第七話「足らない部分はあった。が、キャンプは最高だった!」

 よく燃えた薪が炭となり、もうすぐ炎が鎮まるだろう。

 オリーブ油をスプレーした鉄板をよく熱して、そこへ肉を載せる。


「暗くなってきたな。ランタンの明りだけだと暗いから、これを点けておくといい」


 そう言って営野が渡してくれたのは、ヘッドライトだった。

 秋葉は素直にお礼を言って、すぐに頭に装着する。


「これは俺の理論だが、料理だけは明るい方が上手く作れるし、見た目もうまそうに感じるものだ。ヘッドライトは便利だから、1つは持っているといい」


「わかりました。でも、いっぱいあるから選ぶのは大変だな」


「まあ、そういう時は、専門店の店員さんに聞いたり、レビューを色々と調べるしかないな。基本的に輪郭線が滲まないきれいな円を作るライトは見やすいと思う。あと、光を広げたり絞ったりできるのもあるから、予算と相談しながら探してみたらどうかな」


「なるほど。まずは自分で調べてみないとですね」


 まずは片面、色が変わるぐらいに焼く。

 そして裏面。

 この焼き方に関しては、特に営野から指示はもらわなかった。

 むしろ好きなように焼いてみろと言われたのだ。

 確かに何もかも指示通りでは面白くない。

 この試す行為こそが冒険している感じではないか。

 そう営野に言われたが、確かにその通りだ。

 それにもともと1人でやるつもりだったのだから、何の問題もない。

 たとえ、焼くのに失敗してもそれも思い出とすればいい。


「な、なんだこれは……」


 だが、それは余計な心配だった。


「うますぎる……」


 自分で焼いた肉は、信じられないほどうまかった。

 見た目はこそは、狐色を通りこして飴色のよく焼けた色で、それは普通にステーキ屋でも見るものとかわらない。

 しかし、焚き火で焼いたためか、いつもより香ばしい香りが強い。

 ナイフを入れれば、じわっと肉汁があふれ、まだ赤味の残っている身が柔らかそうに現れる。

 ひと噛みするだけで、肉の旨味が口に広がる。

 脂の甘さと赤味の濃厚な味わいをしっかりと感じることができる。

 それに、万能スパイスのおかげなのだろう。

 しっかりとしたガーリックの風味とどことなくスパイシーな風味が、塩胡椒だけではでない複雑な味わいを感じさせてくれる。


「これはまさに……マイ・レボリューション……」


 思わず、泊のように無駄に英語を使ってしまう。

 だが、「うまい」だけでは表せない感動がわきあがっている。

 今まで肉なんて量が入ればいいと思っていた。

 しかし、秋葉の中で今日、それが一変した。


「キャンプで食べる肉……最高じゃないですか!」


 秋葉は、思わずこぼれた笑み営野に向ける。

 この瞬間が幸せに感じる。

 今だけは冷たい風も、心地よく感じてしまうぐらいだ。


「昔、何かで見たけど、食事というのは料理と一緒に雰囲気も食べるそうだ」


 営野が酒を呑みながら、静かに語る。


「確かに家族や友達と食べる食事と、嫌いな奴と食べる食事は違う気がするし、きれいな景色を見ながらの食事と、たとえばトイレで食べる食事では、感じる味も異なるよな」


「そうっすね」


「雰囲気を一緒に食べる、そういう意味でキャンプ飯ってのは、たぶんその最たるものなんだろう。たとえば今日の秋葉君の場合なら、普段使わない道具を使い、日常的ではない料理をいつもと違って自分で作り、初めて訪れた自然の中で食べる。これほどいつもと違う雰囲気を満喫できる要素があるのは、キャンプ飯ならではじゃないかな」


「なるほど。そう言えば、『キャンプ飯はキャンプの醍醐味』って言っている動画も見ましたよ」


「そうだな。醍醐味として楽しんでいる人も多いだろう。秋葉君にとっても、今回のキャンプの醍醐味だったわけだしな。どうだ? キャンプは楽しいか?」


「はい! 最高ですね!」


 肉は一瞬で腹の中に消えていった。

 その後、少しだけ営野とキャンプについていろいろと話した後、焚き火の日が落ちつくのを待ってから秋葉は自分のテントに戻った。


 持ち帰った焚き火を続けようとしたが、すでに薪はなくなっていたのでテントの中に入り、寝袋に足を入れながら読書を楽しむ事にした。


 読むのは、泊の小説の新刊だ。

 買ったのは少し前だが、キャンプ場で読むと決めていたので読んでいなかったのだ。

 泊がキャンプ場で書いている小説をキャンプ場で読む。そんなことで、ちょっと一緒にキャンプしている感が味わえるのではないかと思ったのだ。


(まあ、そんなことはなかったけどね……)


 最初はテントの一部を開けっぱなしにして外の風景を楽しめるようにしていたが、すぐに寒さに負けて閉じてしまった。

 せっかくキャンプに来ているのにテントの中に引きこもるのはもったいないかと思ったが、営野の言うとおり、自然を少しでも楽しんだのだから別にかまわないだろう。


 それに閉めきってみると、秘密基地感が強まってちょっと楽しい。

 加えてただ読書をしているだけだというのに、家での読書と違う気がしてしまう。

 言葉にするなら、「悪いことをしているワクワク感」とでも言えばいいだろうか。

 罪悪感というほど重いものではなく、悪戯心が刺激されている感じだ。


 ちなみに寝袋は家にあった適当なものをもってきたが、ちょっと冬キャンプには辛い感じだった。

 仕方ないので厚着をしてダウンも着たままで寝袋に入った。

 冬もキャンプをするならば、寝袋は考え直す必要があるだろう。

 それに薄手のマットの寝心地は決してよろしくない。


(まだまだいろいろと対策しないといけないな……)


 そんなことを思いながら、読書を早めに切り上げて眠りにつくことにした。

 色々あったが、秋葉にとって初めてのソロキャンプの夜は幸せな気分を味わえるものとなっていた。



§



 翌朝。早めに目が覚めた秋葉は、朝食も取らずにテントの片付けを始めた。

 チェックアウトは遅めのキャンプ場だったが、営野が何時にチェックアウトするつもりだったのか聞いてなかったことに、朝になってから気がついたのだ。

 彼がチェックアウトする前にテントを片づけておかないと、借りていたポールを返せない。


 幸いにしてまだまだキャンプ道具は少ない。

 だから、片づけるのは簡単だろうと思っていた。


 ところが、わりと戸惑うことが多かった。


 たとえば、焚き火台の灰だ。

 灰捨て場までどうやって運ぶべきなのか、そんな単純なことさえ悩んでしまう。なにしろ、箱形の焚き火台ならまだしも、こんな平べったい焚き火台では歩いている内に灰が全てこぼれてしまう。


 どうしたものかと周りを見ていたら、灰を全てこぼした焚き火シートを包むようにして運んでいる人がいた。

 なるほどと思い、秋葉もまねして灰を捨てることができた。


 しかし、今度はその灰だらけになった焚き火シートをどうやって持って帰るか悩んでしまう。

 そのまま鞄に入れると大変なことになりそうなのだ。

 ならば、焚き火台などが洗える水道を探してそこで洗うかと考えるが、水を拭き取るためのぞうきんなど持っていない。やはりキッチンペーパーとかあると便利なのだろう。


 とりあえず、来る前にコンビニで買い物をしたときのビニール袋があったので、それに詰めて帰ることにした。

 他にも汚れたものを持って帰るときのことを考え、ビニール袋は多めに持って来ておいた方がいいだろうと、秋葉はメモに残す。


 さらに困ったのは、テントだ。

 結露でびしょびしょに濡れてしまって、そのままではしまえなかったのである。

 拭くものもないし、乾かすしかないのだが、冬場の早朝に乾かすのはかなり難しそうだ。

 なるべく水滴をはたいて乾かすしかないが、ここで大きな欠点に気がついた。

 このテントはシングルウォールながら床がある。

 下手にはたくと、水滴が床にたまってしまい、余計に乾きにくくなりそうなのだ。


(ぞうきんとか、とにかく拭くものが必要だな、これ……)


 他にも椅子やテーブルの足についた土をどうやってとるかなど、悩むことは多かった。


「おはよう。拭くものがないのか?」


 そう声をかけてきたのは、営野だった。

 見るに見かねたのか、彼が薄手の布巾を譲ってくれた。

 どうやらその布巾は、ある程度の使い回しができる、何十枚かはいったパックで打っているらしい。ファーストフードの店やフードコートに置いてある薄手のテーブル拭きとそっくりだ。


(なるほどこれは便利かもしれない……)


 秋葉はまたメモをとる。

 荷物のチェックをしたつもりだったが、キャンプギアの他にも実際にやってみると必要になる物がたくさんある。

 逆に考えると、日常がどれだけ必要なものが周りにあり、そしてなくてもすぐ手に入る便利な環境なのかすごく実感する。


 結局、テントが乾くまで待っていたら、チェックアウトのタイミングは営野と被ることになった。

 そして近くの駅まで車で送ってもらえることになったのだ。


 よく考えれば、出会ったばかりの人の車に載せてもらうなど危機意識が足らないとも思う。

 だが、その時の秋葉はそんな心配は露ほどもしていなかった。

 絶対に悪い人ではない、そういう確信が秋葉の中にはあった。


 一方で、こんな人にキャンプ場で出会える確率は千載一遇の幸運と言えることもわかっていた。

 初めてのソロキャンプでこんな幸運に巡り会えるなんて、自分ぐらいだろう。


 その時の秋葉はそう思っていた。

 後日、他にも同じような境遇の人間が周りに3人もいると知るまでは。

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ソロ×ソロいっしょに、キャンピングデイズ!(#ソロキャンディ) 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym

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