キャッチ。

優也「…夜」

夜「何?」


ひなたや朝美が先に帰ってしまった放課後

珍しく彼から話しかけてきた。


優也「今日俺,病院だから新役員募集は」


申し訳なさげで優しげな声が人気の無い教室に響く。なんだ,生徒会の話か。


夜「あぁ,出来ない?私やるから大丈夫よ」

優也「助かる…ありがとう」

夜「いいの全然」


優也が副会長で私が書記として所属する生徒会は,生徒会として機能しておらず実質仲間内の同好会とも活動量は大差無い。色恋沙汰のせいで数人生徒会から役員が消えたので私達は急遽,新役員募集の為学校を駆け回るハメになっている。正直面倒臭い。これだから恋愛は嫌なんだ。


夜「こんにちは,生徒会興味ありますか?」


駅前でティッシュを配る人達はいつもこんな気持ちで立っているんだろうか。笑顔で頬を引き攣らせること約1時間,廊下で終わりの見えないキャッチをしていると流石に疲れる。夕方の冷え込みで脚が段々と寒い。その時,


秦先生「何してんの,ずっと立って」


先生が近寄りながらぶっきらぼうに私に話かけてきた。何か怒られる事をしただろうか。

国語の宿題だって,時々忘れてしまうけれど最近はちゃんと提出しているはずだ。


夜「や…あの生徒会で」

秦先生「風邪ひかないように」


はい,と遮るように大きな手で渡してきたのは温かいペットボトルの緑茶。突然だ。


夜「あ…ありがとうございます」


すぐその場を去るかと思いきや先生は

私の横に並んで一緒に壁にもたれ掛かる。

どうしたらいい。何を言われるのか。

ちらと覗くと,大きくていつも眠そうな目で

私の手元を見ている。居心地が悪くてもらったお茶をぐいとあおった。


夜「どうされたんですか?」


何か頼み事だろうか。それとも寒い私の話し相手になろうとしてくれているのか。


秦先生「生徒会辞めれば?」

夜「…はい?」


前髪をかきあげて後ろに撫で付ける。

ほのかに柔軟剤の匂い。目尻のシワ。

普段若く見える先生も,こんな近くで見るとやっぱり37歳。案外年相応なんだ。


秦先生「うちの部活,人が少ないから来てよ」


なんだ。そういうことか。キャッチか。


夜「短歌部でしたっけ?私作れませんよ」

秦先生「佐々木は世界を持ってるから,絶対いいのが作れるよ」


世界。笑わせる。

誰にでも世界はある。価値観だったり趣味だったり癖だったり。人は十人十色で,ただその世界の色が濃かったり薄かったり深かったり浅かったりしているだけだ。


夜「…世界は誰だって持ってます」

秦先生「…そう言うと思った」


ふっと片頬をあげて笑う姿を初めて見た。


秦先生「自分の世界を表現して見せ合うことが,きっと佐々木は好きなはずだと俺は思う」

夜「見せ合う?」

秦先生「そう…まあ,考えてみて」


コツコツと革靴のかかとを鳴らして職員室へ颯爽と戻ってゆく背中に,さようならと声を掛けた。声はかえって来なかった。







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夜はア・ロマンティックで。 夜熱 飴 @groke

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