第6話「熟考」


 交渉事で大切なのは相手にこちらの思惑を悟られないことだ。

 知能の低いオーク集団にスパイ活動を行う小賢しさがあるとは思えないが、念には念を入れる意味で自分が行おうとしている作戦を大々的にひけらかす愚行は犯さない。

 そんな秘密主義の俺のやり方にやきもきする大臣たちも少なくは無く、戦うことでしか勝利を勝ち得ないと思っている輩を納得させるために今回の使節団方針はあくまでも交戦前の敵情視察という説明で周囲の反発を抑えている。


 そして今は作戦本部兼自宅である国王から与えられたマイハウスにて俺は一番重要な交渉の切り口を探っていた。


「本当にほんっとうに僕も行かなきゃいけないんですかね?」

「貴殿はまだそんなことをぬかしておるのか!?」


 ピキピキアリエスと軟弱オリヴァンがあれからもずっと事ある毎に押し問答を続けているが、いつまでもそんな茶番に付き合っている暇は俺にはない。交渉の時に切り口を誤ってしまうと、それこそオリヴァンの言う通りその場で切り捨てられてしまう恐れも十分に在りうるのだ。

 

 開口一番は相手にとって決して聞き捨てならないような文言にしなくてはいけない。下手にでるか、それとものっけから上手でいくか、守るか攻めるか、もしくは脅しから―――


「軍の指揮は貴殿の行動一つで左右されるのだ! 寧ろ貴殿が先陣を切り我が身を呈した死によって軍の士気が向上するのであらば本望であろう」

「何言ってるんですか! 馬鹿じゃないですか? 死んじゃって本望なわけないじゃないですか!? 大体交渉するだけならわざわざ出向かわなくても手紙とかでも良いじゃないですかねえ」

「もう頭に来た! そこに直れ! 貴殿のその根性を私が直々に叩き切って―――」

「手紙? ……それだ」


 ふたりのやり取りに見向きもせずに熟考を重ねていた俺がいきなり口を開いたことで、アリエスとオリヴァンはバッと俺に注目する。しかし俺は別段その先に続く言葉を発するわけではなかったので、両者は何事だろうかとそれを見続けるだけだった。


 オリヴァンが何気なく言った手紙という言葉。

 こちらが相手のどちらかと密通を行っていた前提で話を持って行けば、それが事実かどうかは関係なくとも初めてそれを知る片方の族長候補からすれば絶対に無視はできないだろう。最初こそこちら有利で交渉を始められるならば後は如何様にでもできる。

 これはいけるな。

 

「アリエス、もしお前がオークの後継者候補の長男でオリヴァンが次男の方だったとしてライハントの軍の俺がオリヴァンと共闘してアリエスを討つつもりだったと知ったらお前はどうする?」

「え? あっ、私なら……ですか?」

「そうだ。お前なら、だ」


 急に問いかけられたアリエスは先の前提条件を必死で自分の頭の中に落とし込みそれを整理している様子だった。


「私がリーダーであれば、完全に共闘体制に入る前にそのどちらかを先に倒すか、若しくはミツル様をこちら側に引き入れるかの選択に迫られるかと思います」

「……そうだろうな。俺だってそう考える」


 他に選択肢は無いだろう。元の世界の情勢でも中立が優位な点はそこにこそあるのだ。アリエスの返答は俺が予想していた範疇のことであったが、それに続く言葉は俺の質問の意図を更に汲み取ってくれたものだった。


「しかしそれはあくまでも私ならばの話です。オークという種族と人である私とでは生き方も育ち方も違えば、信念も考え方も異なります。少なくとも知能的に単純な部分がありますのでより好戦的な考えに至る恐れは否定できないでしょう」

「……なるほど」


 知能的に単純というのは面白い表現だ。騙しやすいと思われる反面、こちらが先導しているつもりで出した計算式の答えを相手が見誤って解答する恐れもあるのだ。開け空いているくらいに押し込むほうが得策だろう。


「申し訳ありません。私の考えがミツル様のお役に立てたかどうか……」

「いや、それで十分だ。自分の考えを持たないものに他人は決して動かされない。過度な固定観念は危険だが、アリエスも最後は自分の納得した考えで行動すべきだ」

「はっ! 肝に銘じておきます」


 そんな中々ピリッとした良い空気の中で『ぐぅ』と腹の根を鳴らしその場をぶち壊してくれたのはオリヴァンだった。


「……ハァ。だから言ったであろう! 腹が減っては戦が出来ぬ、折角出した朝食を余り喰わぬものだからこのような時間に腹の音を鳴らしてしまうのだ!」

「だって……アリエスさんの料理って妙に塩辛いんですもん」

「なぬ? 塩辛い、だと?」


 若干頭に血が上った感じのアリエスは次にこちらの方を向く。


「もしかして、ミツル様も同様に感じられておられた……のでありましょうか?」

「……」


 俺はオリヴァンと違ってデリカシーが存在しているので肯定はしない。でも彼の勇気を称えるために否定もしなかった。オリヴァンの自分へ正直なところが好感が持てる唯一の長所だと俺は認めているのだ。


「まあそんなことは別に良いじゃないか、好みの問題だろうし。オリヴァンの腹の音をあやす為にも皆でどこか外にでも食べに行こうか」

「賛成です!」

「ちょっと待って下さい! 決して別に良くはありません! ……そんなに私の料理は塩辛いのですか?」


 大丈夫、好みの問題だ。自分好みの味付けをするアリエスが極々少数派だったというだけことだ。



 そんなこんなで気分転換と外食を兼ねて城下町に繰り出したのだが、町の中で獣の耳が生えている人などを見かけ他の族種との間に生まれた亜人種も存在するんだなぁとそれを眺めていたらオリヴァンに変な誤解をされた。


「おっとー、ミツル様はあのような娘の顔が好みなんですか。なんなら僕が声を掛けて来ましょうか?」


 いや、そんな気遣いはいらない。点数稼ぎなら是非他の部分で頑張ってほしい。


「馬鹿を申すでない! ミツル様の好みの顏はあのような娘では無く、何だ……あの、その、とにかくだ! アレは決してミツル様の好みでは無い!」


 何故かアリエスが必死に否定してくれていた。まあ、嫌いな感じではないのだが好みと言われると悩んでしまう。しかし、アリエスのまるで俺の好みの顔を知っているかのような物言いが不思議で仕方が無かった。

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異世界ネゴシエーター あさかん @asakan

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