エピローグ




 近くを流れる川から、さらさらと微かに水の流れる音がする。しかし気持ち良いのはその音だけで、風は生温く、太陽はじりじりと地面や肌を焼き、全体的に何か焼けたような匂いがしている。


 …あれから数週間。


 私達の住む町にも、ついに本格的な夏が到来していた。


 年度始めから…いや、入学式の日彼に会ってから見るようになったあの夢は、寝込んだ時を最後に、すっかり見なくなった。もう全て思い出せたし、わざわざ夢に教えてもらわずとも、あの頃の思い出は記憶を辿ればちゃんと私の中に残っている。

 心配してくれた瞳ちゃんにも、夢を見なくなったことを報告した。色々あってしばらく話せていなかったのに、瞳ちゃんはずっと気にしてくれていたらしく、『良かったー!』と、とても喜んでくれた。


 …彼女が困った時は、今度は私が力になれるといいな。


 そして瞳ちゃんには、いつか…



「しっかしほんとにあっついよな〜…」

 流が隣でぼやく声で我に返った。今年の夏は特に暑いので、ただ近所を歩いてるだけでも、肌の表面には沢山の汗が浮かんでくる。

「半袖じゃなくて、タンクトップにすれば良かったのに」

 私は苦笑しながらソフトクリームアイスを一口食べる。買ったばかりのアイスクリームは、キンキンで冷たくて甘くて美味しい。

 …うん。ソフトはやっぱりチョコ×バニラに限る。

「朝は涼しかったんだよ…」

 もう一個買えば良かったかな…と呟く彼は、既に自分の分をしっかりと食べ終えている。ぶどう味の、同じくソフトクリームアイスだった。


 もう、仕方ないなぁ。


「一口食べる?」と、私は流にアイスを差し向けてみる。

「え、いいの?俺、さっき自分の一人で食べちゃったんだけど…」

 そう言って遠慮しようとする彼に、「良いよー。その代わり、今度は私にも一口頂戴ね」と、言うと、流は少し躊躇いつつも、ぱくっとアイスの頭に食らいついた。私は笑顔で聞く。

「美味しい?」

「お、美味しいです…」

 その顔はほんのり紅く、照れているようだったので、私は最初それを見てニヤニヤとしていた。…が、何故かだんだんと自分まで恥ずかしくなってきので、話題を振って逃げる。

「そっ、それにしても、ほんと毎日暑いよね。まだ夏休みも始まったばかりなのに。…ねぇ、やっぱり…、これからもっと暑くなるのかな?」

「…まあ、なるんだろうね…。あー、俺暑いの苦手なんだけどな〜…」

 流が手をだらんと下げて項垂れた。

「ふふ。まあ…夏だし、しょうがないよね。…はい、あーん」



 結局、私達はその日、暑い暑いと言いつつも、夕方私の家の前で別れるまで、ずーっと手を繋いだまま、デートを楽しんだのだった。






 −完−

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世界を越えて、時間も越えて。 書き物うさぎ @Kakimono-Usagi

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