第5話


 人生終わった……と思っても、全然大丈夫なこともある。

 何が禍になって何が幸運なのか、すぐにわかるものではない。


 由香子は一念発起して親を説得し、国公立大学を受けることで、一年だけ浪人を許可された。

 もともと頑張屋で前向きな性格だったし、私という悪友がつきまとわなかったせいか勉強がはかどり、今は晴れて公立の大学生になっている。

 私も由香子に気合を入れられたせいもあり、二年になる時に試験を受け、英文科に編入することが出来た。



「遠くにいきたくない? 海とかさぁ……」


 久しぶりの由香子からの電話だ。

 春は近いが、今日は夜になって冷え込んでいる。雪明りで庭が明るい。

 しんしんと雪が降る。私は自室の曇った窓に丸とかバツとか落書きしながら、列車の旅を思い出し、悪い冗談だとひきつった。


「いやだなぁ、小樽じゃないよ。ハワイ! 夏休みにハワイ!」

「ハワイ?」

「そうそう、南国の青い青い海を見たくなった」


 由香子の声は底抜けに明るい。

 雪に埋もれた街で、南国の風を感じたような気がした。私はウンと返事をした。


「あ、でも、ちゃんとバイトしてお金貯めておいてよ。もうへそくりは出ないから」


 さすがにお守り代わりにお母さんが賽銭をくれるとは思えない。

 しかも、由香子のコートは、もうダッフルではない。

 あはは……と笑って電話を切る。


 思い出した。

 私が英語を学びたかったのは、いつか遠くへいきたかったからだ。




 遠くへいこう……。

 どこまでも深く青い、あの海を見にいこう。




  =完=

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遠くへ行きたい わたなべ りえ @riehime

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