シシリエンヌ

松江 三世

第1話

少女は泉のほとりで待ち続ける。木の影の中で。不安を胸に。遠くを見つめ。あの人は来るかしら。もしかして私は忘れられてしまったのかしら。あの人は来ない。少女の顔は曇りはじめる。

あっ、この音は。少女はそっと耳をすます。少し引きずるようなあの静かな足音。あの人だ。あの人が来てくれたんだ。少女は頬を染め、手で髪をすく。

やっときた男に少女は飛びつく。待っていたわ。ずっと、ずっとよ。少女は喜んで腕を絡める。もう来ないかと思ったわ。遅かったじゃないの。口先をとがらし、拗ねたふりをする。仕方がなかったんだ。仕事から手が離せなくって。男が頬を撫でると少女は笑って身体をくねらす。

しっ。誰か来たようだ。男の声に辺りに緊張がはしる。誰かの足音が聞こえ、近くに止まる。男と少女は息をひそめる。泉の水がからからと音をたてる。やがてその足音は去っていった。

ふふふ。緊張のとけた少女はころころ笑う。泉のほとりを跳ねまわる。私、今幸せよ。あなたがいて、ほかに誰もいない。泉は音をたてて、空は青い。もしかしてここが天国かしら。男は少女をつかまえると向き合った。

本当にいいのかい。きょとんとする少女に男はさらにたずねる。本当に僕が好きなのかい。少女ははにかみ、優しくいう。好きよ。あなたのことが。愛しているわ。あなたといたい。だから、私を連れ出して。

男はしばらく黙り、少女を見つめた。明日の早朝5時ごろに。少女は男に抱きついた。

もう時間だ。行かなくては。男は微笑み、うなずいた。明日があるわ。少女がさえずり、二人は別れる。

あとに残るは、水の音。

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シシリエンヌ 松江 三世 @matsue_sayo

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