勇者パーティーの助っ人 〜勇者が魔王城に辿り着けたわけ〜

佐藤 一郎

第1部 魔王討伐編

第0話 プロローグ・1

 燻る炎のせいで視界は悪く、けれどそこに広がる光景の凄惨さは手に取るように分かっていた。


 敵側面を、森に隠れて奇襲する。それが作戦だった。乱戦に持ち込めば、個の力で勝る僕たちに勝機はあるはずだった。だが、彼らは奇襲を予期していたかのように、魔弓によって応酬して来た。魔弓の恐ろしさは報告で聞いていたが、それは想像を超えていた。


 ツルに番えて引き絞り、矢は放垂れた!

 放たれた矢は、炎を纏い、襲いかかって来た。魔法陣を弓に書き込む事で、自動で矢に魔術を付加する。魔弓とはそういった代物らしい。


 突撃していった同胞が次々に敵の矢に倒れていった。僕らも馬を走らせて、敵陣に突っ込んだ。多大な犠牲とともに敵陣に突入し、やっとの事で敵を追い返すことができた。その間に僕が斬った兵士の数は十から先は数えていない。


 熱気を吸い込まぬよう口元を覆った濡れた布越しでも、あたりに漂う異臭は鼻をついた。

 少し歩けば、馬の脚が何か柔らかいものを踏みつけた。胸に固くなった血の塊を貼り付けた兵士の体。その顔には苦悶の表情がうかがえる。


 そんなことが数回あって嫌気がさし、馬から降りた。

「くそっ、なんだってこんなことに。」

「それはお前さん、あいつのせいに決まってんだろ。卑人のくせに王子だからって理由で隊長になっちまったボンボンのせいさ。」

「やめろ!殺されるぞ。」

「へいへい。でも実際そうだろ?あれがもし陛下なら、こんな敵一瞬で消し炭だったろうさ。」

 後ろに付き従う兵士のひそひそ声も、風に運ばれて耳をかすめた。


 彼らの言うことも一理あるかもしれない。陛下ならたしかに・・・。だけどそれを受け入れるほど、僕のプライドは安くない。

 足を早めて彼らから離れた。



 一縷の望みすらもない中、それでも生存者を求め視界の悪い戦場跡を、音を頼りに歩き回った。

 そしてかすかに聞こえたうめき声に駆け寄った。声の主は敵軍の鎧に身を包んでいた。

「み、みずを。」

 かすれる声をようやく聞き取った僕は、腰の水袋を取って彼に与えようとした。しかし彼は僕の目を見ると、体を強張らせて、

「くそやろう。」

とだけ、ヒューヒューという音が混じって聞き取りにくい声で、吐き捨てて、それっきり息をしなくなった。


 彼の顔の半分は炎で焼かれ大きく腫れ上がり、原型を止めていなかった。その腫れは胸元まで続き、真っ赤になった喉は良くみれば皮膚が剥がれ落ちていた。

 そっと地面に彼を横たえて、また生存者を探して彷徨い始めた。いつの間にか周りの兵士共も戻ってきていた。


 そんな僕らの元に伝令が届いた。彼は跪き口を開いた。

「八将軍ダムズ様は戦死し、第六大隊は敗走。殿下は至急新都に帰還し、タムズ様の葬儀に参列されたし、とのことであります。」

「タムズが!?一体誰が?」

 八将軍といえば不敗を誇る勇猛な戦士たちであった。その一人の死の知らせは、僕たちの中に漂う臭い空気を、より一層重苦しいものに変えた。

「勇者を名乗る金色の騎士であります。」

 



 新都に戻って早速、街の中で広がる勇者の噂を耳にした。

 曰く大男だった。身の丈の倍の剣を振り回していた。山を吹き飛ばすほどの魔術を使った。剣の一振りで地面を割った・・・。どれも根も葉もないものだ。


 葬儀が終わった僕は、敵国に潜入捜査に向かった。表向きは勇者の情報を探るため、実際はただの現実逃避だった。

 たった一人で先頭に立ち、味方を勝利へと導いた。金色の鎧に身を包み敵を打ち倒すその姿は、まさに勇者の名にふさわしい神に選ばれし英雄だ、そう世間では讃えられていた。

 そしてこれが僕の中に初めて、勇者アランの名が刻まれたときだった。

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