あけましておめでとう

 なんとか79点で、お母さんには三学期の中間試験までの執行猶予をもらった。


 このままでは、ずっと勉強しないといけないのでは? いや、まあ、学生だから元々しないといけないんだけどね。


 色々教えてもらったので、本上さんにも成績報告をする。クリスマスプレゼントに100点の答案は無理だった。


「平均72点で、最高79点でした! 拍手ー!」


 一番良かった英語の答案をガラスに貼り付けて本上さんに見せる。


「うん、まあ、頑張ったね!」


 なんだよ、微妙だな。まあ、微妙な点数なんだけどさ。


「なんだよ、もっと褒めてよ。一学期なんて40点台だったんだぞ!」


「うんうん、頑張った頑張った! で、クラス平均は?」


「な、75点…」


 まるで平均を下回ったのを見抜かれたみたい。もっと褒めてくれてもいいのに。


「うーん、まあまあだね。次は平均越えだね!」


「が、学年平均は61点だったんだよ!」


「えっ、じゃあ、凄いじゃない! なんでさそんなにクラス平均高いの?」


「僕と朝倉達が教室で勉強してたら、田中と黒崎さんが勉強しだして、それを見た皆が焦って勉強したみたい」


「えー、じゃあタローがクラスの立役者だね」


「そんな良いものじゃないけど、静香先生は喜んでたよ」


「へぇ、良かったねー」


 それはそうだけど、僕はまだまだ油断できないのだ。


「でも、お母さんと三学期は80点とる約束しちゃってるんだよね」


「そうなんだ。そのまま頑張って成績上がったら、同じ高校行けるかな?」


「えっ、勉強しないと同じ高校行けないの!?」


 そんなの聞いてないんですけど! って言うか、まだ中一なのに高校受験の心配しないといけないの?


「分かんないけど、40点だと無理じゃないかなぁ」


「そ、そうか、本上さんは賢い学校行くんだ」


 それはそうか。僕は普通に近くの公立に行くつもりだったよ。賢い公立はちょっと遠いんだ。この病院ほどじゃないけどね。


「退院できてたら、色々選択肢ができるからわかんないけどね」


「そ、そうなんだ。皆、近くの公立行くと思ってた」


「そうなるかもしれないけど、勉強しておいた方が選択肢が多くなって良いよ?」


「そうだね。一緒の学校行きたいもんね」


 確かにどこでも行けるようにしておいた方が安心だけど、本上さんレベルにするのは多分無理だと思うんだけどなぁ。


「私と一緒の高校行ってくれる?」


「うん! もちろんだよ!」


 や、安請け合いしてしまった。これは頑張らないと。


「また勉強教えてあげるからね!」


「うん…」


 はぁ、気が重い。


「もうっ、そんなに嫌そうにしないでよー。一緒に高校行こうよ」


 高校選びは大学受験に影響するから、僕に合わせて近所の高校にしてもらうわけにはいかないし、仕方ない頑張ろう。


「任せときなよ! ちゃんと同じ学校に行けるくらいまで成績伸ばしておくから、本上さんはちゃんと治すんだよ?」


「はーい」


 本上さんの声が嬉しそう。この前までなら『高校入るまで生きていられるかな』とか言いそうだったけど、前向きになって良かった。


「クリスマスプレゼント、100点の答案じゃなくてごめんね?」


「ううん! 同じ学校行けるように勉強するって言ってくれたから、そっちの方が嬉しかったよ」


 本上さんはクリスマスもケーキを食べたりできないし、病室に持ち込むのはなるべく避けないといけないらしいので、プレゼントも渡せない。


「今年はクリスマスもお正月も何もできないけど、来年は色々遊びに行ったりしようね」


「うん! 楽しみにしてるね!」


 年末に掛けて化学療法を終え、年が明けたらついに骨髄移植をするそうだ。


 吐き気は落ち着いてきたみたいだけど、顔は真っ白だ。外に出たら本当に死んじゃうのかもしれない。


「初詣で早く病気が治るようにお願いしておくね」


「初詣って、一年無事に過ごせた報告と、その年の抱負を神様の前で宣言して、見守っててくださいっていう物って聞いたよ」


「えっ、お願いしないの?」


「年に一回しか行かないのにお願いするのって厚かましくない? 願掛けってお百度参りとかでしょ? それにこの前、お家は仏教って言ってたし」


「じゃあ、お百度参りしてくるよ」


「い、いいよ! そんなことしてくれるより、お見舞いに来てくれる方が嬉しいよ」


 そもそも、お百度参りのやり方知らないんだけどね。部活の時のランニングを、神社まで走ってお参りするようにしようかな。


 

 そんなこんなでクリスマスが過ぎ年が明けた。


 僕はコタツで家族でテレビを見ながら年を越したけど、本上さんは病室で一人。面会時間も消灯時間も過ぎてるから寝てるかも。


タロー『明けましておめでとう。今年もよろしくね!」


華蓮『明けましておめでとう。こちらこそ、よろしくお願いします』


 起きてたみたい。


タロー『起きてたんだ?』


華蓮『うん、ラジオ聞いてたよ』


タロー『ラジオ! 僕、聞いたことないかも。車でもテレビつけてるし』


華蓮『そうなの? ラジオも良いものだよ? テレビには無い味わいがあるし、バラエティはもちろん、ドラマもたまにあるからね。スマホでも聞けるよ』


タロー『そうなんだ? 今度聞いてみようかな』


華蓮『面白い番組は大体動画サイトにあがっちゃうから、古い番組とかも聞けるよ。今度お勧め教えるね。そろそろ、寝ます。お休みなさいzzz』


 消灯時間過ぎるとテレビつけてるのも気を使うのかな。今度勉強するときにラジオ聞きながらやってみよう。


 朝になると優香と初詣に行き、本上さんの病気が治りますようにと祈っておいた。お願いじゃないから、いいよね?


「お兄ちゃん、本上さんのことお願いしたの?」


「うん、お願いって言うより、お祈りかな? 早く治りますようにって」


「ふうん? 同じみたいだけど、まあいいや。お神籤引こうよ! あ、お守り買っていく?」


 言われるままに、お神籤の行列に並んで籤を引いた。


「あっ、中吉だって」


「私、大吉!」


「大吉は現状で幸運マックスだから、これ以上良くならないんだぞ。お神籤は中吉が最強」


「お兄ちゃん、負け惜しみダサいよ?」


 小学生にダメ出しされてしまった。反論しても、もっとダサいと言われそうなので黙って御守りを選ぶ。健康祈願がいいかな。


「あっ、病気平癒っていうのがあるよ! これが良いんじゃない?」


「うん、違いがよく分かんないけど、病気が治りそうな気がするよな!」


 ピンクの可愛いお守りを購入していると、黒崎さんと田中に遭遇した。こいつら本当仲良いよな。


「あ、山田! 明けましておめでとう。お守り買ったの? 私も買ったよ」


「お、太郎。あけおめー」


「あけおめー」


「明けましておめでとうごさいます」


 優香が一番ちゃんとしてるっていうのは、どうなんだろう?


「優香ちゃん! 明けましておめでとう。あっ、お神籤、どうだった?」


「大吉だったよ!」


「良かったねー」


 女子がキャッキャッしてる。こういう時は近寄らないのだ。邪険にされるからね。


「太郎、甘酒飲んだ? 向こうでタダで配ってるぞ」


「いいねぇ、寒いから甘酒美味しいよね」


「あー、ぜんざい食いてーなー」


 こいつ、ノワール常連だけあって、なかなかの甘党なのだ。僕は雑煮かな。お母さんが京都出身なので、うちは白味噌のお雑煮。優しい甘さで美味しい。


「あ、山田と田中! 明けましておめでとう!」


 坂下が現れた。流石にタンクトップではない。


「お前らが揃ってるってことは、正月からおっぱい談議してるのか?」


「なんでだよ! たまたまだよ!」


 そもそも、この辺りに神社はここしかないから遭遇するのも不思議じゃない。


「俺、お守り買おうと思って。病気平癒のやつ」


「あ、僕も買ったよ」


「ああ、俺らも買ったわ」


「皆、考えることは同じだな」


 病院には持っていけないけど、本上さんの席に括り付けるんだって。相変わらず良いヤツだ。


「買ったら、甘酒もらいに行こうぜ」


「おう」


 女子はひたすら喋り続けていたが、僕らが移動するのについて来た。優香も甘酒好きだからな。


「あ、お前ら皆で来たのか? 俺も誘えよ!」


 移動先で野中が甘酒を飲んでいた。こうやって言えるところが男前なんだよな、こいつ。

 僕なら、ハブられたのかとか、イジメかとか色々考えた挙げ句に声をかけずに隠れちゃうね。


「たまたまだ、たまたま。あけおめ」


「「「あけおめー」」」


 あと朝倉がいたらいつものメンバー勢揃いだね。


「朝倉はいねーの?」


「ああ、田中は知らなかったのか。あいつ今、ハワイなんだよ。ハワイの出雲大社で初詣するらしいぞ」


「えっ、ハワイに出雲大社なんてあるんだ?」


「あるんだってさ。お守り買ってくるって言ってたぜ」


 そうなんだ? 出雲大社は知らなかったな。ご利益あるのかな?


「野中もお守り買ったの?」


「ああ、ほら!」


 見せてくれたお守りは、僕が買ったのと同じ物だった。


「あっ、同じの」


「俺らも同じの買ったわ」


「クラスの人数分売れたりして」


「ははは、もっと多いんじゃね?」


 野中の予想は当たっていて、冬休み明けに学校に行くと、既にクラスの人数より多いお守りが、本上さんの席に括り付けられていた。


 僕のも括り付けていると、HAWAIIと書かれたお守りがあった。朝倉だな。


 赤やピンクのお守りが多かったので、妙に派手な席になってしまっているけど、皆の気持ちが詰まっているから、見ていてほんわかする。


 もちろん、写真を撮って本上さんに送った。


 ちょうど骨髄移植が始まる頃合いだった。移植と言っても点滴するだけなんだけど、副作用が色々出て大変らしい。


 うまく行けば、1-2ヶ月くらいで退院できるそうだ。


 放課後、ランニングついでに神社にお参りし、いつもの筋トレをしてから、病院に向かった。


「調子どう?」


「まあまあかな。熱がちょっと出たけど」


「早く退院できるといいね」


「うふふ、気が早いよ」


「そうねぇ、華蓮はバレンタインデーまでに退院したいのよね? でもお父さんが許さないかも」


 本上ママが現れた! ほんとは最初から居たんだけど。


「おお、お母さん! 何言ってるの!」


「手作りチョコとかあげたいんじゃないの?」


「べ、別にそんなじゃないし!」


 えっ、そんなじゃないの? ちょっとショック。


「あらあら、華蓮が酷いこというから、太郎君が落ち込んじゃったじゃないの」


 本上ママさんは、僕を太郎君と呼ぶようになっていた。本上さんがいつもタローって呼ぶからつられたんだろうけど。


「て、手作りは自信ないから、市販の! 市販ので!」


「えっ、チョコくれるの?」


「ははは、太郎君、こんな毎日お見舞い来てくれてるのに、チョコも渡さないような娘だったら、流石にもう勘当よ?」


「ももも、もう! 渡すかどうかは秘密でしょ! 乙女の秘密なんだから!」


「でも退院できてなかったら、私が買いに行くのよね?」


「そ、そうだけど…」


「クリーンルームから出てなかったら、渡すのも私よね?」


「そ、そうだけど…」


「じゃあ、秘密とか言ってもねぇ?」


「その頃にはクリーンルーム出てるもん! 退院してなくても、病院の売店でも買えるもん!」


「えー? 病院の売店のチョコ? 板チョコとか? まさかチロルチョコ? それは女子としてどうかなぁ」


 お母さんが本上さんをからかっているけど、僕は本上さんがくれるなら別に売店の板チョコでも全然良いんだけど。


「あっ、あとちゃんと免疫が改善するまで、キスとかしちゃだめだからね!」


「し、しない! したことない! する予定もないから!」


「ええっ!? したじゃん! する予定ないの!? 退院したら、本上さんから告白してキスしてくれるんじゃなかったの!?」


「ええっ! もうキスしてたの!? おませさんねぇ」


 しまった。不要な情報を流してしまった。


「し、してない! ほっぺ! 頬に軽く触れただけ! あんなの挨拶! そんな約束もしてない!」


「ひ、酷い…」


 一大決心で心臓バクバクしながらキスしたのに、あんなの挨拶なんて!


「あら、また家の愚女(ぐじょ)が太郎君を傷付けたみたいね。華蓮?」


「ご、ごめんなさい… キス、されました。挨拶じゃなかったです。ドキドキしました」


「その後のは?」


「や、約束はしてないよ!? お返事を元気になるまで保留させてもらってるだけだもん」


「まったく、往生際の悪い娘だこと。ちゃんと好きって言わないと、いい加減振られるわよ?」


「ふ、振られないもん! タローは私のこと、大好きだもん!」


 や、やめてよ! お母さんの前で恥ずかしいよ! 顔が熱くなってきた。


「そう思い込んだ女が、浮気されて捨てられるのよ」


 お母さん、重いです。そんなの中一の恋愛じゃないと思います。昼ドラだと思います。


「捨てられないもん! お嫁さんにしてくれるって言ったもん!」


 やめてー! いたたまれないよー!


「そんな子供の口約束なんて意味ないのよ! そういうのは文書にしないと!」


 昼ドラすぎると思います。裁判前提みたいになってますよ。


「文書? ラ、ラブレターってこと?」


「ラブレター! なんて甘酸っぱい響き! 違うけど、もうそれで良いわ。太郎君、華蓮がラブレター欲しがってるみたいだから書いてあげてくれる?」


「えっ、いや、欲しがってなかったような…」


「ほ、欲しいなー。タローのラブレター欲しいなー」


 うわっ、親子だ! こういうところはしっかり親子だ。さっきまであたふたしてた癖に、ちゃっかり便乗しやがった!


「じゃ、じゃあ、本上さんも書いてくれるんだよね!?」


「ふぇっ!? わ、私も書くの?」


「そうじゃないと、不公平だし。一回も好きって言われてない僕、可哀想だし!」


 自分で言ってて悲しいけど。


「な、なんですって! 一回も言ってないですって!? 華蓮、いい加減にしなさいよ?」


「だって、だって…!」


「い、良いんです! 治るまではお預けって約束ですから! だから治ったら本上さんから告白してキスなんです!」


「なるほど、そういう契約なのね」


 契約じゃないですけど。お母さん、目が恐いです。


「華蓮、好きって言われて嬉しくなかった? 私やお父さんが、華蓮のこと好きって言わなくなったら、悲しいでしょ?

 太郎君が好きって言ってくれなかったら、淋しくて切ないでしょ?」


「うん…」


「じゃあ、今じゃなくて良いから、二人の時にちゃんと言いなさいよ? 言わないと段々気持ちは離れていくわよ?」


「はい…」


「離れませんけど…」


「太郎君は、華蓮を甘やかさないで!」


「すいません…」


「じゃあ、二人に宿題ね! 太郎君は甘ーいラブレターを書いて、華蓮は今度はちゃんとお返事するのよ?」


「「はい…」」


 なんかラブレターを書くことになってしまった。断れる雰囲気じゃないぞ。自慢じゃないが、ロマンティックとは無縁なチェリーボーイだぞ。そんなの書けるのかな?


 そ、そうだ! 恋愛マスターの優香姉さんに相談しなくては!

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