冬
次の日もその次の日も僕は病院を訪れた。
本上さんはほとんど眠ったままだった。離れてるから、起きてるかどうか分かりにくい。
とりあえず挨拶の声を掛ける。返事がなくても、僕は少しだけその日あったことを話した。返事をするのが辛いだけかもしれないから。
なかなか写真を見せるタイミングがなかったので、集合写真は本上さんのお母さんに渡しておいた。
他のたくさんある写真はメールしたけど、スマホを見れるようになるのは当分先のようだった。
タンクトッパーズとの裸ポージング写真も印刷してしまったけど、さすがにお母さんには渡していないし、メールもしてない。
毎日声をかけていると、返事がなくても瞼がピクピクしてたり反応があるのが分かったので、負担にならない程度に話し掛ける日々を送った。
日に日に病状は改善しているようで、時々返事をしてくれるようになり、ついに目を開けて話せるようにようになった。
でもすぐ疲れて眠ってしまうので、毎日5分くらいだけ話して帰った。
二週間くらいで普通に会話できる程度まで体力が戻ったけど、そんなに長い時間は遠慮している。
スマホを使うのはまだ億劫なようで、チャットも満足にできない。メッセージを送っても返事がこないことが多い。そもそもちゃんと充電されてないことも多いのだ。まだ満足に動けないから仕方ない。
「皆、元気にしてる?」
「うん、元気だよ。田中がインフルエンザになって休んでるけど」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ。まだインフルエンザなんて田中だけだけど」
「へぇ、夏穂ちゃん心配だろうね」
「そうかな? インフルエンザくらいで心配なんかするのかな? 寝てたら治るよ」
「タローは、なったことないから、そんなこと言えるの」
本上さんの白血病に比べたら、インフルエンザなんて心配するほどの気にもならないだけなんだけどね。
「そうかなぁ」
「そうなの!」
何気ない会話を交わせることが嬉しくて、ちょっと笑ってしまった。
「もう、なに笑ってるの!?」
「なんでもないよ」
「もう! 朝倉君達は?」
「元気だよ。今日も一緒に部活したし」
筋トレとランニングだけだけど。週末は市民プールに行って泳ぐんだ。室外プールは閉まってるけど、室内の温水プールは営業してる。小さいしガラガラだけど。どうも夏休み以降泳がないと気持ち悪くて。
「へえ、何の部活?」
「正式な部じゃないから何の部活と言われると困るんだけど、あえて言うなら華蓮ファンクラブ?」
「な、何言ってるの!」
ビックリするほどのことかなぁ。皆、告白してるじゃん。
「もう! どんな活動してるの? 変な事してない?」
「してないよ! ランニングと筋トレしてるだけだよ。週末は市民プールに行ったりするけど」
「変なファンクラブ通信とか作ってない?」
「作ってないよ! でも、それも良いかも。皆、心配してるし、何か書いて配るか回覧しようか?」
「や、やめてよ! 恥ずかしいよ!」
「写真撮って回そうか」
「絶対止めて!」
本上さんはそっぽを向いてしまった。写真を撮っても心配が増しちゃうかもしれないもんね。
本上さんはナイトキャップかバンダナで髪を隠しているし、マスクをしているので目元しか見えない。
クリーンルームでそんな格好してる写真なんて心配になっちゃうかも。僕はその格好を見慣れてるし、最初の危篤状態のときを見てるから元気そうって思うけど、皆は違うもんね。
「でも大分良くなってきたよね」
「うん」
口数も増えてきたし、表情も明るくなってきた。
「もうすぐクリスマスだね。来年は一緒にクリスマスパーティーしようか。優香とかも一緒に」
「うん、楽しみだね」
本上さんは微笑んだみたい。マスクしてるから、目元しか見えないけど。
「タローはサンタさんに何お願いするの?」
「えっ、サンタさん? サンタさんって、もしかして信じてるの?」
「えっ、何が? キリスト教徒かってこと? 違うよ?」
ん? 何か咬み合ってないぞ?
「キリスト教って関係有るの?」
「ん? サンタクロースって、元々セント・ニコラオスのことだよ。キリスト教の聖人の」
「ん? キリスト教の聖人にお願いするの?」
「ん? まあ、そう言えばそうなんだけど。いわゆるサンタさんに何かプレゼントお願いしたりしないの?」
「うち、浄土真宗なんだ」
そうか、サンタさんてクリスチャンだったんだ。そう言えばクリスマスってキリスト誕生祭だった。
「うちも別にキリスト教じゃないけど、プレゼント貰えたよ? 本当は健康な体をプレゼントしてほしかったけど、学問の守護聖人だもんね」
あれ、本当にサンタさんに貰ったと思ってるのかな?
「そうなんだ。菅原道真みたいなもんだね。菅原道真が鹿ソリで袋担いでプレゼントくれたら衝撃的だね」
「もうっ、何言ってるのよ」
マスクからはみ出た本上さんの頬が膨らんでいる。
「あんな派手な格好の聖人なんているんだね。さすが海外はファンキーだ」
「あ、赤い服はコカ・コーラのコマーシャルのせいだよ。オーストラリアじゃ水着でサーフボードに乗ってくるとか聞いたこと有るけど」
「えっ、そうなの? まあ、法王みたいなの着て現れたら引くよね。海パンも職質されそうだけど」
法衣着た聖人がニンテンドースイッチくれたら使いづらいから、海パンのサーファーサンタの方が良いな。菅原道真がサーファーになってたら、島流しも怨むより喜んでただろうに。
「私、日記帳お願いしようかな。タロー交換日記しようよ」
「えー? チャットで良くない? めんどくさいよ」
「タローは情緒がないねぇ」
「僕はニンテンドースイッチかな」
いや、よく考えたら定期券じゃない? 電車代はお母さんがくれてるけど、回数券でも結構な値段になってるし。
うわー、まずいな。交通費分何かお手伝いとかしよう。
「私、やっぱり旅行の本お願いしよう。写真いっぱいの。世界の絶景とか」
「へぇ、旅行好きなの?」
「ううん、そんな行ったことないよ。病気になっちゃったからね。
私、もう旅行に行けないかもしれないから、本を見てどんなところかな?とか、ここに行ったらコレしてみようとか、コレ食べようとか、せめて空想の中で旅をしてみようかと」
「ネ、ネガティブ!」
「そ、そうかな…?」
「そうだよ。ちゃんと治して、大人になったら僕が連れて行ってあげるよ。新婚旅行で!」
「ししし、新婚旅行!」
本上さんの白い肌に赤みがさして、ちょっと前の元気な本上さんみたいで嬉しくなる。
「そうそう、ハネムーン?」
「わ、私、お嫁さんになれるのかなぁ…」
「大丈夫だよ。お母さんも優香も本上さんのこと大好きだし」
「ちちち、違うくて! そこまで生きてられるかなと思って」
本上さんが慌てて否定する。こっちも分かってて言ってるんだよ。
「本上さん、ネガティブ禁止だよ? 僕のお嫁さんになるのを励みに、病気なんてやっつけちゃいなよ!」
言ってやった! 偉そうに言ってやったよ! 何様だよ、コイツ!
逆なら分かるよ? 本上さんがお嫁さんになってくれるのなら、凄い励みになるけど、コイツ、山田太郎だぜ? 無いわー、童貞の癖に、ないわー!
「ははは、うん、頑張る!」
「うん、頑張れ! よし、ちょっと早いけど、頑張れるようにクリスマスプレゼントをあげよう」
「えー、なになに? 期末テストの100点の答案とかでいいよ?」
「む、無茶言うなよ!」
何を無茶苦茶言ってんだよ。無理に決まってるだろ。50点にしてくれよ。
僕はカバンに入れっぱなしになっていた、タンクトッパーズとの裸ポージング写真を出した。僕のソロポージングもある。今になって思えば何故わざわざ印刷したのかな?
「これだ!」
「えっ、何それ! あはははっ、バカだー!」
ちょっと筋肉がつき始めただけで、ベースが中一の貧相な体だから全然ムキムキじゃない。
「えー、格好いいでしょ? ほら、皆、腹筋割れてるんだよ?」
「面白いね! うん、ぷぷぷっ、格好いいよ!」
「あんまり笑うならあげないからね!」
「ごめんごめん。ありがたく頂くよ」
「じゃあ今度会ったらお母さんにお渡しするよ。恥ずかしいから封筒かなんかに入れて。じゃあ、そろそろ帰るけど、良い子にしてるんだよ?」
「タ、タローがそれ言っちゃうの!? タローは早く帰って勉強しなさい!」
そんなこと言っても知ってるんだぞ?
「じゃあまた明日ね」
僕は荷物を纏めて立ち上がった。
「うん…」
ほら、淋しそう。泣いちゃいそう。早く帰ってとか無理して言わなくても良いのに。でも、面会時間が長いと体力を使っちゃうから、一時間だけにしてるんだ。
「そんな淋しそうにして、ほんと本上さんは僕のこと大好きだよね」
「うん…」
ほら、つい返事しちゃってるよ。でも逆の立場になると、本上さんが言ってたのもよく分かる。多分僕のこと好きなんだろうけど、自信ないからちゃんと言ってほしい。
でも、それは元気になってから。
「じゃあ、写真はお預かりするわね」
突然の声に振り向くと本上さんのお母さんがいた。
「あの、いつも何で気配を消そうとするんですか。ちゃんと声かけてくださいよ! いつ来たんですか!?」
わざわざ娘さんから見えない位置に立ってたでしょ!?
「おおお、お母さん、見てたの!?」
「ええ、見てましたとも。一部始終、ほっこりしながら見せてもらいました。
『結婚して僕が華蓮の夢を叶えてあげる。世界中の素敵な絶景を見に連れて行くよ。ハニームーンでね』
なかなかグッと来るプロポーズでした。
不束者ですが娘をよろしくお願いします。気軽にお義母さんと呼んでくださいね」
「お、お母さん! 何言ってるの! やめてよ!」
「それ、どこのイケメンですか!? 勝手にセリフを美化しないでくださいよ!」
それどこのどいつだよ! ハネムーンをハニームーンなんて妙に発音良く言う山田太郎なんていないから! タロー・ヤマダはそんな格好いいセリフ浮かばないから!
「えっ、違ったかしら? でも主旨はそうだったわよね? 格好良かったわよ」
「そうだけど! タローは優しくて格好いいけど、そんな素敵な言い回ししてくれないもん!」
ちょ、ちょ待てよ!
「本上さんも褒めるかディスるかどっちかにしてくれ!
そして、素敵な言い回しできなくてすいません!」
国語の点数低いんだよ。知ってるだろ!
お母さん、いつも僕が気付くまで声掛けてくれないんだよな。なんか気配消すの上手いんだ。それですぐ僕達をからかってくるんだ。良い人なんだけどなぁ。多分華蓮ちゃんが大好き過ぎて構いたいんだろうけど。
「ぼ、僕はそろそろ帰ります! こ、これ、部活の写真です!」
「いつもありがとうね、山田君」
「いえ、僕が会いたいだけですから!」
持っていた写真を押し付けて、慌てて立ち去った。
タンクトッパーズとの裸ポージングなのに、封筒に入れずに渡してしまったことに気付いて、電車の中で赤くなってしまった。
赤くなりながらも、お母さんの格好いいプロポーズのセリフをスマホでメモった。本上さんが忘れた頃に使おう。
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