再び訪れる朝(4)
あのとき、俺は、殿からの勅命で、隣国の殿の元へ武術指導へと赴いたその帰りだった。
戦乱の世が終えて、ずいぶんと時が過ぎた。もちろん、俺もそのような世を経験したことはない。そのため、今の時代、武士は刀をその腰に下げはするものの、それを抜かなければならぬ事なぞ、あってはならぬことであった。
では武士は代わりに何を使い殿に仕えるか。
あるものは、算盤を弾き、国の財政を担った。
あるものは、その足で国の隅々まで歩き、測量を行った。
あるものは、包丁を振るい、美味なるものを探求した。
その他、武士道とはかけ離れた技と知識で、その国を支えていく。それが今の武士の姿なのだ。
だが、命を絶つための技は、その必要性は無くなったとはいえ、技を衰退させるわけにもいくまい。
無駄に血が流れることのない世の中が、今後も続けばいい。そして刀のあり方も変わっていけばいい。互いの技を磨き、互いを高め合い、互いを認め合い、そして友を為すのが理想ではないか。
流れ者であった俺を徴用するに当たり、先代の殿は、俺にそう告げた。それは、若い頃の俺ではあまり理解できなかった、俺の師が常に語っていたのと同じ言葉だった。
家を継ぐ立場ではなかった俺は、元服してしばらくし、流浪の旅に出た。そして剣術のみならず、体術、棒術、杖術、弓術など、武芸に通じるものを、流派問わず学んだ。また、長旅を行う上で貴重な技術も、成り行きとはいえ学ぶことができた。
そんな折。先代の殿に、城に仕えている者のみならず、望む者に稽古をつけるため留まって欲しいと請われた。それもまだ若輩者である俺に、膝を付け地に頭を付けた上で、である。そこまでされて断ることなぞ、できるはずもない。
道場を与えられた俺は、望む者に、それぞれに相応しい武術を指導するようになった。武士のみならず庶民や農民にもその門戸を広げた。
その中には、先代の殿と当代の殿も含まれている。庶民と共に汗を流し、試合に負けても「参った」と笑い、相手を労い、身分なぞ関係なく礼を尽くす。先代の殿が亡くなり、当代の殿がその後を継いだときも、俺はそのまま仕えることとした。
そうして月日が流れていったそんな折、隣国の殿から、作物の育たぬ冬の時期に、この俺に隣国まで出向き指導を行ってはもらえないかと殿宛に文が届いた。
もちろん、俺の意向を尊重するとのことだが、特に断る理由もなし。そこで、隣国へ赴き、隣国の殿や家臣への指導を、ふた月ほど行った。
そして約束よりも多めに金銭を譲り受け、一路我が殿の元へと旅路を急いでいたその時。
「俺は、気がつけば、ここにいた。」
あの時のことに思いを巡らせ、ようやく、俺は、口を開いた。
望郷…ナーガと呼ばれた男の物語 静葉 @shizuhachan
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