ウェーブ

僕は逃げている。


得たいの知れない何者かが忍び寄って、きているのだ。


狭い路地裏をゲジゲジにでもなったかのように這う。

錆びた三輪車。割れたビールの空き瓶。壊れた蓄音機。時代から取り残されたモノ達が堆積した迷路を虫の様に這い回る。


ふと空を眺めると。重い雷雲が夕暮れを包み込み遠くに雷鳴を轟かせていた。その壮大な雲のダイナミズムを眺めている暇はないのだ。早くしなければ得たいの知れない何者かに追い付かれてしまう。路地裏を抜けた。


「おーいこっちだ。追われているのだろう。オレの車に乗れよ。」


幼馴染のユキオが金色の招き猫の柄の入った黒いアロハシャツに丸目のサングラスとビーチサンダルという奇抜な格好で手を振っていた。僕は全速力で古いシルバーのスタリオンに乗り込んだ。

ユキオはアクセルを全開に踏み込み景色は急速に流れた。うずくまる様に手を伸ばす黒い影は小さくなっていった。


「危なかったな。お前。オレがいなかったらあと一歩で捕まってたぜ。ありゃあこの世のモノじゃないぜ。」


「ああ、助かったよ。しかし、凄い雷雲だな。」


マジックアワーの淡い雲と禍々しい黒い雷雲が重なり稲光と激しい雨が夕暮れの光に照らされて幻想的な世界を作りだした。

湾岸の工業地帯を走る銀色の車は水飛沫をあげながら巨大な橋を渡る。波がうねりをあげて湾岸地帯を飲み込み出した。


「ユキオ!見ろよこの波。海が普通じゃない。」

「まずいな。早く海から離れないと。」


波が亡者の腕のようにスタリオンを掴もうとし始めた。

橋を渡りきり交差点を左折し、海から遠退く進路を取った。エンジンは唸りをあげ加速した。

街はパニックに陥っていた。人々は悲鳴をあげ逃げ惑い、コンビニに突っ込んだトラックは白い煙を噴き出していた。僕は窓から後ろを見た。エメラルドグリーンの巨人の手が逃げ惑う人々を次々に引きずり込むのが見えた。

僕らは波からの安全圏まで車を走らせたが不安が付きまとったので山の上を目指した。山の中腹にある寂れた商業施設の広々とした駐車場に車を停めるとユキオは車を降りてCABINに火を着けた。駐車場から街が一望できた。街の3分の2程が水没していた。気付けば夜が降りていた。ユキオは力なく笑う。


「洒落になってねー。オレのガレージも水没したな。」

「助かったよ。死んでたっておかしくない。」

「そうだな。ちょっとまってろ。」


ユキオが施設に入り。自販機のチープなハンバーガーと缶ビールを買ってきた。

僕らは水没した街を見下ろしながらハンバーガーを頬張り、ビールで流し込んだ。夏の終わりの涼しい夜風を浴びながら。






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空想と夢の箱 東京廃墟 @thaikyo

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