最終話 翼に乗った小さな友達


「龍みたいな化け物を「小さな悪魔」が退治したって?……二人していったい、どんな夢見てたのよ」


 わたしたちの話を聞きおえたジューゾーは、こらえきれなくなったように笑いだした。


「夢じゃないし、ゲームの話でもないってば。信じられないなら、今度はジューゾーが「界魔」退治に加わったらいいんだよ」


 道彦の抗議があまりに真剣だったせいか、ジューゾーは笑いを引っ込め「大丈夫かしら」という表情になった。


「でもドロシーが「邪心」の主だとはさすがに思わなかったな」


 わたしがぼそりと呟くと、道彦はうつむいて「確かにそうだな」と言った。


「それだけ追い詰められてたんだろうな。何年も家の中に閉じ込められてたら、心が怪物みたいになっても仕方ないさ」


 わたしたちの間に重苦しい空気が広がり、ジューゾーがテーブルの前を離れた。

 わたしがしばらく次の言葉を探していると、ふいに道彦が「あっ」と声を上げた。


「どうしたの?」


「今、そこの道を……」


 わたしが道彦の目線を追って窓の外を見ようとした、その時だった。入り口のドアが開く音がして、ジューゾーが誰かと会話を交わす声が聞こえた。


「あの声……」


 道彦の顔が入り口の方を向き、わたしもつられて同じ方を向いた。次の瞬間、わたしの目は入り口近くに立っている人影に吸い寄せられていた。


「……ドロシー」


 ジューゾーの隣に立ってこちらを見ているのは、ドロシーだった。ドロシーはわたしたちの前までやって来ると、即座に頭を下げ「ごめんなさい」とわびた。


「私のせいで、みんなに怖い思いをさせてしまったわ。ほんとうにごめんなさい」


「ドロシー……一人で来たの?」


 わたしがたずねると、ドロシーは「うん。どうしても謝りたくて」と震える声で言った。


「それはいいのよ。……だって、自分でも隠れていた思いに気づかなかったんですもの」


「そうだよ。俺たちだって、家の中に何年もいたら「影」に取り憑かれるかもしれない」


 わたしたちはかわるがわる、ドロシーをなだめた。


「それにさ、怪物騒ぎがあったおかげで、こうして外に出てこられるようになったんじゃないか」


「そうよ、わたしたちだって、あなたと自由に遊べるようになったんだし、どうってことないわ」


「ありがとう、トーコ。道彦君……」


「だけどミルチの戦いっぷりなんて、ちょっとした映画みたいだったよな。あんな場面、なかなか見られないよ」


 道彦が記憶をたぐると、ドロシーははっとしたように目を見開いた。


「――そうだわ。ミルチにも謝らなきゃ。……でも、どうしたらいいのかな」


「とりあえず「小鳥の家」に行ってみましょう。みんなで呼びかけたら案外また、姿を見せてくれるかもしれないわ」


 わたしが言うと、強張っていたドロシーの表情がわずかにほころんだ。


「……そうね。行ってみたいわ。ミルチの「家」へ」


「ようし、それじゃ暗い話はこれくらいにして、森に行く相談を始めるとするか」


 道彦が声を弾ませた、その時だった。再びドアの開く音がして、聞き覚えのある声が飛んできた。


「こんなところにたむろしているのは、もしかしたら僕のクラスの生徒たちじゃないかな」


 思わず向けた視線の先に立っていたのは、呆れたように眉を寄せている熊倉先生だった。


「――お前たち、集まって相談もいいが、家に帰らず寄り道ばかりとなると、そろそろ見逃してもいられないぞ。先生だっていつもお前たちの味方とは限らないんだからな」


 怪物騒ぎが一段落したせいか、先生の顔は冒険仲間のそれから教師の物に戻っていた。


「ちょうど良かった。冒険の締めくくりをどうするか、相談してたんです」


「締めくくりだって?」


「ドロシーがミルチに謝りたいって言うんで、みんなで「小鳥の家」に行こうって話してたんです。先生もここまで関わったら最後まで見届けたいんじゃないですか?」


「…………」


 わたしたちは渋い表情で宙を睨んでいる先生を尻目に、こっそり顔を見合わせて笑った。


                  ※


「ミルチーっ」


「ミルチーっ、出て来てーっ」


 わたしたちは「小鳥の家」の前に着くと、中にミルチがいると信じてかわるがわる呼びかけた。わたしたちの声が木立の間に吸い込まれ、森が静かになるとドロシーががっくりと肩を落とした。


「今日はいないのかな」


「どちらにせよ、ここに来て気持ちを伝えなければ気が済まなかったんだろう?自分の気持ちを納得させることに意味があるんだよ」


 「先生、たしかにそうかもしれないけど、それでもここまで来たからにはひと目、姿を見たいじゃないですか。……なあ、ドロシー」


 道彦の言葉にドロシーは「やっぱり、できたら会って謝りたいわ」と答えた。


 わたしの気持ちも、二人と同じだった。あれが夢じゃなかったことを確かめるためにももう一度だけ、あの赤い髪の女の子――小さな悪魔に会って言葉を交わしたかった。


 わたしがそんな願いを視線に込めて「小鳥の家」を見上げた、その時だった。


「小鳥の家」のてっぺんから黒い影が飛び立ったかと思うと、ほれぼれするような美しいカーブを描いてわたしたちの前に舞い降りた。


「――ミルチ!」


 大きな黒い鳥――クロバトロスの背からひらりと飛び降りたのは、赤い髪をなびかせたミルチだった。


「また来たのか、ガクシャのみんな」


「ミルチ……ごめんなさい。私のせいで怪物に襲われてしまって」


「……お前はいったい、何をあやまっているんだ?」


 ミルチは猫のような瞳で、ドロシーを眺めた。


「私……自分が怪物の一部だったなんて全然、気がつかなくて」


 ドロシーが詫びると、ミルチは牙の生えた口を大きく開けてからからと笑った。


「そんなことはどうでもいい。あたしは「結晶」が手に入ればいいんだ。……でも良かったな。元気になって」


 ミルチは人間ではない証とも言える尖った耳と尻尾を、嬉しそうにぴくぴく動かした。


「じゃあ、ミルチ……私と、友達になってくれる?」


 ドロシーがおずおずと切りだすと、ミルチの金魚の尻尾に似た後ろ髪がわさわさ揺れた。


「トモダチか。この町でいろんな奴にあったけど、トモダチになりたいっていうのはお前が初めてだ。いいぞ!」


 ミルチは「お前たちもトモダチになるか?ガクシャの人間たち」と言ってわたしたちの方を見た。


「……先生、いつも友達はいい奴を選べって言うけど、悪魔はどうなんですか?」


 道彦の唐突な問いかけに、先生は驚いて目を丸くした。


「いい悪魔だったら、もちろん問題なしだ」


「いい奴に決まってるさ。……だって怪物をやっつけた上に、ドロシーを元気にしてくれたんだ。……なあ、ミルチ?」


 道彦の言葉に不思議そうにわたしたちのやり取りを見つめていたミルチは、ぴょこんと楽しげにジャンプしてみせた。


「よし、それじゃあまたどこかで「界魔」をみつけたら教えてくれ、ガクシャのトモダチ。……いくぞ、クロバトロス!」


 ミルチは羽ばたきを始めた黒い鳥の背中にひょいと飛び乗ると、現れた時と同じようにあっと言う間に舞いあがり、そのままどこかへ飛び去っていった。


「怖い怪物が現れるのは困るけど、きっとまた会えるよね」


 わたしが言うと、道彦は「もちろんさ」と言ってミルチたちの「小鳥の家」を見つめた。


「ミルチ……私、歌を作ったの。あなたの家の前で歌わせてね」


 そういうとドロシーはミルチの去った空を見上げ、やさしいメロディを口ずさみ始めた。



 ミルチ ミルチ 小さな悪魔  異界の話をきかせておくれ


 大きなひとみ とがった耳で  見えない怪物 見つけだすんだ


 勇気をもって 扉あけたら  ふしぎな仲間 助けてくれる


 大人も逃げだす ぶきみな敵に  名前をつけて やっつけるんだ


 ミルチ ミルチ 可愛い悪魔  ひみつの友達おしえておくれ 



^      〈小鳥の森のミルチ 終わり〉

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小鳥の家のミルチ 五速 梁 @run_doc

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