写真

 翌日、学校へ行くと皆の写真をとって回ることにした。スマホを持つのも難しそうなので、プリントしてお見舞いに持って行くつもりだった。


「ちょっと写真撮らしてよ。本上さんのお見舞いに持って行くんだ」


「え、面会謝絶じゃねーの?」


 田中は訝しげな顔をした。


「そこはほら、相思相愛だから! やっぱり愛しい僕がお見舞いに行った方が元気が出るみたいだから、僕だけ特別なんだ」


「嘘つけ。お見舞い行けるなら、皆行きたいんじゃないか?」


「そうよ、あんたが行けるなら私だって行きたいわ」


 黒崎さんが睨んでくる。なんか田中を好きなことを暴露してから辺りがキツい。


「基本的に家族だけだって。僕だって自分で勝手に行ったんじゃないよ。本上さんのお母さんが誘ってくれたから」


「えっ、お前お見舞い行ったの!? ってか、やっぱ付き合ってたの!?」


「つ、付き合ってないけど、僕の話をよく聞いてたからって誘ってくれたんだ。まだあんまり元気ないんだよ。もうちょっと元気になったら皆で行こうよ」


「じゃあ、私でも良いんじゃない?」


 まあ、確かにそうかもしれないけど、そこは譲れないぞ。


「お母さんのチョイスなんだから、僕に文句言っても仕方ないよ。今度黒崎さんだけでもどうかって聞いておくよ」


「絶対だよ?」


「分かったって! じゃ、写真撮るから二人で仲良くしてる感じで!」


 お調子者の田中はニヤリと笑って頷くと、黒崎さんの肩に手を回した。黒崎さんは少し嬉しそうだけど、恥ずかしそう。


「黒崎さんの表情が堅いよ。もうちょっと楽しそうに!」


「そうだぞ、夏穂。もっとイチャイチャしてる所を撮ろうぜ。後で送ってくれよな!」


「おう、もちろん!」


 すぐ調子に乗る田中はタコみたいに唇を突き出してキスをしようとしていたが、黒崎さんは真っ赤な顔で押し退けている。面白いのでこれも撮っておく。


 もう少しで黒崎さんの唇に届くというところで、ついに黒崎さんがキレた。


 突っ込んでくる田中をかわし、ヤツの体勢が崩れたところで、黒崎さんの右手が閃いた。


 バッチーン!


 クリティカルヒット! 体勢が崩れたところに、打ち下ろしの右が炸裂した田中は錐揉みするように転がった。もちろん撮った。


 面白すぎた。マンガかよ! すかさず連写モードで撮れたので、とても良い画が撮れている。惜しむらくは動画で撮れなかったところだ。


 四つん這いで放心する田中に近寄り、頬に残る綺麗な手形も撮影しておいた。グッジョブ、田中。


「サンキュー、良い画が撮れたわ」


 田中の肩を叩いていると、黒崎さんが田中の頭を叩いた。


「と、時と場合を考えなさいよ! なんでこんな所でファーストキスを奪われないといけないのよ!」


 それはダメだぞ、田中。頬にしとけって。頬なら意外と怒られないんだぞ?


「そうだよ、田中。表情が撮れないから頬にしてくれないと」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 僕にまでビンタが飛んできたらかなわないので、田中を身代わりにして早々に立ち去った。


 その辺にいるクラスメイト達に片っ端から交渉して写真を撮っていく。本上さんは満遍なく皆と仲良かったので、本当に手当たり次第。


 ホームルームの時間には静香先生に頼み込んで、全員の集合写真を撮ってもらう。もちろん、静香先生も入って。


「それはいいけど、山田君、本当にお見舞いの許可もらったの? 迷惑かけちゃダメよ?」


 静香先生は心配性というか、ちょっと過保護。もしかして、僕の信用がないだけかな?


「大丈夫ですって! 迷惑なんて掛けませんよ!」


 困った顔の静香先生もこっそり撮影しておく。静香先生は困った顔がとても可愛いのだ。


「千羽鶴とか折りましょうか」


 黒崎さんはとても委員長らしい発言だ。


「折っても病室に持って行けないよ? 写真はメールでも送れるけどさ」


「千羽鶴の写真送るのは?」


「それ、嬉しいかな? 微妙じゃない?」


「そうかなぁ?」


 黒崎さんはあんまり納得いってない様子。


「面会は当然ダメだけど、お見舞いの品も受け取れないっておっしゃってたから、千羽鶴はダメじゃないかしら。寄せ書きとかもきっとダメよね。

 あっ、動画でメッセージを撮るのはどうかしら? 披露宴とかでよく流すようなの」


 静香先生が他に何かないかと考えて提案してくれた。


「写真結構撮ったけど、確かに動画の方が良かったかなぁ」


 さっきまで撮りまくった写真が無駄に思えてきた。軽くがっかりしていると、静香先生が慰めてくれた。


「大丈夫よ。動画は観るのに時間が掛かるし、結局写真の方がよく観るのよね。

 今回はメッセージも届けたいから動画もっていうだけだから、山田君が撮ってくれた写真も喜んでくれると思うわよ」


「そうですかね?」


「そうそう」


 静香先生はニコニコ頷いている。すると黒崎さんに背中を思い切り叩かれた。


「痛ー!」


「女々しいのよ、山田! 両方あれば良いじゃん! 持ち込み許可出たら、写真大きく印刷して裏に寄せ書きとかしてもいいしさ」


 黒崎さんって、田中と付き合う前はもっとお淑やかだった気がするのに、最近男みたい。何かちょっと言うこと男前になってるし。


「何だって?」


「怖いよ! いい加減、お淑やかにしないと振られるよ?」


「そんな訳ないでしょ。田中君は私のこと大好きだもんね?」


「イエス、マム!」


 田中が何故か黒崎さんのそばに片膝をついて控えている。臣下か!


「ち、調教されてる!」


「馬鹿ね、姫と騎士と言いなさいよ」


 姫と騎士? 女主人と奴隷じゃないのか?


「三人ともふざけてないで、メッセージを撮りましょう」


 黒崎さん、あんまりふざけてるから、静香先生が呆れてるじゃないか。あと、静香先生、そこは三人じゃなくて二人でしょ? 僕を一緒にしないでよね。


 メッセージは長くなりすぎるのは良くないということで、一人10秒程度でサクサク撮っていった。


『早く良くなってね』『元気になったら一緒にノワールのケーキ食べよう』『好きです』『結婚してください』『また一緒にプールに行って、帰りにソフトクリーム食べようね』


 途中おかしなヤツがチラホラいるけど、最期のは黒崎さんだ。僕は直接言えるから撮らなかった。


 放課後になると朝倉達とランニングと筋トレをした。


「なあ、本上さんに写真を見せたいから、皆で写真撮ろうぜ」


「いいけど、俺らのなんか別に見たくなくね?」


 野中は首を傾げている。


「まあ、そうかもしれないけど、色々あった方が見てて楽しいじゃん」


「良いじゃん、ちょっと割れてきた腹筋とか見せてやろうぜ」


 坂下は乗り気だ。確かに全員上半身裸で撮るのも面白いかも。


「そうだな、夏のプールからの進化を見てもらうとするか」


 朝倉は早くもポージングの練習を始めていた。ポージングといっても、モデルみたいなポーズじゃなくて、ボディービルダーみたいなやつ。


 もう一度皆で腕立てや腹筋でバンプアップしてから上半身裸になり、四人でポージングして写真を撮った。


 まあ、そこまでしても所詮中一なので、別にムキムキではないけど、逆に中々面白い写真になった。


「おお、なんか結構筋肉付いてきてるな」


「本当だな。これオイルとか塗って撮った方が良いんじゃないか?」


「いや、そこまでやったらキモイだろ」


 それぞれのソロ写真も撮っていく。どこかで見たボディービルダーのポージングを真似して、筋肉を強調して撮ってみる。


 僕もちょっと腹筋が割れてきてる。クロールばっかりしてたから、二の腕と肩も結構筋肉がついてきてる。


 ふふふっ、僕の肉体美に惚れさせてやるぜ!


「きゃっ、何あの変態集団は?」


「見ちゃダメ! ストーカーされるわよ!」


「えっ、あれホモ集団でしょ?」


「「「「違うわっ!」」」」


 下校途中の女子達にさんざん言われてしまったので、急に恥ずかしくなって服を着てから普通に撮り直した。皆、気持ち顔が赤い。


 急いで帰って着替えると、病院のある都市へと向かった。写真を印刷したかったけど、面会時間が終わってしまうので、そのまま病院へ直行した。


 本上さんは変わらず白い顔で横たわっていた。昨日と何も変わらない本上さんがそこにいた。


「やあ、本上さん。元気にしてた? ダーリンだよー?」


 言っててちょっと恥ずかしくなって、周りに聞こえてないかキョロキョロしてしまった。


「ダーリン…」


「えっ」


 まさか、本上さんが僕をダーリンなんて呼ぶとは! さすが帰国子女!


「ダーリン違う…」


「なんだよ! ちょっと嬉し恥ずかしくて喜んじゃったじゃないか!」


「タロ、バカ…」


「ひ、ひど! 遠路はるばるやってきた恋人に言うことか!?」


「恋人ちがう、もん…」


 相変わらず往生際の悪い女だぜ。本上さんはうっすら笑顔を浮かべてるみたいに見える。でも辛いのか目を閉じたままだ。


「今日、皆の写真撮ったんだ。今度印刷してくるよ。スマホにも送るけど、当分見れないでしょ?」


「うん…」


「あとね、動画でメッセージ撮ってきたんだ。動画なら見れなくても声が聞こえると思って」


 動画メッセージを流していく。一つ一つは短いけど、人数が多いのでそこそこの時間が掛かってしまった。


『また一緒にプールに行って、帰りにソフトクリーム食べようね』


 僕や田中に話し掛ける時とは全然違う、黒崎さんの優しい声が病院に小さく響いた。


「夏穂ちゃん…」


 本上さんの目尻を涙が伝う。それを拭いてあげられないのがとてももどかしい。


『本上さん、辛いでしょう、苦しいでしょう。頑張ってと言うのは無責任な気がするので言いません。無理をせず、ゆっくり治してください。私達はここであなたの帰りを待っています』


 静香先生らしい真面目なメッセージ。早く良くなってとか頑張ってとか安直に言ってた連中はちょっと恥ずかしそうだった。


 別に良いと思うけどね、頑張ってとか早く良くなっても。気持ちがこもっていればね。僕なら嬉しいけど。静香先生、生真面目過ぎるとこあるからなぁ。


「静香先生…嬉しい…」


 あれ、生真面目本上さんにはこっちが正解だったのか?


「本上さんは頑張ってって言われるの嫌?」


「そんな、こと、ない…けど、これ以上、がんば、れない…から…」


 ああ、プレッシャーになるのかな。入院してると頑張れって何度も言われそうだもんね。確かに僕も勉強しろ勉強しろって言われすぎると嫌になるしね。


「それ、違う…」


「本上さん、実はもう結構良くなってるんじゃない? 僕の心の声が聞こえちゃうくらいだもん」


「声、出てた」


「声出てても小声でしょ? それが聞こえてツッコミまで入れる元気が出てきてるんだから、大分体調良くなってるんだよ、きっと。

 これが愛の力なんだね」


「そう、かも…」


 そうかもとか言っちゃった! 相思相愛キタコレ!


「入院してから、本上さん素直になってるよね? 本上さんって僕のこと、大好きだよね? 僕が期待してたより、ずっと僕のこと好きだよね?」


「ひ、ひみつ…」


 秘密だって! 可愛いよ、この人!


「否定しないのは、肯定してるのと一緒だよ?」


「ひ、ひみつ…なの」


「えー、そろそろ好きって言ってほしいなぁ」


「元気に、なれ、たら…」


「えっ、元気になったら言ってくれるの?」


 あれ、返事がない。疲れて寝ちゃったかな。


「タロ、が、頑張れ、って、言って…」


「えっ、嫌じゃないの?」


 もうこれ以上頑張れないって言ってたのに。


「タロ、言ってくれ、たら、もう、ちょっとだけ、頑張れる、かも…」


「そうなの? じゃあ、いくらでも言うよ? 頑張って、本上さん。早く元気になって、僕と付き合ってください。

 あっ、間違えた! 早く元気になってくださいだった! そして元気になるまで待たなくても、病気のままでも付き合ってください」


「タロ、だ、大好き…」


「えええっ!!」


「って、言って…」


「なんだよ! そのいつも僕の気持ちを弄ぶのやめてよ!」


「いって、よぅ…」


「もう、その可愛いのやめてよ! キュンキュンするだろ!

 まったくもう!

 じゃあ、言うから、ちゃんと聞いててよ。

 大好きだよ、本上さん。早く手を繋いだり、デートしたり、抱き締めたり、キ、キスとかしたいから、早く良くなってね!」


「ふふ、う、嬉しい…がんばる…ね」


「ごほん!」


 これ、振り向いたらあかんやつや!


 振り向いたら、お父さんがいて気まずいっていう昔からマンガで良くあるヤツだ!


「うふふふっ、あははは! か、可愛すぎ! さすが、華蓮が大好きになるだけのことはあるわね、山田君!

 私も山田君が大好きになっちゃったわ! 私、二人のこと応援しちゃうからね!」


「お、お母さま」


「やだ、お母様なんて早いわよー? まだプロポーズしてないんでしょー?」


 やっぱり小悪魔の母親は小悪魔だね。ほんのり頬を赤らめて僕の頬をつついてくるお母さんは、とても可愛らしくて綺麗で、うちのお母さんとはまるで違う生き物のようだ。


 同じお母さんという生き物なのだろうか。うちのお母さんより、静香先生の方に近いくらいなんですけど。


「おおお、おか、さん、や、やめ、て…」


「あはははっ、岡さんだって! 誰よそれ!」


「本上さんってそんなキャラでした? もっと悲壮感があったような」


「それはだって愛娘が死にかけているときと、元気になりつつある時は違うわよ。それに見たこと無い娘の可愛いところと、その彼氏の可愛いところとを、同時に見ちゃったらテンションも上がるわよ」


 十分恥ずかしいけど、お父さんじゃなくて良かった。あれ、後ろのお医者さん泣いてません?


「あ、これ、夫です。華蓮のお父さん。主治医もしてるのよ」


「えええっ、やっぱりあかんやつや!」


 騙された! お母さんだけと思ってちょっと安心したらこれだ! 夫婦でくるとか、僕可哀想じゃない? 


「お、お父さん、まで、いる、の…?」


「あ、ああ。わ、私は、その、応援してあげるとは、まだ言えないが…」


「…」


「ず、ズルいぞ! 急に寝たふりするのはズルいんじゃないかな!?」


「ぐぅぐぅ」


「本上さん、寝てるとき『ぐぅぐぅ』言わないからね!?」


「そ、そうなの…?」


「あはははっ、か、可愛すぎ!」


「くっ、私の可愛い華蓮が、もう他の男に! まだ子供だぞ!?」


「私達も子供の時から付き合ってたじゃないの」


「ええっ、そうなんですか!?」


「や、やめて、恥ずかしい…」


 何だか場がカオスになってきた。全然危篤とか重病感が無くなってきた。まあ、病室の雰囲気が暗いよりは良いか?


 そう思わないとやってられないんだけどね。


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