15.悪戯

悪戯

 曇り空にたちこめる灰色の雲を洗う仕事をしている。

 世界の気候を安定させるための重要な仕事だ。灰色の雲は洗わなければどんどん黒ずんでいって、やがては異常気象を発生させる原因になってしまうのだという。

 だが、それにやりがいや使命感を感じるかといえば、そんなことはない。ただ退屈なだけだ。流されるままに生きてきて、流れ着いた仕事がこれだったというだけの話で、地を這って右往左往する人類がどうなろうと私には知ったことではない。代り映えのない毎日を、私は雲を洗って浪費するだけだ。


 ある日、職場で流行っている悪戯の話を耳にした。

 なんでも、洗い終えた雲の中に適当なガラクタを放り込んでおくのだそうだ。

 するとどうなるか。ガラクタは雲の中で自重によって少しずつ下方へと移動し、タイミングが良ければ人間の暮らす都市や集落に落下する。人間はそれに驚いたり、あるいは神として祀って有難がったりする。時には脳天を直撃して死ぬこともある。

 なるほど、人類がうろたえる様は確かに見ていて愉快なものだ。ただ、死ぬ様を見て喜ぶことだけはいただけない。

 人類は生きて惑う姿こそ面白いのだから。死ぬ姿などそれでおしまいなのだからつまらない。

 悪戯なら、もっと面白い方法があるはずだ。


 私は三日三晩寝ずに考えた。職場の連中は私よりも阿呆ばかりだから、連中に想像のできるようなありきたりなものではいけない。アッと驚かせるものでなければ。

 考えに考えた末、私は奇妙な記号を草むらや畑に描く仕掛けを作った。それは小型の機械で、雲に潜り込ませておくと、夜、人々が寝静まった頃に起動し、エネルギー波を放って部分的に草をなぎ倒してあらかじめインプットしておいた記号を描き出すのだ。

 翌朝の人々の驚きは、ガラクタが落ちてきた時の比ではない。私が悪戯で作ったに過ぎない記号に人々は「ミステリー・サークル」などと名前を付け、やれ宇宙人のせいだのプラズマが原因だのと的外れなことを言った。愉快である。

 興が乗った私は次々と新作を作り、奇妙な記号は奇怪な紋章、奇怪な紋章は不気味な紋様に変わった。描き出すミステリー・サークルは日に日に複雑化していった。


 ところが、「実は我々がやったのだ」と主張する人間が現れた。

 その頃には私の作った覚えのないミステリー・サークルが続々と発見されており、真似をしたやつがいるなとは思っていたが、案の定名乗り出たのだ。

 名乗り出たこと自体はそれはそれで面白いからよかったのだが、以降、ミステリー・サークルに関する世論は「すべて悪戯」に傾いていった。これは面白くない。

 悪戯なのは確かにその通りなのだが、悪戯だとわかって溜息混じりに処理される悪戯ほどつまらないものはない。

 私はならばと人間には到底真似しえないような複雑怪奇なミステリー・サークルの開発に取り組んだ。そのためには装置の機構を根本的に組み替えねばならない……などと思案を巡らせたが、結局、叶わなかった。

 悪戯の件が上司にバレたのだ。


 私はあえなくクビとなった。

 やりがいがないと思っていた職場を去ることが、まさかこれほど惜しく感じることになるとは思わなかった。

 結局、ミステリー・サークルの流行は去り、人々の記憶からは忘れ去られてしまったそうだ。

 もしも私の悪戯が明るみに出ず、ミステリー・サークルの最高傑作が完成していたとしたら、どうなっていたことだろう。いまとなっては、それを夢想するばかりだ。

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三題噺集 あれと それと これと ツリチヨ @Tsurichiyo

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