D.I.Y(坂本一族シリーズ)

紬木楓奏

D.I.Y

 きっかけは幼稚園のお遊戯会の合唱だった。引っ込み思案だった私に、先生たちが、園児の中からソリの選抜メンバーにしてくれた。子供なりに不安だったけれど、なぜだかとても嬉しくて、練習は楽しくて。発表会では、見に来ていた音大生にも褒められて、もう有頂天で。私の引っ込み思案は無かったかのように吹き飛んだ。歌が、幼い私の心を変えたのだ。


 実家はそれなりに裕福で、両親は娘の成長の為にと、月謝など気にせず最高の音楽環境を整えてくれた。離れを改築して防音室をつくり、ボイストレーニング、ピアノ教室、声楽教室、ギター教室を掛け持ちして、音楽漬けの生活が始まったのは小学校に上がったころ。ジュニアコンクールでは負け知らず。天才小学生現ると、地方紙には全面で取り上げれたこともある。


音楽の神は、あの娘に天賦の才を与えた。そう言われ続けて十年。



「いつまでそうしているつもりだ。父さんたち、心配してる」

「元の自分に戻っただけ。そう言っておいて」

「千笑(ちえ)」



 音楽の神は、私から歌を奪った。 

「やはり原因不明?」

「そうですね。僕は小さい頃から彼女を見ているし、たくさん患者さんの声帯も見ているけれど、ジストニアでもバセドウ病でもない。声帯には何の異常もない」

「お前、腐っても医者だろ。どうにかならないのか」

「必死だね、万颯(かずさ)」

「当り前だろ、賢斗(けんと)。俺は千笑の兄貴だ」

「うん、僕も千笑ちゃんの主治医だよ」

 そう言うと、賢斗は机に肘をつき、小さなため息をついた。

近藤賢斗は俺の学生時代からの悪友で、うちの親族が経営する総合病院で医者をしている。恵まれた容姿と医療の才能をもつ賢斗は、半年先まで予約が入っている有能な外科医であるが、少しの昇給と友人のよしみで時間を割いてもらっている。


全ては、半年前。

 千笑が、謎の登校拒否から大学に復学した日の夜。

ノックもせずに泣きじゃくりながら、俺の部屋に飛び込んできた。


『お兄ちゃん、歌えなくなっちゃった。私、歌えなくなっちゃったの。歌おうと思うと、声が出ないの』


 できる限りのことはしている。心理士とのカウンセリングも受けているし、声帯の検査も週に一回受けている。しかし、なんの以上も見られない。賢斗が言うのだから、本当なのだろう。

 千笑の心の奥に眠っていたネガティブ思考が、音楽が与えた蓋を壊した。また大学にも行けなくなり、休学扱いになっているが、退学処分になるのも時間の問題だろう。

自分の為に制限なく私財を投じてくれた両親に合わせる顔がない、そう言って千笑は、通院日以外の外出をしなくなった。それどころか日中に部屋から出てくることも稀有である。俺が仕事から帰ってくると顔を見せてくれるから、自殺などを考えていることはないとは思う。


いつも笑顔が絶えない娘になるように、と名付けられた名前すら、今の千笑にはストレス以外のなにものでもないらしい。呼吸以外のすべてが、ストレスとなって千笑の心を蝕んでいる。


「協力するよ、万颯。お前と千笑ちゃんだけが背負うことはない。俺も付き合う」

「いいのか、忙しいんだろう」

「ほかの誰でもない、万颯の頼みだ。男の友情ってやつだよ」

「外科医が随分と感情的なことを言うな。まあ、お前がいれば百人力だけど。無駄に顔がいいし」

「無駄は余計だ。千笑ちゃんのことは嫁に任せて、行くぞ」

「そういや、お前の嫁は精神科勤務だったな」

「おら、早く来い。大学に行くぞ。千笑ちゃんは軽音サークルだったな」



◇◆◇



 私立芸大に通う千笑は軽音のサークルに籍を置いていて、“D.I.Y”というバンドのボーカルを担当している。成績もよく、容姿に至っては兄贔屓を踏まえても良い千笑は、色々なバンドから勧誘をされ、バンド名を変えることを条件に手を組んだらしい。そのあたりは詳しく聞いていない。大学生にもなれば、いくら兄妹間でも踏み込まない礼儀くらい発生する。

「なんで、“D.I.Y”?まさか、Do It Yourself、じゃないよね」

「さあ。その話題になると、坂本はいつも不機嫌になるんです。これ以上詮索するなら他を当たると聞かなくて」

 “D.I.Y”のベース担当、三年生の井上優雅(ゆうが)。少し長い髪と折れそうなほど細い体躯の男だ。

「申し訳ない、頑固な女で。歌に関しては引かないやつなんだ」

「やめてくださいよ、お兄さん。俺たちはそういうところを含めて、妹さんの可能性を信じているんです。そんなことより、坂本の調子……喉、どうですか」

「うんともすんとも。ていうか、分からないから来ているんだけどね」

「賢斗」

「天才の僕が分からないことなんて、この世には存在しないんだ。ましてや親友の妹の問題だ、解決するまで何でもしてやる」

 賢斗の口を止めようとしてみたが、無駄なあがきだったらしい。よく、こんなに滑らかに口のまわる男だ。昔から探求心の塊のような奴だったし、頭の中は千笑の人格や俺のことより、千笑が発症した謎の症状でいっぱいなのだろう。

「他のメンバーは?」

「……練習してます。坂本の復帰を信じて」

「千笑ちゃんは、いいメンバーに恵まれたねえ。どうなの万颯。シスコンとして、この状況は面白くないんじゃないの?」

「やかましいな」

「お兄さん、坂本に伝えてくれませんか。俺も、池口も井戸田も、受け入れ態勢は万全だからと」

「ああ、確かに伝えるよ。練習の邪魔して悪かったな」

「万颯、先に車に戻ってて。井上君、ちょっと」

 こちらの返事を待ちもせず、賢斗は去る井上優雅の下へ走った。何かひっかかることでもあったのだろうか。こちらが止めても怒ってもゴーイング・マイ・ウェイ。昔から、恐ろしく頭がキレる変人だ。



 数分後、賢斗は車に戻るなり、くしゃくしゃのメモに書かれた住所をカーナビに打ち込んだ。

「何してんだ。人ンちのカーナビ、勝手に手中に収めるなよ」

「凡才はどう頑張っても凡人だね、坂本万颯」

「どうせ俺は凡才ですよ」

「皮肉になることないよ、この情報量じゃあ、天才にしか気づけない。しもべの様についてこいよ、お前の大事な妹ちゃんの為に」

「おい、この住所……」

「気づいたか、成長したねワトソン君」

「間違えるかよ……ここだけは」



「そう。君ら一家が中学卒業まで育った家だ」



◇◆◇



 うちの一族の本家は多摩にある。本家周辺は“坂本村”と言われるほどたくさんの親族が住んでいて、俺たち家族も例に漏れず、周辺の古い日本家屋に住んでいた。

「原因はストーカーだっけ」

「ああ。千笑が小学校五年生の時から、私物がなくなったり、ポストに気味悪い手紙を大量に入れられたり、尾行されたり。あいつ、歌の方が先行しているけど、地域では有名な歌ウマ美少女お嬢様で通ってたからな」

 何もするな、相手にするな。学校とレッスンは俺と使用人が送迎をしていたが、せっかく歌で心に閉じ込めたネガティブ思考が、少しずつ姿を見せだしてしまった。

「段々、学校では誰とも話せなくなっていってさ。帰ったら夕飯までずっと防音室に籠って。何もできない俺と両親は、本当歯がゆかったよ」

「練習していただけじゃなかっただろうね。ていうか、そこまでは知ってる。その先を聞かせてくれ。千笑ちゃんの為に」

「……千笑が小学校六年生の春、ストーカーは消えた。学校から、犯人はいなくなったから、もう心配しなくていいって、電話が来た。もう怯えることはないって言ったら、あいつ泣いてた。また、心から歌えるんだって」

「めでたく解決、それが罠だったわけ?」

「……ああ」

 ストーカーから解放されて、千笑は水を得た魚の様に音楽のすべてを余すことなく吸い取り、愛し、確かめて、コンクールで結果を残していった。


『私の半分は、音楽でできているのかもしれないね』


いつでも俺の後ろから世間を覗っていた少女が、そんな言葉を漏らすほどに。

「救われたと思ったよ。でも、半年後、千笑の中学進学祝いで食事に行っていたときに、重要なんとかに指定されてるあの古い家が燃えた。誰かが、火を放った」

「放火かあ。でも、なんでそれが千笑ちゃんとつながるわけ?」

「使用人はみんな逃げたんだけど、家族でも使用人でもない焼死体が発見されたんだ。しかも、それは身元は千笑と同い年の小僧の亡骸で、まあ、千笑のストーカーだったわけだ。新聞の地方紙に載ってるのを、あいつはみてしまった」

「ふうん。でも、それだけじゃないね。千笑ちゃんは復活しているわけだけど」

「この先も話すのか?」

「聞き疲れたから、とりあえずストップ。目的地に着いたしね」


 自分勝手な奴だ……思いを心にしまって、車を降りた。

久々にきた村は、俺の記憶とほとんど変わっていなかった。我が家の跡地には別の親族が家を建てたと聞いている。嫌な思い出の多いそこに足を運ぶには気が引けたが、その心情を分かっていながら、自称天才医師は進んでいく。時間を割いてもらっているし、可愛い妹のためだ。それに、そんな賢斗のアクティブさは、嫌いではない。

「君らの後に住んでいるのも、親族なんだな」

 着ていた服の皺を伸ばし、表札に掘られたの“Sakamoto”の文字を指でたどりながら賢斗は言った。ああ、と答えて建てられた家を見る。

跡地に建てられていたのは、日本家屋ではなく目を見張るような白亜の洋館だった。生活館は感じられず、どこか異世界の様な風が吹いている。

「この人、分かる?イワセヨウタ」

 心が震えた。知らないわけがない。

 Sakamotoの下に、書きなぐられた名前は、親族ではないが、家族の救世主。


「ああ、知ってる。岩瀬要太(ようた)は、千笑のギター教室の講師の息子で、同級生だ」



――なぜ彼が、ここに…… 

 逃げたかった。

 すべてのことを断ち切って、ゼロになりたかった。

 でも、何をかけてもゼロになってしまう自分に戻るのは怖くて。


 一つだけ、音楽を残した。




 坂本村にあった自宅が放火で焼失し、私たち家族は村の外に出た。それでも坂本家のブランドは強く、外の世界でも金銭的に変わらない優雅な生活を送っていた。

 大学は、推薦で私立の芸大に進学した。


「千笑の歌は力がある。だからみんなが足を止める」

 そう言ってくれた人。


「いくら難しい業界でも、夢を掲げるのは叶えるためだ」

 そう諭してくれた人。


「坂本千笑の実力に良い出会いが重なれば、日本では向かうところ敵なしだ」

 そう称えてくれた人。


「千笑に出会えたことで、人生の運をすべて使った気さえするよ」

 そう笑ってくれた人。


 いろいろな人の優しい言葉、綺麗な言葉それが私を支えてくれて。私の半分は、いや半分以上が音楽で構成されている。抽象的な表現だけれど、お兄ちゃんもみんなも、その通りだと笑ってくれた。


 有頂天だった。

 私の居場所はここだって、自分を信じていいんだって、許しを得た気でいた。



「もう、こない」

「え?」

「坂本千笑がいるなら、岩瀬葉子(ようこ)はいらないからって」



 葉子――


 お兄ちゃんにも言えない。両親はには尚更言えない……

 私のことを罵ることも、なにもせず、彼女は逝ってしまった。 

「御免な、要太君。いきなり押しかけて」

「いえ。久しぶりです、万颯さんと……」

「僕は近藤賢斗。万颯の金魚だよ」

「俺は金魚なんて飼った覚えはないけど」

「万颯が金魚の糞ってこと。凡人は発想力が乏しくて困るよ」

 賢斗による人権侵害は日常茶飯事だ。スルーをして、要太君が出してくれたホットコーヒーを一口飲んだ。

「ここに転居したのはいつ?」

「万颯さんたちが引っ越ししているときに土地を買ったんです。千笑ちゃんのおかげでギター教室の生徒が増えて、パンク状態だったんですよね」

「よく本家が許したな」

「あんなことがあって、千笑ちゃん相当堪えてましたから、わけあり物件でよければと言われて」

「聞きたいことがあるんだ、岩瀬君。君が今言った“あんなこと”って、三つのうちどれかな。一つは千笑ちゃんのストーカー事件のこと、千笑ちゃんが歌えなくなったこと。君の妹・岩瀬葉子ちゃん関係のできごと」

 何が始まったのか。やはり、近藤賢斗は天才なのか――千笑が歌えなくなったのは半年前だし、そもそも跡地が岩瀬家に買い取られたのを知ったのは今だから、要太君が知るはずがない。賢斗の質問に、要太君はうつむいてしまった。

「全部、ですかね。ねえ、万颯さん。僕は千笑ちゃんがレッスンを受けている間、嫉妬を越えて尊敬していたんです。サブで習っていたギターでさえ、僕はストーカー被害から復活した彼女にも、まるで適わなかったから。だから、ごめんなさい。半年前に彼女が来たとき、すべを伝えてしまって。歌えなくなったって……原因は葉子でしょ」

「凡人には理解できないようだから、詳しく話してあげてね」

 悔しいが、理解不能だ。教えてくれ、呟いた声は要太君の鼓膜を震わせたらしく、顔をあげて、はい、といった。

「千笑ちゃんが芸大入学を気にレッスンをやめてからも、僕ら兄妹と千笑ちゃんの交流はあったんです。高校は違ったけど、葉子が芸大に合格して、千笑ちゃんと再会が理由です。千笑ちゃん、引っ込み思案だからなかなか大学になじめなくて、葉子はバンドサークルに入ることを薦めました。自分もいるし将来につながるから、って。でも、それが葉子の運命をゆがめた。組んでいたバンド仲間に、新しいボーカルがはいるから、やめてほしいと直々に言われたんです。それが千笑ちゃんでした」

「メンバーは井上優雅、池口泰人、井戸田裕二。だね」

「葉子ちゃんの代わりに、千笑が……」

「葉子は潔く身を引いたらしいです。メンバーも葉子も、メンバーチェンジのことを千笑ちゃんには伝えなかった。でも、どんな人間にも嫉妬心はあるじゃないですか。“D.I.Y”が有名になるにつれて、葉子は大学に行かなくなり、一年前に退学しました。そして、情報ソースは分からないけれど、半年前に千笑ちゃんが来たんです。また、葉子と一緒に歌いたいって」

「……葉子ちゃん、今は?」


「……逝きました。千笑ちゃんが帰ってすぐ、自ら命を絶ちました。遺書を残して」




 自分のすべてを変えてくれた音楽を、教えてくれた人間を追いつめてしまった。音楽が自分の半分だと言って聞かない千笑にとって、絶望以外のなにものでもなかっただろう。

 

どれだけ自分を責めたか。

 どれだけ悩んだか。


 一番近くにいた兄貴に言うこともできずに、どれだけ苦しんだのだろう。



◇◆◇



「どうして、あそこに行きついたんだ?」

「バンド名だよ」

「“D.I.Y”?」

「千笑ちゃんがそんなに頑なになるんだから、日曜大工以外になにか意味があるんじゃと思ったんだ。で、バンドのリーダーにあって確信した。彼の名前は井上優雅。他のメンバーは池口泰人、井戸田裕二。みんな、ローマ字表記の頭文字が“I.Y”だ。それでもって、バンド内の痴情のもつれかと思ったんだけど、井上君がメンバーを入れ替えたって言ってじゃん。試しに聞いたら、パートはボーカルで、名前が岩瀬葉子。彼女も“I.Y”。これは探ってみる価値はあるかと思って」

「それで岩瀬家へ。お前に、千笑の通ってたギター教室が岩瀬家だって言った覚えはないけど、要太君も“I.Y”だな。ちなみに“D”はどこに行った」

「ピースが合えば芋蔓だよ。他人(ぼく)はここまで。あとは、兄貴(きみ)の番なんじゃない?」



◇◆◇



 帰った時はもう夜だった。今日は土曜日だが、曜日に縛られない職に就いている両親はいないらしく、使用人の休憩室から一筋灯りが漏れているだけ。俺の部屋の横、千笑の部屋も暗い。

「すみません、遅くなった」

「いいえ、近藤先生の奥方からお電話がありましたので。サンドウィッチでも用意しますか」

「大丈夫。千笑は?」

「夕餉の時間に帰ってこられまして、お食事を済まされた後、地下室の鍵をもっていかれましたが」

「ありがとう」

使用人からスペアキーを受け取り、地下にに向かう。どうやら扉を開けているらしく、音が漏れている。俺でも知っている有名な賛美歌“Amazing grace”だ。

 やはり千笑は、音楽に愛されている女だ。歌えなくなった、そう言ってから千笑は、自分の部屋より、様々な楽器がある地下室に籠る時間の方が多い。


「千笑」

「お兄ちゃん……」

「御免、寝てた?」

「大丈夫」

 ぺったりと床に座る体を支える腕はあまりも細い。最近は運ばれる食事も、グラム単位しか食べないと、使用人が漏らしていたが、本当のようだ。

「行ってきたよ、岩瀬ギター教室」

「……」

「聞いてきた。葉子ちゃんのこととか、全部」

「……思い知ったの。私が喜んでいる裏では、たくさんの人が苦しんでいる。知っていたけれど、その人数は数えきれないほど……」

「随分、自虐的なことを言うな」

「本当だもの。だって、葉子は恩人なのに……私は葉子の命を狩ってしまった死神なんだよ。私の半分は、音楽なんて崇高なものじゃなくて、犠牲でできているんだよ」

 違う。そう叫びたいのに叫べない。千笑の頬を伝う涙が、俺にブレーキをかける。

 俺たちは仲の良い兄妹のつもりだったが、思い返せば本音を語り合ったことはなかった。友達より、親より近しい関係性だと思っていたが、折れそうな千笑に遠慮をして、俺に迷惑をかけることを危惧して。

「それでもさ、千笑。地下室にいるってことは、歌いたいんだろう」

「……」

「歌えなくなった、声が出ないって泣いたってことは、音楽を愛している証拠じゃないか」

「……」

「葉子ちゃんが退学した時、また一緒に歌いたいって言ったんだろう。何よりの証拠じゃないか」

「お兄ちゃんには分からない!」

「分かるわけないだろ!いくら血縁があったって、お互い人間なんだ。黙っていればすべてうまくいくと思うな!甘えるな!」

 初めて受ける兄の叱咤を、千笑はどう受け止めるだろうか。

「自分の半分は犠牲でできている、そんなもんだよ。テストで百点取って、赤点の奴の責任を取らなきゃって言ってるようなもんだよ。俺だって、誰かの犠牲で成り立っているんだ。葉子ちゃんだって、他のバンドメンバーだってそうだ。自分しか考えていないなら、葉子ちゃんはボーカルの座を死守しようと争ってたはずだ」

「葉子は……死んじゃったんだよ。私が原因の半分を占めてるのは明らかなのは分かるでしょ」

「歌え」

「え?」

「理屈で解決しないんだから、行動しかないだろう。環境になじめなかったお前と歌いたかったのは、葉子ちゃんと同じだと思うよ。そう信じていいと思う」


「……お兄ちゃん。私……」 

「坂本!!」

「千笑―!戻ってきてくれたんだな、俺の為にっ!」

「い、痛いです優雅先輩っ……」

「お兄さんに感謝感謝だな!“D.I.Y”再始動だ!」

「でも私、まだうまく声が出せなくて……」

「馬鹿だなー、何のために授業があるんだ。留年生よ」

「二度目の一年生やるって、お兄さんに聞いたぞ。マジいい人だな」

「つーか、御免な。葉子のことは俺らが片付けなきゃいけなかったんだけど……」

「いいんです。お墓参りもしてきたし」

 そう強がって見せると、先輩たちは涙目で踊り始めた。陽気な人たち。

 声が出るようになったわけでもないし、葉子のことに関しても咀嚼できていない。自分は空っぽの人間だと思うし、不安を言い出したらきりがない。

「頑張るから……待っていてくれますか」

「あったりまえだろう!」

 待っていてくれる人がいて、見守ってくれる親友がいて、背中を押してくれるお兄ちゃんがいる。それがどれだけ幸運なことなのか、今の私には、わかるから。

「あのさ、聞きたかったんだけど、“D.I.Y”の、“D”って何?」

「英語は苦手ですか?」

「泰人に学を求めるのは酷だけど、俺も気になる」

「聞いてください!って、思いです。私の心の中の、半分に」

 葉子、聞こえますか?


「“Dear Iwase Yoko”ですよ」


 私はあなたのすべてを抱えながら、音楽の道を歩んでいく。

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D.I.Y(坂本一族シリーズ) 紬木楓奏 @kotoha_KNBF

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