夜が明けて、幕が上がる


 その後について語ろう。

 結論から言えば、ゴブリンナイトが新川実彦を殺害した件については、話題になっても問題にはならなかった。少なくとも世間的には。

 なぜなら警備隊の捜査によって、立夏に対するストーカー行為と拉致未遂の他にも、実彦の余罪が次々と明らかになったためだ。

 それについては、順を追って説明する必要がある。




 まず、クモ怪人と化した実彦が巣を作ってコッゾ一味を殺害した、郊外の屋敷。あそこは実彦がある貴族の紹介で購入したものだった。おそらくクモ怪人としての動物的な本能で屋敷を己の縄張りと認識し、半分無意識に巣を築いてしまったのだろう。

 そして屋敷を捜索して見つかったのは、地下牢に幽閉された何人もの亜人奴隷たち。


 奴隷たちには、銀髪黒目という共通点があった。……つまり、実彦が立夏の『代替品』として自分への慰めに購入したらしい。

 相当酷い扱いをしたようで、保護された奴隷たちは憔悴し切っていた。さらに地下の一室には、死体の処理に困ったのだろう、乱暴に焼却した遺骨が複数。真新しい遺体に至っては、後も嬲り続けたと思われる凄惨な暴行の痕が残されていた。

 ……ついでに付け加えるなら、実彦の立夏に対する偏執的な思慕と妄想の限りを綴った、黒歴史的日記も発見したそうだ。

 この時点でストーカー行為と拉致未遂の罪状は確定だが、話はここで終わらない。


 実彦にこの屋敷を紹介し、奴隷売買の斡旋をした貴族。それがあのニーラン伯爵であることがわかった。ゴブリンナイトがクラスメイトと戦った夜、奴隷の獣人少女を助けるためにぶちのめした男だ。

 あの夜、ゴブリンナイトが尾行し、伯爵の屋敷に入ったフードの人物。アレは注文した奴隷の受け取りに来た実彦だった。しかし実彦は『髪が立夏の銀髪と似ても似つかない』などと文句をつけて購入を撤回。無駄骨になった腹いせに、ニーラン伯爵が少女に乱暴を働こうとした。そこでゴブリンナイトが介入……という次第だったようだ。

 屋敷から回収された手紙により、ニーラン伯爵と実彦の詳しい繋がりが明らかになった。


 どうやらいずれ貴族の地位を与えることを条件に、実彦はニーラン伯爵の下で様々な悪事に手を貸していたらしい。犯罪組織《羊飼いの猟犬》と通じ、奴隷売買のルートを手引きしたのもその一つだ。

 ついでにコッゾ一味も拘束中の証言から、ニーラン伯爵の使いを名乗る人物に指示され、立夏を《羊飼いの猟犬》へ売り飛ばすつもりだったことがわかった。

 当然そのとき、ニーラン伯爵は檻の中。おそらく使いを名乗った人物は実彦だ。大方、自作自演の救出劇を行って、立夏の好感度を稼ごうという魂胆だったのだろう。それもゴブリンナイトの手で阻止されたわけだが。


 ニーラン伯爵も実彦も、いざとなれば全ての罪を相手に押しつけて切り捨てる算段だったようだ。お互いに相手を、自分が立身出世するための踏み台程度にしか思っていなかった。結局、実彦の杜撰な管理で簡単に証拠品が見つかり、真実は白日の下に晒された。

 賢しさを気取って他人を見下し、利用する側のつもりでいた二人は、自らのお粗末な手腕によって然るべき場所へ堕ちたのである。

 片や領地と財産を没収された上で僻地へ、そして片や地獄へと。


 ――そして。

 ニーラン伯爵と実彦の間を取り持ち、そもそもニーラン伯爵に《羊飼いの猟犬》との取引を斡旋したのは……『性別も年齢もわからぬ怪しげな道化師』だったそうだ。





 以上のことが公式に発表され、新川実彦は極悪人の大罪人として世間に認知された。

 そして地球に比べて命の価値が低いアンダーヘイムでは、犯罪者に対する扱いも厳しい。罪状の重さにもよるが、生死を問わぬ賞金首となり、殺しても非難されるどころか賞金が出る場合さえあるのだ。


 新川実彦は凶悪な犯罪者であり、それを殺害したゴブリンナイトの行為は、霧島立夏を助けるためであったことも含め、十分に正当防衛である。……それが王都に暮らす住人の概ねの見解だった。

 とはいえ、胴から真っ二つという惨殺具合がどこからか漏れ、ゴブリンナイトの残虐性を危惧する声もある。


 それに……同じ夜に「クモと人間が混ざったような、見たこともない怪物と戦っていた」という噂も広がっていた。魔物がそうであるように、クモ怪人の下半身も幻素に還ったようで発見されておらず、正体が実彦であった証拠は残っていない。

 しかし実彦の一件との関連性も疑われており、それも含めた事件の重要参考人として、ゴブリンナイトは警備隊から一層追われる身となった。


 一方、実彦の無実を信じ、彼を殺害したゴブリンナイトを恨む者もいる。

 草薙京太を始めとする、実彦のクラスメイトであった一年C組の面々だ。

 特に京太は親友として実彦の潔白を訴え、悪事の証拠を提示されても頑なに信じようとはしなかった。逆にゴブリンナイトこそが実彦に冤罪を着せて殺した悪党だと信じ切って、仇討ちを固く誓っている。随分と憎まれているようだ。

 なまじ決闘の一件があった分、裏切られたと感じているのかもしれない。

 それだけ実彦は巧妙に本性を隠していたし、誰もが騙されて彼に信頼を寄せていた。素性も知れないゴブリンナイトの方を疑うのは当然のことか。





「……行くの?」


 夜の王都を見下ろしていたところに、背後から声をかけられる。

 浩介が立つ場所は王城で一番高い尖塔、その円錐状に尖った屋根の上だ。浩介たちの――浩介は変身した上でだが――運動神経とスキルで強化された身体能力なら、城の中を通らずとも外からここまで昇って来れる。

 浩介は後ろの立夏に振り返らず、王都に視線を下ろしたまま言う。


「ああ。あの自称《悪の組織》の道化師は、理由はわからないが《クロスフォース》の技術をいたく気に入っていた。そしてそれを発展させるために手段を選ばない口ぶりだった。なんにしたって、ロクでもない使い方をするつもりでいるのは間違いない」


 道理を無視すれば科学はいくらでも進歩する、とは誰の言葉だったか。

 どこまで本気かはわからないが、あの道化師ならなにをしでかしてもおかしくないという、確信めいた不安が浩介にはあった。

 背中越しにかかる立夏の声が、憂いの色濃い響きを帯びる。


「《クロスフォース》が悪用されたら、浩介にも責任があるから?」

「責任、って言葉は使いたくねえな。強いて言うなら、『責任』じゃなくて『結果』か。選択と行動には必ず結果が伴うモンだろ? ……新川を殺したのは、俺が自分の意志で選んで行動した末の結果だ。どんな言い訳を並べて、俺には責任なんかないって逃げ回ろうが、起こった結果は変えようがないし、そこからは逃げられない」


 実彦の命を砕いた感触は、もう手のひらに残ってはいないが頭で覚えている。

 自分がなにを選択し、どう行動し、その結果どうなったか。

 浩介は決して忘れない。自分が人殺しであることを。なんのために殺したのかを。


「《クロスフォース》のことだってそうだ。俺が『ヒーローになりたい』って我儘を叶えるために生み出した技術が、結果としてこの世界の災いになるなら、無関係じゃいられない。他人面で見て見ぬフリなんてできない。なにより……俺の我儘に力を貸してくれたローザが、弱い人たちの助けになりますようにって願いを込めた技術なんだ。それが悪用されるのを黙って見ているなんて、俺には絶対に我慢ならない」


 正義感でも使命感でも義務感でも責任感でもない。

 ただ、自分の選択と行動が招いた結果と向き合った末の決断だ。いや、決断なんて大層なものでもない。これはもっと単純な気持ちから来るもの。

 優しい願いに報われて欲しい気持ち。その願いを踏み躙ろうとする悪意へ憤る気持ち。

 どちらも異世界に召喚される以前から、殺人を犯した今も変わらぬ浩介の感情だ。


「俺は自分で一度掲げた《鬼面騎士》の看板を、自分から下ろすわけにはいかない。あの仮面は、俺のもう一つの素顔でもあるんだ。だから俺はゴブリンナイトとして最後まで戦い抜いて、それがもたらす結果と向き合い続けなくちゃいけない。いや、そうすると決めたんだ。俺が信じたものを嘘にしないために」


 間違えてしまった過ちも、正しいと信じてなお拭えない罪も、逃げず投げ出さずに全部背負う。迷い悔いる弱さも力に変えて、強く強く一歩を踏み出して前進する。そんな風に在りたいと願った《ヒーロー》としての生き方を最後まで張り通す。

 そう浩介は、他の誰でもない自分自身に誓ったのだ。


「だから行くよ。俺はこの国で、この世界で、ゴブリンナイトとして戦い続ける――って、これだけ理屈こねくり回しても結局のところ、自分のやりたいことをやりたいようにやるだけの話なんだがな」

「…………」


 最後は冗談めかして見たものの、立夏から返ってくるのは重い沈黙のみ。

 無理もない。目の前の幼馴染は今や人殺しだ。その事情に自分が関わっているとなれば、尚更気が重いだろう。自分のせい、などとは思って欲しくなかった。実彦を殺したのは終始一貫して浩介の意志なのだから。


 とてもあの夜の、告白紛いのやり取りを蒸し返せる空気ではないが、それで良かったのだろう。浩介の生き方は浩介が選んだもので、立夏が付き合う必要などどこにもない。

 だから浩介は未練を振り払うように屋根から身を乗り出した。

 しかし、立夏の声がその背を呼び止める。


「待って! 一つだけ……ううん。二つ、言いそびれてたこと、言わせて」


 顔を見るのが怖くて、浩介は振り返れなかった。

 そのまま続けられる立夏の言葉には、疎遠になりかけた中学時代を思い出させるぎこちなさと、それでも離れはしなかったあのときと同じ温かさが込められていた。


「助けてくれてありがとう、《ヒーロー》。

 それから――いってらっしゃい。……待ってるから」


 帰りを待っていると、立夏は恐れも迷いもない言葉で告げた。

 ……ああ、十分だ。その言葉だけで十分すぎるほど救われる。

 不覚にも零れそうになった涙を堪え、浩介はありったけの気持ちを込めて返す。


「いってきます。――変身!」


 今度こそ尖塔から身を躍らせた浩介の体が、空中で風に包まれ光り輝く。

 風を裂いて現れるは鬼面の騎士。どこからともなく現れた鋼の馬に跨り、羽根のように音もなく眼下の屋根に着地。そのまま屋根瓦一枚壊さない、軽やかな走りでいくつかの屋根を渡っていく。


 その姿を目撃した王都の住人たちは、指差し口々に叫んだ。

 驚く声。恐れる声。讃える声。好意・敵意・好奇心・猜疑心。彼を見る人々の目は十人十色だった。これから、その目は如何様にも変わっていくことだろう。

 その全てを一身に受け止めて、ゴブリンナイトは王都を駆ける。







 ――かくして《鬼面騎士》八代浩介の長い……本当に永い戦いが幕を開けた。

 彼の戦い、彼のもたらした力が異世界アンダーヘイムにどれほどの波乱を巻き起こすか。それは未だ誰も知る由はない。神でさえ……あるいはそれ以上の、おおいなる意思でさえも。

 今はただ走れ! 疾走はしれ! 八代浩介! ゴブリンナイトよ!

 

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鬼面騎士/ゴブリンナイト~ファンタジーはそっちのけ! なるぜ、《ヒーロー》!~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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