カンブリアンエクスプロージョン

東京のビル群の隙間を男は遊泳する。首都は静かに横たわる死人のように時間を停止させていた。

黒いスーツ姿の男の異様さは、黒い嘴のマスクを被っている事だ。それはいわゆるペストマスクだった。手には銀色のアタッシュケース。変質的ジャパニーズビジネスマンはこの時代でも仕事熱心なのだ。

「鳥だ。」

嘴が宙を仰ぐと轟音と供に1機のB52が生命の咆哮をあげ死んだ都市とのコントラストを造りながら遥か上空を飛び去った。ストラトフォートレスと呼ばれる米軍の戦略爆撃機が何処へ向かうのかペストマスクには知る由もない。


歩き回るペストマスク以外に動くものはない。

【bar Anomalocaris】看板の下に階段があり地下へ降りていく。

分厚い扉を開けるとフロアに響く電子音。

【XTAL】エイフェックス・ツインの作曲したアンビエントテクノ。壁一面のモニターに真っ青な海と押し寄せる波を写し出している。

人間がいる。鳥人間。いや、ペストマスクを被った生きている人間だ。カウンター越しに真っ赤なチャイナドレスを着て腰まで伸びた黒髪をダークブラウンのペストマスクで覆っている女性のバーテンダーだ。シェイカーを振っている。椅子に腰かけた老人がマスクを外し読書をしている。奥のテーブルには太った中年と目付きの悪い青年が同じくマスクを外しカクテルを飲んでいた。

「薬はもってきてくれたかしらケンゾー?」

老人の頼んだグラスホッパーをシェイカーからカクテルグラスに流しながら女は嘴を向けた。

「マティーニを」

スーツ姿の男、ケンゾーはペストマスクを脱いだ。

「COVIDキラー。1ダースだったな。確かに持ってきたぜ。」

ケンゾーはカウンターの椅子に腰掛けアタッシュケースを開けるとベルベット生地の内張りの中にずらっと薬の箱が入っていた。【Xtal】のリズムが心地いい。

「ありがとうこれで今月も営業できるわ。これ代金ね。」

女は20万円の札束をケンゾーに渡し、ペストマスクのレンズ越しにウインクするとミキシンググラスにドライ・ジンとドライ・ベルモットを入れ、レモンピールの代わりにピルケースから取り出した【COVIDキラー】のカプセルを割りステアした。

【bar Anomalocaris】で出されるカクテルを飲めば1時間はマスク無しでこの世界を過ごせるのだ。

カンブリア期に例えるなら我々人類を含めた旧世代の生物達は消え行く種エディアカラ生物群なのかもしれない。

ケンゾーは女から出されたマティーニを一気に飲み干すと眼を瞑った。【Xtal】の曲に被さる様に轟音と振動を感じた。










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