小悪魔華蓮ちゃん
本上さんは順調に回復し、退院は2/15に決まった。
「どうせなら、もう一日早く退院させてくれたら、バテンタインデーだったのに」
「そうだけど、バテンタインデーだって普通に学校があるだけだよ?」
特別楽しいイベントもないしね。
「乙女には色々したいことがあるの!」
「ふーん、限定チョコ買ったり?」
バテンタインデー前はコンビニだって、期間限定のちょっと高いチョコが売られている。チョコは好きだけど、男子には買い辛いよね。
「違うよ。お菓子作りしたり、オシャレしてデートしたりとか」
「オシャレしてデートも何も、学校だから制服だって。バテンタインデー当日にお菓子作りしても間に合わないんじゃないの?」
前の日とか日曜日にやるもんじゃないのかな。
「分かってないなぁ、タローは。制服でも可愛いシュシュ付けてみたり、可愛いヘアピンしてみたりとか、 色々あるでしょ? お菓子だって、そんなに時間掛からないのもあるし」
「そうなの? 本上さん、シュシュするほど髪長くないじゃん」
「もうっ! 例えでしょ、例え!」
化学療法で髪が抜けたりするので、髪は短めにしている。化学療法が終わって結構経つので、もう髪が生えてきているけど、まだ長さがバラバラなのを気にしているってことを、僕は知っている。
「別に良いじゃん。こうして病院でデートでも」
「病院じゃ、デートって感じしないもん…」
まあ、お見舞いだからね。でも今日は天気が良くて暖かいから、二人で中庭のベンチで日向ぼっこしてる。ちょっとデートっぽいよね。
「そう? 公園でデートしてるみたいじゃない?」
「そうかなぁ。まあ、病室よりは良いけど」
「こうしてベンチに座ってると、夏祭りを思い出すね」
僕はベンチに座ってなかったけど。
本上さんも思い出したのか、ほんのり顔が赤くなった。
「本上さん、赤くなってるよ? イチャイチャしたくなっちゃった?」
「お、思い出しただけだもん! あの時、私もう死んじゃうかもって思ってた。だから、最期にタローと会えて良かったって…」
や、やめてよ! 想像したら泣きそうになっちゃうだろ!
木枯らしが吹いて、本上さんが少し震えた。
「寒い? 戻ろうか?」
「ううん、大丈夫。もうちょっとここで」
「ちょっと待ってて」
僕はダッシュで自販機で温かい飲み物を買って戻ってきた。本上さんに熱々のミルクティーを渡す。僕は甘酒。自販機に甘酒売ってるのって珍しいから、つい買ってしまった。
「ありがとう。とっても温かい! あっ、タローの、甘酒だ」
「うん、珍しいから買っちゃった。そう言えば、初詣で田中カップルと部活メンバーと遭遇してさ、皆で甘酒飲んだんだ。寒いと甘酒ってめっちゃ美味しいよね」
「ずるい、私も行きたかったのに…」
「まだクリーンルームに居た頃だから仕方ないよ。来年は一緒に行こうよ。甘酒美味しいよ」
この缶の甘酒も寒いところで飲むと結構美味しいけど、やっぱりちゃんと作った甘酒の方が美味しいよね。
「それ、頂戴」
「えっ、これ? 良いけど、もう結構飲んじゃったよ?」
「良いの。初詣気分を味わいたいの!」
甘酒缶って小さいから、もうそんなに残ってないけど、本上さんに渡してあげた。本上さんは代わりに飲みかけのミルクティーをくれた。
間接キスなんてどうでも良いと思ってたけど、好きな人だとドキドキする。あれ、宮下さんでもドキドキするな? 黒崎さんでもドキドキするかもしれないぞ? あれ、女の子だったらドキドキするのかも。そう言えば男同士でしか回し飲みなんてしてなかったな。
本上さんは、チビチビと舐めるように甘酒を飲んでいる。嬉しそうに柔らかい微笑みを浮かべていて、とってもほっこりする。
これが田中だったら、ワンカップ酒をチビチビ飲んでる競馬場のオッサンにしか見えないのに、これが美少女補正か!
「どうしたの? 変な顔して」
「いや、チビチビ飲むの姿が、田中と本上さんでこんなに違うのかと、愕然として」
「そんなに違う? 私のこと、大好きだからじゃない?」
そうなのか? そうかも。でも宮下さんでも可愛いな。里中さんでもアリだ。あれ? おっぱいか? おっぱいによって補正されてるのか?
「そうだね。本上さん、可愛いからね」
もちろん、おっぱいのことは黙っておくよ。それくらいの分別くらいあるのさ。
「鼻の穴が膨らんでる。何か嘘ついてるでしょ?」
「えっ!?」
思わず鼻を隠してしまう。そんなベタな癖があるはずがない、と思う。
「冗談だよ。引っ掛かったところを見ると、やましいところがあるね?」
「ないない! 全然無いよ! 僕は本上さんのおっぱいが大好きだよ!」
「ななな、何言ってるの!」
しまった。おっぱいの話なんかしてなかったのに、あいつらがおっぱいソムリエとか言うから、つい思い出してしまった。
本上さんは真っ赤になって胸元を隠してしまった。上着着てるからそもそも見えてないんだけど。
「ご、ごめん、間違えた! えーと、あの、その、あっ、本上さん、間接キスだね!」
「ご、誤魔化そうとしても、ダメなんだからね!」
でも、本上さんは甘酒缶をチラチラ気にし出した。これはいける!
「本上さんがくれたミルクティーは美味しいなぁ」
「へ、変態! タローが変態になった!」
しまった。違う方向へダメだった。
「い、いや、寒いから温かいミルクティーは美味しいなってだけだよ? 本上さんたら、何を邪推したの?」
「えっ、それはその… お、美味しいよね、寒いと温かいのは美味しいよね!」
誤魔化した。何て下手な誤魔化し方なんだ。こういう純粋なところ、とっても可愛い。黒崎さんなら、ビンタだもん。田中頑張れ!
「そ、そうだ! これ、あげる!」
本上さんはサプライズでしょ、みたいな顔して紙袋を渡してきたけど、最初から丸見えだったからね?
紙袋には、リボンを付けられた小箱と手紙が入っていた。
「ありがとう。チョコ?」
「うん、売店ので申し訳ないけど。でも、ちゃんと自分で買いに行ったからね!」
赤くなっちゃって、可愛すぎるだろ。
「選ぶときドキドキした?」
「うん。喜んでくれるかなって…」
「本上さんから貰ったら、なんでも嬉しいけど、一生懸命選んでくれたと思うと、もっと嬉しいね」
「もう! あんまり格好良いこと言って、ドキドキさせないの!」
そんな格好良いこと言ったかな? 恋愛補正が掛かってるのかな。だったら嬉しい。
僕は紙袋から手紙を取り出した。可愛い封筒に入ってる。
「レ、レターセットも売店のだから、そんなに可愛くないけど…」
そうなのかな? 僕のセンスでは十分だと思うんだけど、女子のハードルは高いなぁ。
封筒を開けて手紙を取り出す。手紙と言うよりメッセージカードだった。
「い、今見るの!? は、恥ずかしいよ! お家で見てよ!」
「家だと優香とかお母さんに覗かれるし、早く見たいもん」
「ご家族に見られるのはダメ! 恥ずかしすぎる! もうタローの家に行けないよ!」
それは困る。やはり今読むべきだな! 逆にチョコレートは優香に見せ付けながら食べよう。
メッセージカードは二つ折りのカードだった。
『大好き! ずっと一緒にいてね』
思わずにやけてしまった。本上さんって頑なに自分から好きって言わないんだもん。
本上さんは赤い顔で、不安そうにチラチラ見てくる。
「ありがとう。凄く嬉しい。でも、些かシンプル過ぎませんかね?」
「だ、だってだって!」
「僕、あんなに一生懸命書いたのになぁ。あまーいラブレター書いたのになぁー」
あれ書くの大変だったんだ。でも本当はこのメッセージカードは嬉しすぎるくらい嬉しいから、これで十分なんだけど、照れ隠しで言ってしまった。
「うっ」
「僕のラブレター、甘かった?」
「は、はい」
「嬉しかった?」
「も、勿論です…」
「本上さんのお母さんが、これで良いって?」
「み、見せてません…」
まあ、普通親にラブレターなんて見せないよね。見せてたら却下されそうだし。
「僕も甘いラブレター、欲しいなぁ」
「だって! だって、そんなの、カードに書ききれないよ!
あんなに甘くて優しくて格好良くて素敵なお手紙もらったら、同じくらいの書かなきゃって思うけど、私と同じくらい嬉しくて切なくて胸が痛くなるような、手紙を書きたいけど、そんないっぱい書けるレターセット売ってないんだもん!
私が隠してきたこととか、不安だったこととか、嬉しかったこと、悲しかったこと、色々ありすぎて、そんなカードに書ききれる訳ないよ!」
び、びっくりした。本上さんが荒ぶっておられる。
「そ、そうなんだ? そんなに良かったの?」
「うん! 凄かった! お母さんも絶賛してたよ!」
「み、見せたの!? そ、それはダメじゃん! 自分は僕の家族には見られたら恥ずかしいとか言ってたのに!」
やめてよ、次どんな顔して会えばいいんだよ。ドヤ顔か? ドヤ顔でもしたらいいのか?
「だって、嬉しすぎて自慢したくなって…」
「お父さんには見せてないよね?」
「うん、
「お父さんにはって、なんか引っかかるんだけど?」
本上さんは気まずそうに目を逸らした。他にも見せたんじゃないよね?
「あ、あの、その、嬉しすぎて、その、自慢したくなっちゃいまして…」
「ま、まさか他にも見せたの?」
「か、夏穂ちゃんに写真撮って送って自慢してしまいました…」
「な、なんばしよっとかー!?」
驚きすぎて、どこのかも分からない訛りが出てしまった。画像流出なんて最悪じゃん!
「そ、それは人として間違ってるよ!」
「い、一枚だけだよ? 全部は送ってないよ?」
「クラスのチャットに流されたらどうするんだよ!」
「夏穂ちゃん、そんなことしないよ? 羨ましいから、田中君にも書いて貰うって言ってたけど…」
「それ、田中に見せるフラグじゃんか!」
田中のチャットに流れたら、もうクラスに流れるのも時間の問題だ。
「ごめんなさい!」
「これはダメだぞ。こんな献身的にお見舞いとかしてたのに、裏切られるとは… 本上さんとの今後の付き合い方も見直さないといけないかも…」
さすがに手紙流出はダメだよ。そんなことして許されるのは、歴史の教科書に乗ってる偉人だけだよ?
モーツァルトの手紙とか本になってるらしいけど、うんちだとかオナラだとか、小学生の喜ぶ下品ワードばっかりなんだそう。そんなの世界中で読まれるとか、どんな酷い罰なんだよ。何も悪いことしてないのにさ。
「えっ、ずっと一緒じゃないの?」
「えっ、まあ、そうだけどさぁ…」
「ヤダヤダ! ごめんなさい! 私が悪かったです! 嫌いにならないで」
本上さんが涙目で抱きついてきた。柔らかい、温かい、良い匂い、許す!
逆転無罪!
一生懸命本上さんの香りをクンクンしてると、黙ってたのが許してないと思われたのか、もっとギュッと抱きついてくる。
僕ってこんなに好かれてたのか。全然知らなかった。僕、凄くない?
「キ、キス! キスしよう! ね、だから許して! タローが居なかったら治った意味ないよ! タローが居なかったら私、死んじゃってたもん!」
お、重い! 本上さんは相変わらず考え方が重いなぁ。そんな簡単にファーストキスして良いの? 全然ロマンチックじゃないよ?
本上さんが顔を上げて目をつぶった。涙が頬を伝って流れ落ちる。思わずその涙を拭った。本上さんの涙は、こんな事にはもったいない。
間近で見る本上さんの顔は、彫刻のように整っていて、肌はニキビやソバカスなんて一切無くてきめ細やか。長い睫毛がプルプルしてる。緊張して震えてるんだ。
少し迷ったけど、僕は本上さんの額にキスをした。
「えっ!?」
本上さんは両手で額を押さえて、目をパチパチさせた。
「ファーストキスはロマンチックな時にするんでしょ?」
「そうだけど、そうだけど…! タローの、バカ! カッコ付け! 意気地なし! 二回目だよ、それ!」
なんだよ、紳士的振る舞いじゃなかった? 真っ赤になって膨れてるぞ。ほっぺたプニプニしたい。
「もう! 突つかないで!」
無意識に突ついてしまった。本上さんがそっぽを向いてしまった。
「そんなにむくれないでよ。そもそも、悪い事したの、本上さんだよね? 悪い事した人って、そんな態度で良いのかなぁ?」
「…華蓮!」
「ん? なにが?」
「本上さんじゃないの! 華蓮なの! か、彼女だけはファーストネームで呼ぶんでしょ!」
なんだこの可愛いのは。焦って泣いたと思ったら、拗ねてむくれて、挙げ句に華蓮て呼んでなんて。
「そこは、もっと甘い感じで言うところじゃないの? またお母さんに叱られるよ?」
「うっ、ごめんなさい。タロー、タローには華蓮って呼んで欲しいの…ダメ?」
気まずそうに振り向くと、顔を真っ赤にしながらモジモジして、上目遣いにおねだりしてきた。どんだけ可愛いんだ。なんだ、何が欲しいんだ! お金なら全くないぞ!
「か、華蓮…」
「はいっ!」
さっと手を挙げて返事をすると、にぱっと笑顔になった。やべぇ、どんだけ可愛いバリエーションもってるんだこの人。
「タロー、ギュッとして?」
はい、大好きです! たまりません!
思わず力一杯抱き締めてしまった。
「い、痛いよ、タロー」
「ご、ごめん、本上さん」
急いで放すと、本上さんの人差し指が僕の鼻を突ついた。
「か、れ、んっ」
「ごめん、華蓮」
は、鼻血出そう。興奮しすぎて鼻血が出そうだ。
嬉しそうに笑うと、ギュッと抱きついて、僕の耳元で甘く優しい声で囁いた。
「良くできました」
得も言われぬ快感で、背筋がゾクゾクして少し逃げちゃったけど、本上さんの腕が僕の首の後ろ回っていて、離れてくれない。
少しだけ離れたことで、真正面すぐ目と鼻の先に本上さんの顔があった。
本上さんは見たことのない、大人っぽい小悪魔みたいな笑みを浮かべると、さっと僕に近付き唇にキスをした。
「唇、奪っちゃったぁ」
てへへ、と小さく舌を出して、悪戯が成功した子供みたいに笑った。
「は、初めてだったのに…」
ど、動揺しすぎて乙女みたいなことを言ってしまった。
「うん、知ってた。タローがいけないの。不安にさせちゃう悪い子だから、初めてを奪っちゃった!」
「ロ、ロマンチックじゃなかった!」
「そう? 結構ロマンチックじゃない?」
「全然違うよ!」
なんで僕がファーストキスを奪われた女子役してるんだろう。
「初めては華蓮からするんだよって、言ってたじゃない」
本上さんは少し声を低めて、宝塚の男役みたいな良い声で事実を捏造した。
「そ、そんなイケメン風には言ってない!」
「そんなに自分からしたかったの? いいよ? はい」
やばい! また、あの可愛いキス待ち顔になった! 童貞は混乱した!
「はい、時間切れー! 残念でしたー!」
「あ、あう…」
もったいない。凄くもったいないことをしてしまった。
「残念がらなくても、次は期末テストが終わったらしてあげるよ?」
「100点じゃなくても?」
「100点穫るに決まってるもんね?」
本上さんは、笑いながらウインクしてきた。ダメだ、精神的優位を覆せない。さっきまで、どぎまぎしてたくせに!
「ず、ずるいぞ! 悪い事して反省してたんじゃなかったの!?」
「うん、反省してる。華蓮のファーストキスじゃ、お詫びにならなかった…?」
か、可愛いけど、しゅんとしたフリしても知ってるんだぞ! 口元がゆるんでるし、いつも自分のこと華蓮なんて言わないじゃないか!
反撃してやる!
「華蓮、悪い子だね…?」
僕は本上さんの唇に指を沿わせ、低めの良い声を意識して言った。さっきの本上さんのパクりだけど、本上さんは赤くなって目を潤ませた。
いける! イケメンじゃないけど、イケメン風でいくぞ!
「そんなに僕を困らせて。心配しなくても、大好きだよ、華蓮」
「私も、大好きだよ、タロー」
本上さんは、また急に僕の唇を奪った。やめろよ! どんだけ好きにさせたら気が済むんだ! 童貞は間接キスでも惚れちゃうんだぞ!
「ま、また!」
「だって、タロー、可愛いんだもん。嬉しいこと言ってくれたし、キスしたかったの! こんな私、好きじゃない?」
「大好きです」
「うふふっ、良かった! 本当は夏祭りの時も、唇にキスして欲しかったんだよ?」
「えええっ! そ、損した! 酷い! その時言ってよ! 童貞を弄んだな!?」
「だって、恥ずかしいし、まだ付き合ってなかったし…」
「えっ、今、付き合ってるの?」
「酷い! 私のファーストキスもセカンドキスも奪っておいて!」
「ご、ごめんなさい! 僕と付き合ってください!」
酷いよね? 奪ったの自分だし、奪われたの僕だし。
「うふふっ、喜んで! 大好きだよ、タロー!」
本上さんは満面の笑顔で僕に抱きついてきた。まるでワンコがシッポをパタパタしてるみたい。
本当に、本上さんは初めて会った時からずっと、弱ってた時も、こうして元気になった今も、僕を魅了して止まない。
本上さんは、今日も可愛い。
本上さんは今日も可愛い @Lady_Scarlet
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