第5話「安息を求めて」
「なっ、なっ、なんで僕がデインヘルの使者一向に同行しなくちゃいけないんですかー!!」
「だから何度も説明しているであろうッ!」
「嫌ですよっ、絶対殺されるに決まっているのに、丸腰で行くなんて絶対嫌ですからねー」
「貴殿には兵士たちの頂点に立つ男としての矜持はないのかッ!」
「そんなのこれっぽっちも持ち合わせてませんよっ」
改めて王国軍軟弱部隊長のオリヴァンへデインヘルへの同行求めるその旨を軍務を統括する大臣から通達を頼んだのだが、何故か奴は俺の住居に直接文句を言いに来ていた。流石に一応は組織なので指揮系統は守らねばと思いこちらも直接指示は出さなかったのだから、本来であらば意義を申し立てるのなら通達した直接の上司の大臣に言うべきだろうに。
結局はピキピキのアリエスと言い合い、更には揉み合いになるまでに発展している。そしてもうすぐ正午だと言うのに一向に昼飯を準備するような気配が感じられなかったので深いため息をついた俺は家を出てひとりで城下町へと足を運んだ。
食事に関してはアリエスが料理も含めた基本的な家事スキルを習得しており一任しているのだが、彼女は対オーク戦に備えた急務の作業が山ほどあっておいそれと雑用に使うことが躊躇われるので、俺たちは結構な頻度で外食をしている……という建前にしている。
本音を言えば実のところ彼女の作る料理は全体的に塩辛いので俺が連続して食べるのが嫌なだけなので、国王から与えられた制限なしで使える対オーク戦の軍資金がそんな俺の腹を常に満たしてくれている。本日も行き付けのカラネル亭だ。
「あら、いらっさい黒服さん♪」
「何かオススメはあるか?」
「そうねえ……ハーケン湖で捕れたペンペンフィッシュの煮付けなんかはどうだい?」
「そうだな、それを貰おうか」
「毎度♪ 少し待ってて頂戴ね」
俺がこの世界に来てまだ半月も経っていないのに、何度かこの町を練り歩いただけの異様な恰好をしているこんな俺を皆が温かく受けいれてくれていた。そして戦争が始まるかもしれないというのに悲観的な者はそれほど多くない。元の世界の歴史を考えれば通常なら開戦前後は犯罪が急増するものなのに。
「はい、お待ちどうさん」
早速、出来立ての魚の身をほぐして食べると、口の中にジュワと甘みが広がった。うむ塩辛くない、美味い、塩辛くない。これで炊き立ての米でもあれば言うこと無しなのだが、如何せんこの土地の主食はパンだった。まあパンに合うように味付けされているのでこれ以上欲張ってはいけない。塩辛くないだけで十分なのだ。
「これは食後のサービス品さ」
そう言って差し出された美味そうな焼き菓子を見た俺は、脳裏にピキピキでは無い方の女の子を思い浮かべる。
「悪いけどこれ、何かに包んで貰えるか?」
「勿論さ♪ 渡してあげたいような良い人でもいるのかい?」
「良い人ではないが、良い娘ではあるかもな」
そんなこんなで昼食を終えた後、改めて包んで貰った焼き菓子を手土産に店を出た俺はピキピキしていない方の小娘に会うためライハント城へと足を延ばすことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はわわわわー、私にお土産ですかっ」
俺から焼き菓子を受け取ったエリシアは予想通りにそのブロンドの髪をピョンピョンと跳ねさせた。王宮育ちなので普段はもっと高級なものを食べているの彼女だが、城から一度も出してもらっていないと言っていたのでこんなチープな食べ物こそ逆に新鮮なのだろう。
エリシアは文句を言われるかもしれないという懸念からシュッシュッと素早い動きで家来の視線を確認しながら小さな口を目一杯開いてそれを頬張った。その愛くるしいまでのモグモグ振りに反則切符を出してやりたい。
「ご馳走様でしたっ! こんな優しい味のお菓子は生まれて初めて食べました……」
「そうか、それなら持ってきた甲斐があった」
瞳をウルウルさせて余韻に浸っていたエリシアを眺めて俺は思う。交渉に失敗して戦争が始まったら真っ先に狙われるのはこの王族たちなんだろうなと。そしてどんな世界でも民衆はお姫様を羨むものだが、その当事者は町で活発に生きる人々の方にこそ想いを馳せているのではないだろうかと。
「今日こちらへ来られたのは、もしかして私にお菓子を下さる為なのですか?」
「勿論それもあるが……家に閉じ籠っていても名案が浮かばなくてな」
そうだよと言ってあげればエリシアはもっと喜んでくれたに違いないだろうが、何故か彼女に嘘はつけなかった。正確に言うと本当の理由は家で小突き合いをしている五月蠅いふたりから逃げ出すためなのだが、これは敢えて言わなかっただけで決して嘘ではない。
騙し合いを本業とする俺なのだけどエリシアだけには嘘をつきたくない。そう思わせる何かが彼女にはあった。
「エリシア。一つ聞いても良いか?」
「はいっ。私に答えられることなら何でも聞いてください」
「戦争が始まるかもしれないというのに、なんでこの国の人たちはこうも陽気に過ごせているのだろうか」
「それはミツル様が戦わないで解決できる方法を必死で考えてくださっているおかげですよ。だから私も、私のお父様もお母様もお兄様もお姉様たちもみんなに死ぬことなんて絶対ありませんよーって勝手に自信満々に言っちゃってるんです」
「……」
「……ごめんなさい、無責任ですよね。本当なら召喚に頼らず、国の総力をあげてデインヘルと戦わなくちゃいけないですのに」
「いいや、そんなことはない」
俺はグリグリと彼女のブロンドの髪をその頭皮にねじ込んでやった。
「……えへへ」
妙に陰のある笑みを浮かべるエリシアにどこか不安を覚えた俺はひょっとして強く押し付けてしまったのだろうかと慌てて手をその頭から離す。
「すまない、もしかして痛かったか?」
「ふふふ、ライハントの王女エリシアはそんなヤワな娘ではありませんよー」
そんな勝気な姿だったからこの時の俺はこれっぽっちも気付いてやれなかった。エリシアにはこの戦争の結果に関わらずどの道を辿っても確実な死が待っており、そして彼女自身がそれを受け入れているということを。
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