68:俺は運命だって変えてみせる

 神槍グーングニルが放つ一撃は、常に必殺にして必中。

 貫くことが運命にして、殺すことが必定。

 尋常の手段を以って、それをかわすことなど出来はしない。

 まして捕らえることなど。


 ――はずなのに。


「……掴まえたぞ」


 どういう訳か、俺はその穂先を掴み取っていた。

 さっきまではチートに次ぐチートの大盤振る舞いでなんとかかわしてたってのに。

 自分でもどうしてそんな事ができたのか、分からない。


 いや。

 分かった。気づいた。


 これが俺の力だ。

 今まで俺が助けた転生候補者達から貰ってきた――“変革力”って奴だ。


 どれだけ強く約束された運命だって変えられる。

 究極のチートに立ち向かえる、ただ一つのワイルドカード。


「……ええ。分かっていましたよ。あなた・・・なら、こんな槍ごときに負けはしないと」

「違う。チアキ、それは違うんだよ」


 俺は彼女の眼を真っ直ぐに見た。

 海の底よりも、ずっと暗くて悲しい瞳の奥を。


「あんたが戦ったのは、俺だ。海良寺清実だ。あんたが愛した男は、もう還ってこない。俺は、多分――ヤツが見ていた夢の、かけらだ」


 多分、全てを手に入れた男が見た、贅沢な夢。

 ごく普通の平凡な男として生きてみたかったという願望。

 ……俺にとっては、何の価値もないもの。


「そんなこと、ありません。あの人は滅びない。過去にはならない。わたしは――決して、あの人を、離さない」


 チアキが――彼女が欲しかったのは、男と過ごす未来。

 どこにでもある、ありふれた恋や愛の結末で――ヤツが手に入れられなかったもの。

 ……俺にとっては、何の価値もないもの。


「あんたは生きられる。例えヤツが、過去になったとしても」


 俺はありったけの力を込めて、拳を振り下ろし。

 グーングニルを叩き折った。


 黄金色のかけらが、パラパラと落ちる。

 涙にしては眩すぎるほどの光。

 数万年を経た執念の結晶。


「こんな槍が無くたって――ヤツがいなくたって。あんたの運命は、まだ続いてる。クソ野郎や面倒くさい過去なんて捨てて、好きに生きろよ」


 眼下に広がる景色が、変わっていく。

 異界が消え去り、神秘と怪異が姿を消し、見る見るうちに元の姿を取り戻しはじめる。


『――やりましたね、清実さん! クエストクリアですっ!』


 スクルドからの念話をきっかけに。

 全世界から――太陽系から――銀河系から――宇宙の果てから、『変革力』の光が押し寄せてくる。


 ほとんど冗談のようだけど。

 馬鹿みたいに美しい光景だった。

 いつかの流星群なんて目じゃないぐらい。


 俺の身体に流れ込んでくる、膨大な力。

 世界の運命すら変えられる圧倒的な『変革力』。


 ……俺は、手の中に残ったグーングニルの破片を見る。

 そして――すべてを捧げた神器を砕かれ、魂すら失いかけているチアキ――花嫁ブライドを。


「……なあ、ブリュンヒルデ」

「なに?」


 ブリュンヒルデは、いつも通り俺の傍らにいて。

 俺の言いたいことなんて大体わかってる、と言わんばかりの微笑み。


 まったく、いつまでもお姉さん振りやがって。


「……この力、人間一人が転生するには多すぎるよな?」

「まあねえ、清実ちゃんの分はもう確保してある訳だし? 特別ボーナス的な感じだよね」


 それなら、まあいいか。


 持てる者は持たざる者に分け与える義務があるっていうしな。

 ノブレス・オブリージュ? ベーシック・インカム? ねずみ小僧?

 ちょっと違うか。


 とにかく。

 俺は全身に溢れるとめどない『変革力』の使い道を決めると――


 全てを解き放った。

 

 この事件で傷ついた全てのものが、癒されるように。

 そして途方も無い旅路の末、報われることのなかった彼女・・に、新しいチャンスが巡ってくるように。


「……結局、お人好しなんだよね、清実ちゃんって」


 うるさい、そういう気分だったんだよ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 メゾン・ヴァルハラで行われた送別会は、にぎやかだった。

 他の転生阻止者フィルギア達やヴァルハラの面々で、飲めや歌えやの大騒ぎ。


 俺達未成年組はまだよかったけど、大人組の方はひどかった。

 なんで主賓の俺が泥酔した大人の面倒を見なきゃいけないんだよ。

 ラッキースケベとかも全然ないし。

 もういいよ、この世界ではそういうの期待してないから!


 あとは、皆瀬優香さん――メゾン・ヴァルハラの炊事を担当してくれている転生阻止者フィルギアの未亡人(これはリアルだった!)のご飯が食べられるのも最後だよなあ、と思うとやっぱり名残惜しかったりして。


 それから、転生阻止者フィルギアとして活動していく中で知り合った人達のところにも、一応挨拶をしに行った。


 地獄の女刑事ことシノブさんや元ヤクザのシゲさん、引きこもりのスーパーハッカー「パーソン」や何でも知ってるホームレスの知恵蔵じいさん――本当のことは話せないけど、遠くに行くことを告げると、多少なりとも別れを惜しんでくれた。

 シノブさんには、お前がいなくなると事件が減ってせいせいする、なんて憎まれ口を叩かれたりしたけど。

 彼女が最後に奢ってくれたコーヒーは、いつもよりちょっと高いやつだった。


 ――そんなこんなで、後始末も終わり。


 久々に俺は、ヴァルハラの転生領域――例の真っ白すぎる手抜きエリアに足を踏み入れた。


「……おかえりなさい、海良寺清実くん。よく頑張ってきましたね」


 転生を司る女神フレイアは、相変わらず布一枚をまとわりつかせたセクシーでグラマラスな姿で、俺を出迎えてくれた。


 流石の俺も、もう動揺はしないぜ。

 転生阻止者フィルギアとしての生活では、もっとスゴイやつだって見てきたんだからな!


「あなたを転生阻止者フィルギアとして送り出した時、ここまでの活躍は予想していませんでした」


 ゆらゆらと宙に浮いていたフレイアは、ゆっくりと床に降り立ち。

 俺に向かって膝をついた。


「この世の全て――あらゆる多元宇宙を救っていただいたことに。すべての世界、すべての時空、すべての可能性、すべての神々に代わって――お礼を申し上げます」


 急にそんな風にかしこまったことを言われても。

 俺はどう返せばいいのかわからず、


「……俺は、自分のやりたいようにやっただけ、です」


 なんてありきたりなことしか言えなかった。

 案の定、隣にいたブリュンヒルデに脇腹をつつかれ、肘でやり返す。


「成長したよねえ。前なら、お礼におっぱいもませて~ぐらいのこと言ってたじゃん」

「言ってないっつの! 捏造すんな!」


 そういうダイレクトエロスはNGなんだよ! ポリシーに反するの!

 ……想像するだけなら自由だけど!


「……それでは、そろそろ行きましょうか」


 フレイアがゆっくりと立ち上がり、俺に道を開けてくれる。


 彼女の手が指し示す先には――光が溢れる“ゲート”。


「あの門をくぐった時、あなたの第二の人生が始まります。お望み通り、スペシャルなチートはたっぷりご用意しておきました。経済的にも恵まれ、田舎でスローライフを満喫できるでしょう」


 いよいよだ。

 これで全てが終わる――違う、始まるんだ。


 宇宙でもっとも恵まれた、史上最高に幸せな――実家が太くて容姿端麗で才気煥発でチートスキルもりもりの最強でイージーモードな人生が。


 俺はその為に戦ってきた。

 良い奴も悪党も誰彼構わず助けてきた。

 最後の最期には崩壊しつつある多元宇宙だって救ってみせた。


 俺には幸せになる権利がある。

 多分。きっと。


 だから、もう少し欲張ったって、いいよな。


「……どうしたの、清実ちゃん? 行かないの?」


 俺はもう一度、ブリュンヒルデを振り向いた。

 そして。


「なあ、ブリュンヒルデ。頼みがあるんだけど」

「そのセリフ聞くの、何回目だろ。いいよ、なに?」

「……俺と一緒に、来てくれないか?」


 言った。

 精一杯の、勇気を振り絞って。


 ブリュンヒルデは、一瞬だけ目を見開いた。


「……ハーレム要員として?」

「いや。それはもう、どうでもいいや。ブリュンヒルデがいてくれるなら、それでいい」

「なにそれ」


 俺は目を逸らさなかった。

 本当は、照れくさくて床を転げ回りたかったんだけど。


「俺が考える第二の人生――宇宙で一番最高に幸せな人生には、お前が必要なんだ。ブリュンヒルデ」

「あのさ……ええと。もうちょい、他の言い方とか、ない?」

「一緒に来てくれたら、百万回でも言い方を変えて伝える。でも、今は――あと一つしか思いつかない」


 ブリュンヒルデの肩に手を添える。

 触れたら火傷しそうなぐらい、自分の手が熱い。


「愛してる。これからもずっと、俺と一緒に生きてくれ。ブリュンヒル――」


 最後まで言い切る前に。


 口を塞がれた。

 ブリュンヒルデの口で。


「――仕方ないなあ、清実ちゃんは。お姉さんがいないと、ダメなんだから」


 言って、彼女は笑う。

 それから、俺達は抱き合って、もう一度――


「……えーと。感動的な所、申し訳ないんですけど。話がまとまったなら、そろそろ門をくぐってもらってもいいですか? もう次、待ってるんで。ね!」


 またしても――いつかのように面倒くさそうなフレイアに、二人揃ってゲートへと押しやられる。


「ちょっ、あ、ま、あたし、受肉したらヴァルキリー出来ないし、退職の手続きとか!」

「あーその辺は大丈夫、とりあえず在宅勤務に切り替えとくし。受肉しても神属器官さえ残ってれば地上派遣員の仕事回せるし、また都合のいい時にヴァルハラまで顔出して」

「え、でもペガサス無いと」

「新生活が落ち着いた頃にヴァルキリーの誰かに届けさせるから、もう大丈夫、大丈夫! ホラ行って! いってらっしゃい! はい! バイバイ!」


 よく分からんけど手厚いな、ヴァルハラ。

 普通に寿退職みたいな押し問答を続ける二人の女神を横目に。


(……なんか、最後まで締まらない人生だったな、ホント)


 俺――海良寺清美は、今回の人生で最期の溜息をつくと。


「じゃ、そろそろ行くぞ。ブリュンヒルデ」

「あーもう、分かったよ、清実ちゃん。はいはい、りょうかーい」


 新しい人生への、第一歩を踏み出した。













------

あとがき


これまで「転生者が多すぎて異世界に転生できなかった俺は、他人の転生を阻止することにした」をお読みいただき、ありがとうございました。


一度は更新休止を宣言させていただいた本作ですが、こうして完結編をまとめることが出来ました。

これはひとえに★・ブックマーク・レビュー・応援&コメントをいただいた皆様のおかげです。

私にとって最大の原動力となりました。

本当にありがとうございます。


態度も口も悪い主人公と、イイ加減でグータラなヴァルキリーの二人を描くのは、予想よりも遥かに楽しく、結果的に二人が幸せな道行きを見つけられたことは、我ながらとても嬉しい気持ちです。

読んでいただいた方にも「あーまあコイツらなら仕方ないか。元気でやれよ」と生暖かい目で見守っていただけたなら、これ以上の幸せはありません。


今後も新しい作品を書いていく予定でいます。

もし本作を気に入っていただけたなら、ぜひ引き続きご覧をいただければ幸いです。


どうぞよろしくおねがいいたします。


2019年8月

最上碧宏

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転生者が多すぎて異世界に転生できなかった俺は、他人の転生を阻止することにした 最上へきさ @straysheep7

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