えた。
満面の笑みを浮かべているフィナと目があって、綺麗だなぁと思う。
何度でも思う、思う度にまた好きになる。
──きみと生きている俺は、怪物にも神様にも精霊にもなりそうにない。
きみとリアナのことが大好きな、ただの
その事実が『好き』で、詩人は幸せだという言葉を噛む。
蜂蜜みたいな甘い味が、口の中で弾けた。
無口な詩人と永久の花嫁 みなしろゆう @Otosakiaki
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