期末試験
本上さんの体力が戻ってきたので、また化学療法が始まった。やっぱり薬の副作用が強いみたいで、時々吐いている。
でもこれが効けば、また骨髄移植ができるらしい。
「しばらく来なくていいよ」
本上さんは青白い顔で、視線を彷徨わせながら言う。本心じゃないから、目が泳いでるんだろ?
「はいはい、じゃあまた明日。思ってもないこと言わなくても良いんだよ」
「だって、吐いてるところとか見られたくないし…」
「病気なんだから仕方ないよ。気にしすぎ。弱ってても、吐いてても可愛いって」
「さすがに、吐いてたら可愛くないんじゃないかな!」
適当にあしらってたら、本上さんが拗ねた。だって毎日同じ事言うんだもん。見られたくないのも本心なんだろうけど、『気にするな、また明日くるから』って言ってもらって、安心したいんだ。
さすがにそれくらい分かるので、毎日同じようなやり取りを繰り返している。
「淋しかったらメールか電話してくれていいからね」
毎日お見舞いに通って、本上さんがかなり淋しがり屋だというのが分かってきた。病気で弱っているからかもしれないけど。
もうスマホを弄るのは苦ではなくなってるので、いつでも連絡してくれたら良いんだ。
「うん…」
またションボリしてる。頭撫でたい。
僕は別れを告げて家に帰った。もっとゆっくりしたいところだけど、早く帰ってやることがあるのだ。
お見舞いに通う定期代と引き換えに、期末テストで平均70点、最低一つは80点以上という厳しい条件が付けられたのだ。一学期の倍近いんですけど!
それがクリアできない場合はクリスマスプレゼントはもちろん、お年玉も没収。さらに小遣い減額とペナルティーがキツい。
だから帰ってモリモリ勉強するのだ。お見舞い中に勉強するのもどうかと思うしね。
幸い分からないところも、翌日聞きに行けば静香先生が教えてくれるし、タンクトッパーズが実は頭が良いから、そっちにも聞ける。
「最近、山田君頑張ってるわね。先生嬉しいわ」
そんな嬉しそうな顔をされると、自発的に勉強してる訳じゃないので、居心地が悪い。そもそも頑張って勉強してたやつは、質問に行かなくても授業で理解してるんじゃないだろうか。黒崎さんとか全然質問してないもん。
「山田も文武両道に目覚めたか」
「ふははは、貴様は四天王最弱! 精々励むが良いわ! あ、そこ間違ってるぞ」
「えっ、参考書? 勉強なんて教科書読むだけでよくね?」
くっ、タンクトッパーズとの頭脳格差が酷い。皆、優しいから教えてくれるんだけど、格差にちょっと凹む。
「違うわ。それは、ここを指してるの」
「えー? そうなの?」
向こうで田中もカップル格差に苦しんでいるようだ。仲間だ。
期末テストが近付いて、大体の部活が休みになり、教室で勉強しているクラスメイトがちらほらいる。
「やばっ、田中と山田が勉強してんじゃん! うちらもやらないとマズいって」
「うわっ、ホントだ! あの胸ばっかりチラ見する山田と田中が勉強してる!」
「山田って胸以外にも見ることあるんだ。私、あいつと目が合ったこと無い気がする」
「えっ、そんな馬鹿なこと…そう言えば私も」
「私は普通に目が合うよ?」
「「あんた、胸無いじゃない」」
「酷いよ!」
ホント酷いよ、風評被害が甚だしいよ。たまたまだよ? たまたま、君達がクラスの胸発育ランキング一位と二位だからなんだよ?
酷い風評被害にあいながらも、僕達が勉強していることで、クラスメイト達の危機感が高まり、自主勉強する人が増えていった。
おかげで静香先生はニッコニコである。期末テストに期待しているのがよく分かる。より一層勉強しない訳にはいかなくなった。
もちろん病院の行き帰りも電車の中で英単語を覚えたりしてる。地味に電車って集中できるんだよね。
でも数学は電車で勉強しにくい。英語とか歴史とかは良いんだけど。
華蓮『お母さんも帰っちゃって、淋しいよー(・_・、)』
最近本上さんは、淋しいとか辛いとかちゃんと言ってくれるようになった。距離が近付いたみたいで、ちょっと嬉しい。
タロー『ほんとは、僕が帰って淋しいくせに』
華蓮『違うもーん! タローなんて毎日来なくて良いんだから! 二日に一回でも、三日に一回でもいいんだからね!』
もう来なくて良いとか言えない癖に、なに意地張ってんだか。
タロー『じゃあ、明日も明後日も行かない』
華蓮『えっ、怒っちゃった? ごめんなさい。来て欲しいです』
タロー『怒ってないけど、明日から期末テストなんだ。さすがにテスト中毎日行くのはマズいから』
華蓮『な、なんだそうかー。もう、ちゃんとテストだからって言ってよね! 意地悪なんだから! 退院してもデートしてあげないよ?』
タロー『そんなこと言ってると、クリスマスも正月も淋しく過ごすことになるんだぞー』
華蓮『ごめんなさい。会いたいです。できるだけで良いから来てください。退院したらデートします』
タロー『そんな卑屈にならなくても良いけど』
華蓮『勉強分かる? 教えてあげよっか?』
タロー『何言ってんの。授業受けて無いじゃん』
華蓮『中学の範囲なんて、前の入院中に全部勉強したよ?』
何この人。出来杉さんでしたか。マジですか。
数学の問題で特に難しいヤツを写メしてみる。当然僕には解けない。さすがに無理だって。
華蓮『こうだよー』
割とすぐに返事が来たと思ったら、手書きの解答を写メで返信してきた。綺麗な字で分かりやすく書いてくれている。
くっ、分かりやすい! しかし、授業受けてない人にも負けてしまうとは…
タロー『や、やるじゃない。こんなの、僕が本気出したら解けるんだからね! でも、淋しいだろうから、少しだけ教えさせてあげるんだから、感謝しなさいよね!』
ツンデレおかまになってしまった。
華蓮『分かったー。ありがとー。タロー、優しいね』
やめてー! ネタにマジレス禁止ですよ!
入院して学校にも通っていない本上さんに負けっぱなしは、さすがに堪えるので僕は人生で一番勉強を頑張った。
「お母さーん! お兄ちゃんが勉強してるフリして、スマホみてニヤニヤしてるよー! おかしくなったみたいー!」
おい、優香。お兄ちゃんを何だと思ってるんだ。たまには本当に勉強だってするんだぞ。それから、お兄ちゃんの部屋を覗くな。覗いたらマズい時だってあるんだぞ。
「放っておきなさい。性の目覚めでエロ画像でも見てるのよ。女教師とナースのフォルダー作ってるから」
い、いや、お母さん、あんたも止めろ。オープンすぎるだろ。なんで、僕のお宝フォルダー知ってるんだ。ちゃんと偽装アプリ使ってるのに!
「病院で美人の看護師さんに優しくしてもらってからハマってるのよ」
お母さん、なんでそんなこと知ってるんだ。あんた一緒に来てないじゃないか!
「お兄ちゃん、さいてー。きもーい」
華蓮『タロー、さいてー』
「おい、優香! お前、今、本上さんに告げ口しただろ!」
やめろよ! この前だって病院行ったときに、看護師さんに見とれてたのバレて気まずかったんだからな!
華蓮『授業中も静香先生ばっかり見てるんでしょ』
バレてるし! だって本上さん居ないんだもん。本上さんがいたら本上さんばっかり見ちゃうけど、居ないから仕方ないんや!
静香先生が胸元ちゃんとボタン留めてないからいけないんや!
華蓮『セクハラで訴えられちゃうよ?』
タロー『見てないし! い、いや、見てるけど、しっかり授業を聞くためだし!』
華蓮『今日はボタン開いてた?』
タロー『それが、二つも開いてたから、ちょっと見えそうでさ!』
華蓮『ギルティ』
「お母さーん! お兄ちゃん、授業中、先生のブラチラばっかり見てるんだってー!」
「ちょっと、それはダメよ! お母さん恥ずかしいわ。三者面談の時に言われたらどうすんの」
「僕は今恥ずかしいわっ!」
相変わらず本上さんと優香は仲が良いな! 筒抜けじゃないか!
全然勉強が進まないんですけど!
家族の邪魔を乗り切り、ついに試験が始まった。
「あっ、これ、タンクトップゼミでやった問題だ! 分かる、分かるぞ!」
いつもの倍は解けたね。僕もやればできるってことだよ。
「今回簡単すぎだったな」
「クリスマス前にサービスなんじゃね? 点数悪いとプレゼントとかお年玉に響くだろ」
「俺15分くらいで終わったわ」
タンクトッパーズの基準はおかしいから無視無視!
「やったわ、俺。めっさ解けた。夏穂のおかげだな!」
まあ、田中も黒崎さんが頑張ってたからな。
「あの引っ掛け問題、簡単すぎて引っ掛けになってなかったね」
「あんなの引っ掛かるの、よっぽど馬鹿だよね」
えっ、引っ掛けなんてあったっけ?
段々不安になってきたので、その日は耳を塞いで急いで帰った。
そして試験が返される日がやってきた。
「皆、今回は頑張ったね! クラス平均が75点もあって、先生嬉しいです」
僕の点数は、平均72点。最高79点。微妙。
あれー? 頑張ったよね? あれでもクラス平均を下回ってるの?
「学年平均は61点だったんだよ。うちのクラス10点以上高いの! 先生、鼻高々だったんだから!」
そうなのか。クラス平均を下回っていることは釈然としないけど、学年平均を上回っているからとりあえず良しとしよう。お母さんとの約束の80点越えが無いけど、79点で酌量してもらうしかない。
あ、これ引っ掛けじゃん。これに気付いてたら80点越えてたのにー!
「やったぜ、夏穂! 俺、平均75点だった!」
「良かったー! これで冬休み一緒に遊べるね!」
た、田中に負けてしまった。くそー、ラブラブカップル、羨ましい!
「黒崎さんと朝倉君、坂下君、野中君は特に成績優秀でした! 学年上位独占です! 拍手ー!」
ちょっと、先生、個人情報をばらまくの良くないんじゃないですかー。いえいえ、妬んでる訳じゃありませんよー?
「おい、坂下。そんな点数良かったの?」
「ん、いや? 普通じゃね? 簡単だったしな。平均94点」
「マジか! お前等は?」
「92点」
「93点」
なんだよ、お前ら! 親友じゃなかったのかよ!
もう黒崎さんと四天王名乗れよ! ラスボスは本上さんで!
「山田は? あー、まー、頑張ったんじゃね?」
「あー、ここ俺教えたのになー。せっかく教えたのになー」
「俺、ここ出るって教えたのになんで間違ってんだよ。憶えるだけだろ」
お前ら、四天王最弱をいたわれよ! 可哀想だろ! あいつなりに頑張ったんだよ! 教えてもらったの忘れてたんだよ! ごめんなさい!
「せ、せっかく成績上がったと思ったのに! 何でクラス平均まで上がってるんだよ!」
「まあ、山田と田中が教室で勉強してたら、誰でも焦るだろ。女の胸ばっか見てる、おっぱいソムリエの二大巨頭が胸じゃなくて教科書見てるんだから」
「おい、誰がおっぱいソムリエだ」
失敬なヤツだな!
「クラスで一番胸が大きいのは?」
「宮下さんに決まってるだろ? 大きめの服を着て誤魔化そうとしてるけど、Cカップはあるぞ。中一なのに将来有望だよな!」
「ほら見ろ、おっぱいソムリエじゃねーか」
「し、失礼な! 誰でも分かるだろ!」
「えー? 俺、本上さんかと思ってた」
「俺、里中」
浅はかな連中だな!
「馬鹿め! 里中さんは、中一にして寄せ上げブラをするおませさんなのだ! 寄せ上げでC、普通でBだ!」
「きゃー! 変態ー!」
「14:15、逮捕!」
くっ、黒崎さんに捕まってしまった。放せ! 僕は悪くないぞ!
「女の子のブラとか胸のサイズを公表して良いと思ってるのか、貴様は」
黒崎さんに付いて田中もやってきた。
「里中のワイヤーブラに気付くとはやるな、太郎。実は静香先生と同じブランドなのは知ってたか?」
「なっ、お前そこまで見抜いてたのか!」
「ふふっ、まあな!」
バチーン!
「まあな、じゃない!」
黒崎さんのビンタが田中の頬に炸裂した。いや、ビンタするほどじゃなくね? 田中のお陰で解放された隙に、黒崎さんと距離を取った。
そうか、静香先生と同じブランドとは気付かなかったな…
「さすが二大巨頭は下劣だな」
「お前ら、さすがに生徒指導されるぞ」
「親も呼ばれるな」
「静香先生から親に、『私とクラスメイトのブラのブランドを当てたり、サイズを公表したりして困ってるんです』とか言われちゃうんだな」
い、嫌すぎる!
「「すいませんでした!」」
僕と田中は揃ってフライング土下座を決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます