ラブレター
移植が開始されてからも、本上さんは時々吐いていたりするけど、真っ白だった顔に少しずつ赤みがさしていった。
順調な回復で、丁度バレンタインの頃に退院になる予定だった。
順調なのは良いことだけど、本上ママからの宿題が順調じゃなかった。だってラブレターなんて書いたことないし。
「優香先生、よろしくお願いします」
「うむ、仕方あるまい。本来なら自分一人で書き上げてこそ意味があるのだぞ? それを忘れてはならん!」
「はい! もちろんです、先生!」
「じゃ、お兄ちゃんが書いたのを添削しよっか」
嫌だけど、仕方ない。『甘いラブレター』って、中一には難しすぎるんだよ。『甘い』無くて良くない?
「『好きです。初めて会ったときから、ずっと好きでした。
これからも仲良くしてください』
まあ、酷くは無いけど、後半日和ってるね。付き合ってくださいとか、ずっと一緒に居てくださいとか書けないところがヘタレだよね」
辛い! 辛口だよ!
「せ、先生、もうちょっとマイルドに…」
「後半はダメだけど、シンプルなラブレターは、私嫌いじゃないよ。年相応で可愛いし、キュンとくるもんね」
「お前貰ったことあるの!?」
優香は呆れ顔でため息をついた。む、ムカつく!
「当たり前でしょ? お兄ちゃんは貰ったことないみたいだけど。私は幼稚園の頃から何通も貰ってるよ?」
こ、これが恋愛強者か! 恋愛マスターの名に恥じない経験だ。すげぇ、本当に僕と血がつながってるのかな。
「私と血がつながっていて、どうしてそんなにモテないのか疑問だったけど、本上さんっていうアイドルクラスの大物を射止めたんだから、面目躍如よね」
優香、面目躍如なんてよく知ってるな。どういう意味?
「甘いラブレターというお題だと、もっと叙情的に、エモーショナルに、感情豊かに美しく、もっと詩的に歌うように、カンタービレで!」
優香先生が荒ぶっておられる。ちょっと恐い。
「全く分かりません、先生!」
「ダメねぇ、お兄ちゃん。要するに、もっと自分の気持ちをぶつけないと、人の気持ちは動かせないのよ。
それも、できれば詩的に美しい文章ってこと」
「無理です、先生! ラブレターに詩を書くなんてフランス人ですか!」
「そんなことないよ? 中国人も華美な詩を送るし、日本人だって短歌や詩歌を送ったものよ?」
優香、お前実は大学生で文学とか専攻してないよな?
「ミュージシャンだってラブソング送ったりするでしょ?」
「そ、そうかもしれないけど、僕には無理じゃん!」
「仕方ない。添削しながら書くしかないね」
「おねしゃーっす!」
「じゃあ、始めからね。初めて本上さんに会ったとき、どうだった?」
「そりゃあ、もうアイドルより可愛くて、優しくて、誰にでも笑顔なんだけど、それがまた魅力的でさ。皆に笑顔だから、ちょっと妬き餅焼いちゃうくらいなんだよね!」
「それ!」
僕の鼻面に優香先生の指が突きつけられた。
「なに?」
「それを書けと言ってるの! そのパッションのままに、 本上さんの良いところとか好きなところとか、妬き餅焼いたことも書くの!
本上さんに書くのが難しかったら、本上さんの魅力を私に伝えるつもりで書きなさい!」
「えっ、そ、そうなの? 妬き餅焼いた話なんて格好悪くない?」
「いいの! それくらい好きって伝わるから! 好かれてなかったら、超引かれるけどね!」
やめろ、恐ろしいこと言うな。
一行目からダメ出しの嵐で、添削とかじゃなくて新作になってるけど、優香先生の指示通り本上さんの可愛さとか性格の良さだとか、魅力的なところを書きまくった。
まったく詩的にはなってないけど、そこはそんなセンスないから仕方ない。
「よしよし、お兄ちゃん、夏祭りの時に告白したんでしょ? その時のドキドキした? どんなこと思った? その気持ちを伝えるのよ!」
お前、小学校で何習ってるんだよ。なんでそんな恋愛マスターなんだよ。
「早く書く!」
優香が撮ってくれた夏祭りの写真を見ながら、あの時の気持ちを思い出して、会えないんじゃないかと不安になったこと、ドキドキしたこと切なくなったこと、色んな気持ちを書き綴った。
「うんうん、文章力とか表現力には欠けるけど、大好きな気持ちは十分伝わってくるわね。後はこれをベースに、比喩表現とか使って美しい文章に…」
「す、ストップ! いや、これで良いよ。なかなかよく書けたと思うし。僕が美辞麗句を並べても、僕らしさが無くなって逆にダメになる気がする」
それを聞いた優香は少し考えた後頷いた。
「それもそうね。お兄ちゃんが、『君の白い肌は、その日の月のように美しく、君の瞳の煌めきは夜空を彩る星々のようだ』とか言い出したらキモいもんね」
「お前、よくそんな文章サラッと出てくるな」
「あら、淑女の嗜みよ?」
お前、淑女じゃないだろ。でもそんなこと言うとラブレターも没収されそうだし、もう協力してくれなくなりそうだから黙っておく。
「レターセット持ってるの? そのまま渡す気じゃないでしょうね?」
「あ、当たり前だろ?」
レターセットね。全然考えてなかった。確かにノートの切れ端はマズいな。百均で買ってこよう。
「百均とかダメだからね?」
「えっ!?」
「お兄ちゃん、毎日街まで行くんだから、可愛いの買ってきなさいよ」
「か、可愛いのか… 自信ないな、大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫! 可愛いのしか売れないから、街の大きな店なら変なの売ってないって」
不安だけど、動物とか花のイラストとかのヤツで探せば良いかな。
一月が終わる頃には僕はレターセットを手に入れ、本上さんはクリーンルームを出て、普通の病室に移っていた。
そろそろ期末試験の勉強をしないといけない。ラブレターに集中しすぎてた。
学校で勉強していると、今回もクラス全体が自習をするようになり、僕はちょっと焦っていた。今回はクラス平均を越えたいので、皆には頑張らないで欲しい。
学校で勉強していても差が埋まらないので、電車や病院でも勉強した。
お見舞いなのに勉強してるのもどうかと思ったけど、僕が勉強を頑張ってると本上さんが嬉しそうだし、色々教えてくれるので、ちょっと甘えさせてもらうことにした。
「あらあら、太郎君、勉強頑張ってるわね。期末試験は大丈夫そうかしら?」
本上ママさんも勉強中はからかってこない。勉強を邪魔すると本上さんが怒るんだ。別に良いのにね。
「それなりです。またクラス中が勉強してるから、平均越えができるか不安なんですよ」
「ふふふっ、頑張ってね」
「タロー、ここ違うよ?」
「えー? そうなの? おかしいなー」
逆になんで本上さんは間違わないのかな。
「頑張って100点とったら、華蓮がキスしてくれるわよ?」
「お、お母さん!」
「だって、太郎君が勉強頑張ってるのって、華蓮のためなのよ? それくらいのご褒美はあってしかるべきよ」
「そ、そうなの? 私のためなの?」
本上さんには言ってなかったのになぁ。本上さんが寝てるときにお母さんに聞かれて話しちゃったんだよね。
「いや、そういう訳じゃないよ? ここに通う定期代を貰うための対価っていうか」
「わ、私のためじゃない!」
「いや、僕のためだよ? 僕が会いたいんだから」
本上さんの頬が赤く染まり、耳まで赤くなる。
「き、急に格好良いこと言うの、ズルい…」
「え、なに?」
「今の格好良かったわ! 太郎君って素敵ねぇ」
「もう! お母さんはお茶でも買ってきてよ!」
「お茶ならあるわよ?」
お母さんがペットボトルを差し出す。本上さんの頬がぷくっと膨れた。元気になるにつれて、表情豊かになってとても可愛い。
「もう! ちょっとどっか行っててよ! 勉強の邪魔しないで!」
「二人の邪魔しないで、でしょ? はいはい、じゃあお菓子でも買ってくるけど、まだ免疫が弱いからキスはしちゃダメだからね?」
「お母さん!?」
真っ赤になった本上さんを見て笑いながら、お母さんは出て行った。
「キ、キスなんてしないもんね!?」
「し、しないよ?」
したいけど。
「二人で勉強してると、夏休みの勉強会を思い出すね」
「うん。優香ちゃんもいたけどね」
もう面会謝絶じゃなくて少人数なら大丈夫らしいんだけど、薬の副作用で髪が抜けたりしてて、まだ生え揃ってないから恥ずかしいと言うことで、未だにお見舞いは僕だけだ。
「今度優香も連れてこようか?」
「ううん。優香ちゃんには、もっと元気になって可愛くしてから会いたいから」
「今でも十分可愛いよ?」
「も、もう! やめてよ!」
元が可愛すぎるから本上さんの合格ラインが高すぎるんだと思うんだ。病気で弱ってたときでも、クラスの女子よりずっと可愛かったのに。
「頑張って80点とらないとね!」
「いや、100点とるよ! キスして欲しいし!」
「そ、そんな約束してないよ!」
「えー、さっきそういう話になったじゃん」
「OKしてないもん」
なんだよ、モチベーションが下がるじゃないか。
「そんな、露骨にガッカリしないでよ。だって、ファーストキスはもっとロマンティックにしたいもん…」
「じゃあ、今度ロマンティックな時にしてね?」
「うん。じゃなかった! か、考えとくから! ほら、勉強!」
問題集を持つ手に本上さんの手が触れた。本上さんに触れたのっていつ以来かな。もしかして夏祭り以来なんじゃないだろうか。
嬉しくて、本上さんの手にそっと触れる。何だか壊れそうな小さな手を、僕の両手で包む。
「にゃ、にゃに?」
「久しぶりに本上さんに触れたら、もっと触っていたくなって。ずっと触れたかったから」
ずっと手も繋げなかったから。
「わ、私も…」
本上さんは僕の手に指を絡め、手を繋いできた。手から伝わる本上さんの体温が心地良い。
「一緒の高校に行きたいから、勉強頑張るよ」
「本当? 大学も一緒?」
「だ、大学? 大学はどうかな? 行けたら良いけど…」
僕の手を握る力が強くなり、本上さんの方を見ると、ちょっと拗ねた顔をしていた。そんな顔もするんだね。
「頑張るよ!」
「ずっと、一緒?」
「うん、ずっと、一緒」
「私が留学したら、タローも来てくれる?」
「りゅ、留学? 僕の英語力知ってるだろ? 痛っ、爪立てたら痛いって! 行くよ、行きます! 僕も留学します!」
本上さんは、花が開くように、ぱぁっと笑った。可愛すぎるだろ、ちくしょう。どれだけ勉強させる気だよ。
「じゃあ、タローも将来お医者さんだね!」
「本上さん、お医者さんになるの?」
「うん、私みたいな子を助けてあげるの。髪だって抜けないようにしてあげちゃうんだ!」
お父さんもお医者さんだもんね。
「か、看護師とかじゃだめかな? 同じ医学部で」
「ダメっ! ずっと、一緒なの!」
この駄々っ子め! そんなニコニコしながら言っても多分無理だぞ!? 頑張るけどさ。
「無理でも怒らないでよ?」
「無理じゃないから怒らないよ」
「そうかなぁ。医学部って難しいんでしょ? 学費だってさ」
「大丈夫、大丈夫! 奨学金だってあるし、国立だってあるし、防衛医大なんて給料出るらしいよ?」
「えっ、お金もらえるの?」
「自衛隊の軍医見習いみたいなもんだからね」
「えー、戦争になったら恐いよ」
「戦争で医者が先頭に立つわけ無いでしょ? 災害救助とかで国際派遣とか憧れるよね!」
「えー、ますます英語要るじゃん。苦手なんだよね」
「もうっ! じゃ、じゃあ、英語で100点とったら、キスしてあげなくもないかも」
どっちだよ!
「し、してくれるの?」
「ほっぺ! ほっぺだからね! 唇は許しませんよ!?」
「本当だね? 嘘だったら怒るからね?」
「い、いいよ? で、でも他の人にもキスお願いしたらダメなんだからね!」
「す、するわけないだろ! セクハラで訴えられるよ」
僕をなんだと思ってるんだ。クラスでおっぱいソムリエとか言われてるんだぞ。無理に決まってるだろ。例えば黒崎さんに頼んでみろ、首がもげるくらいのビンタされるぞ。
「あ、あの、話変わるけど、小さい子って好き? 赤ちゃんとか」
「えー? どうかな? 別に嫌いではないけど。優香ともそれなりに歳が離れてるから、小さい子って感じだったし」
今は優香姉さんだし、優香先生だけど。
「あのさ、た、例えばなんだけど、私が子供産めなくても、私のこと好きでいてくれる? 私を置いていかない?」
「なにそれ? もうそんな心配してるの? 本上さんってませ過ぎじゃない? 僕達まだ子供だよ?」
「だって、だって! 化学療法何度もやったから、うまく子供ができないかもしれないし…!」
「そ、そうなんだ? でも、大丈夫だって! 産める産める! だって本上さん、赤ちゃんとか大好きそうだし」
「そんなの理由になってないもん!」
あっ、本上さんが涙目になってる。意外と深刻に悩んでるんだ。
「大丈夫だって。10年以上先の話だよ? 仮に副作用が出てても、医学が進歩してて産めるようになってるって。
そう言えば、この前ニュースで雄同士から子供を作ったってやってたよ。動物だけど」
「でも、無理だったら?」
「別に、どうもしないけど? あ、本上さんが医者になるなら、自分で治療法開発したらいいんだよ!」
「そこは、『僕が開発する』でしょ!?」
「いや、だって、僕だよ?」
だって、おっぱいソムリエと噂のムッツリーニ山田だよ?
「もう!」
そんな怒んなくてもいいのに。
「分かったって! じゃあ、二人で何とかしたらいいよ。別にできなくても、本上さんは本上さんだし。
そんなので嫌いになる中一なんていないと思うよ?」
「大きくなったら嫌になるかもしれないじゃない」
どちらかと言うと、その前に本上さんが僕のこと嫌になるんじゃないかな。
「ならないって! 心配性すぎるよ。この前まで生きていられるかなだったのに、治ってきたら子供が産めないかもとか、考え過ぎ。
僕は本上さんが生きてるだけで十分だよ」
「ずっと、一緒って言って」
「ずっと、一緒。本上さんが僕を振らなかったら」
「子供産めなくてもお嫁さんにしてくれる?」
「えっ、お嫁さんになってくれるの!?」
「ずっと、一緒って言ったのに!」
本上さんがぷくっと膨れる。言ったけどさ。本当にお嫁さんになるの?
「じゃあ、絶対お嫁さんになってよ? 子供産めるからって、他の男と結婚しないでよ? 優しくてイケメンの大富豪とかに告白されてもダメだからね?」
「え、そ、それは分かんないけど?」
「うわっ、ひどっ!」
でもそれくらいで良いと思うよ? 中一でそんな一生を決めなくてもさ。
「ごめんなさい。嘘です。ずっと、一緒です」
「ははは、いいよいいよ。本上さん、病気が重かったから、考え方が重いんだよね。
別に本上さんが病気だって、産めなくたって嫌いになる理由にもならないし、本上さんが他の人を好きになっても仕方ないと思うよ?
僕は一番好きでいてもらうように頑張るから、もっと気楽に生きて良いんだよ?」
「そ、そうなの?」
「だって、その話の流れだと、僕ら婚約者だよ? 僕は嬉しいけど」
「婚約! け、結婚してみたい!」
「じゃあ、ずっと好き同士だったら結婚しようね」
「うん!」
そうだ、お母さんが居ない間に渡しておこう。
「これ、約束の」
「あっ、ラブレターだ! やったー! 嬉しい!」
「本上さんはいっぱい貰ってそうだけど」
本上さんは目を泳がせて、気まずそうに呟く。
「ま、まあ、いっぱい貰ったけど…」
「やっぱり!」
「で、でも、好きな人から貰うのは特別なの!」
あっ、やばい。嬉しくて顔がにやけるのを止められない。
「あら、やっと言ったのね」
「お母さん!?」
「ほら、ちゃんと好きって言ったら、こんなに喜んでくれるのよ?」
人生最大に顔が熱い!
「わ、私、そんなこと言ってないよ?」
「『好きな人から貰うのは特別なの!』」
「にゃー!」
「『ずっと好き同士だったら結婚しようね!』『うん!』」
「にゃー!」
「ぎゃー!」
本上さんは布団に埋まって隠れてしまった。僕も布団に隠れたい。僕までからかうのはやめてほしい。
「華蓮もちゃんとお返事渡すのよ?」
「にゃー! にゃー!」
その後は本上さんはずっと布団に隠れたままだった。ズルいぞ、一人だけ!
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