森の中で出逢った妖精Ⅱ


 「じゃあ行ってくるね」

 ギギギッ…と不気味な音を立てる吊り橋に、ルイ少年は一歩足を踏み出した―――。

 すると、体重が半分ほど乗った瞬間。少し足元を確認して、「うん」と感覚に覚えがあったのか、何やら納得した面持ちで頷いた。

 普通の神経をしていれば、今にも千切れそうな吊り橋に大きな荷物を背負って歩くなんて芸当はできないだろう。

 『ゴクリ』と音が聞こえるほど大きな唾を飲み込みながら、大きなリュックが橋の上を進んでいくのを見守るダニエル、ポール、マウロの気をよそに、ルイ少年は一歩、また一歩と足を進めていく。


 足裏で確認したのは『魔法』の気配。壊れそうな橋に対して、全体を覆うようにかかっている気配は、少し力を加えると、その部分の圧力が大きくなり、ルイ少年の足元に十分な安心感を与える力をもって応えた。

 感知した『魔法』の読みが正しかったことが明らかになった事で、ルイ少年は嬉しさからか、スイスイと歩みを進めていく。


 そして、あっという間に対岸へと渡り着いた後、早く早く。と手招きをして呼びかけると反対側3人の少年たちは、丸くなった目に口を大きく開け、ポカンとあっけにとられていた………。


 またもやルイ少年の手柄により、一先ずの危険は無いと証明された事に安堵したダニエルは、珍しく素直に感心した。

 「ルイ!お前!やるときゃやる男だったんだな!見直したぜッ」

 一番下(ダニエル基準)のルイが渡ったのである、ここで渡れないと男じゃない。そんな対抗心が3人の少年に芽生えたとき、当のルイ自身は「早く帰ってご飯食べたいな…」と一人事をつぶやいていたのだった。



 * * *


 

 念には念を、という事でポール、マウロ、ダニエルの順に一人ずつ橋を渡り切った少年たちは、恐怖のあまり、しばらく足が震えたままだった事はいうまでもない。

 人は見た目の恐怖をそう易々と克服できるものではない。更に彼ら3人には『魔法』の気配すら感じ取れないのである。したがって、渡っている時いつ紐が千切れるのかわからない恐怖と、高所からの眺めに耐えながら渡るしかなかったのである。

 渡れたのはひとえにルイへの対抗心だったに他ならない。

 

 ついに念願の、禁忌とされる川越を果たしたダニエルは、この時点で大きな達成感を覚えていた。

 「やった!……ついに川越えを達成したぜッ!」

 恐怖と達成感が混在した感情を露わに、ブルブルと震えながら高く拳を突き上げる。この冒険で目的だった川越えを達成した。もう思い残すことはない。そう3人の少年たちが感じていた時。

 一人待ちくたびれたルイ少年は、またもや空気の読めない一言を発してしまうのであった。


 「さぁ、この先が冒険だね、早く行こう」


 「…………」


 座っていた少年たちは今の今、大きな目的を達成し喜んでいたところである。確かに冒険隊の今回の最大の目的は川越えでったが、あくまで川越えは冒険の過程に過ぎず、その先まで考えが及んでいなかったのだ。

 ルイの一言で、一気に現実へ引き戻されたダニエルは、川越えした事自体は決して冒険の成果にはならない事に、はたと気付いた。

 そう、川越えは禁忌であり、仮に村に帰って言いまわると、単に掟破りをしただけで叱られてしまう。禁忌を犯したのであればそれを帳消しにするほどの成果を挙げなければならない。そう、これまでとは違った『何か』を。一人前として認められるために獣を狩ってもいい、ゴブリンだって来てみろ、返り討ちにしてやる。今までも毎回成果を挙げてきたではないか、俺ならばやれるんだ。

 握りしめた拳を更に強く握り直しながらダニエルの瞳には再び炎が宿ろうとしていた。

 しかし、気づかされたのがまさかのルイ少年だった事もあり、少しこっぱずかしかった為、歯切れの悪い様子で宣言する。


 「…………そ、そうだぜ!ここからが本当の冒険だッ!お前たちッついて来いよ!」


 恥ずかしさから突き上げた拳を下ろせず、今まさに言わんとしたかった。という体を取り繕いながらダニエルは改めて宣言する。ここからが本番であると。


 魂の抜けた表情をしていたポールとダニエルは、そんな茶番を見せつけられ、またも「空気を読め」と、先程に比べ更に強い眼力でルイを睨みつけるのであった。



 * * *



 橋を渡ってしばらく、けもの道を進んでいくと、大きな崖に行き着いた。

 その崖は冒険隊の行く先を阻むように、左右見渡しても降りる場所は無さそうだった。迂回するべきか、ここで冒険は終わりなのか、一行は考え込む――。

 

 まだ先ほどの橋を渡ってから珍しい生物や植物すら何も目にしていない。今回の冒険には特別気合が入っていたダニエルである。何も得られないまま帰るなんて事は既に頭に無かった。しかし、少年たちに許された時間は限りがある、あまり遅くなりすぎると村で遊びの帰りを待つ両親達が居るのだ。まさか掟を破って森の奥まで足を運んでいるとは思っていまい。時間が遅くなればなるほど両親にも心配をかけてしまう。

 先程の橋を渡る時間が長かった事もあり、空を見上げると夕暮れ時、獣が活発化する時間帯が訪れ、冒険時間もあと僅かと迫ろうとしていた――。

 

 「少し休憩にするか……」


 『道に迷った時は、一度深呼吸して立ち止まるべし』これはダニエルが尊敬していた祖父から受けた格言である。現在、村長としての立場はダニエルの父であるが、祖父は歴代の村長きっての統率力を持っていた。

 大きな火事で村が燃えたとき一人も欠ける事無く全ての村人を救った手腕。ノエタ村で栽培しているキノコや果物の王都エリシオンへの出荷ルート確立など、村人の中で逸話になっている祖父に憧れ、その言葉を心に刻んでいたのだ。


 自分も将来、祖父の様な立派な村長になるんだと、信じてやまなかった。実はガキ大将として子分を引き連れているのは祖父の真似事でもあった。

『村長は村を統率して外部の脅威から村人を守るんだ、次期村長の俺は今のうちから練習しとくんだ』

多少ダニエルが村長の威厳を誇張している感もいなめないが、ダニエルとしては、いたって真面目に、弱い者いじめをしているわけではなく、ルイ達3人の面倒を見ているつもりだったのである。

 

 休憩の一言をダニエルが発すると、ホッとしたのか既に体力の限界を迎えようとしていたポールとマウロはドサッと大きな息を吐き腰を下ろした。

 その横で、ルイ少年は手慣れた手つきで、背中に背負っていた大きなリュックを下ろし、冒険グッズの竹で作られた水筒を取り出した。

 水筒の中には、村の井戸で汲み上げた水が入っており、早朝にルイが用意したものであった。

 その水をダニエルが一番にグイグイと飲み、「ほらよ」と、水筒をダニエルからポールへ渡ろうとしたその時。体力の限界から握力も無くなっていたポールの手から水筒がツルッと滑り、一瞬にして手元から崖へ落下していった―――。

 

 「――ッ!!」

 

 既に喉を潤したダニエル以外の、全員が水を欲していた時である、水筒を目で追っていたのは、ルイだけではないはず。しかし、崖がある事は理解していたものの頭で考えるよりも先に、咄嗟にキャッチしようとしたルイの体は、水筒と共に無慈悲にも崖の下へ落ちていった―――。

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八千年後の覚醒者(やちとせのかくせいしゃ) 辰野 落子 @jgbe57wbaubap

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