『第5平行世界からの自決権』

やましん(テンパー)

  『第5平行世界からの自決権』

 『成人後の国民は、すべて、自決の権利を有する。』


 『改正新地球憲法』はこのように、高らかに謳ったのであります。


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西暦2,5**年、地球政府第3代首相、ウゾプン・ラト・シ・ベーア卿は、画期的な制度を動かし始めた。


 過去、地球の内戦状態は、300年近くも続き、人類はすでに疲弊しきっていた。


 ようやくこの泥沼状態を終結させたのが、ベーア将軍率いる『新地球平和十字軍』だったのである。


 彼らに地球世界統合の手を貸したのが、『第5平行世界』だった。


 その実態も実情も、真意も、この世界の指導者は、ほとんど何も分かってはいなかったが、ともかくも、我が地球世界は、その遥かに進んだ技術とシステムで救われて、一つの政府の元での、再生の道を歩み始めることが出来た。


 当初は、一切の武器、兵器が使用不能となったことが大きな第一歩だったのである。


 そうして、その最終決定打が『殺害、自殺等防止システム』だったのである。


 これは、高度な社会監視システムと、進んだ重力コントロール、物質伝送技術などが一体となったシステムである。


 たとえば、あなたが自殺しようと、ビルの屋上に立ったとしよう。


 監視システムは、その時点で警戒を始める。


 あなたが、飛び降りたその瞬間に、防護システムが稼働し、あなたは飛び降りた場所に戻される。


 そうして、すぐに『保護病院』にて、しばらく入院となる。


 ナイフで自傷しようとしたら、ナイフが折れるか、ふにゃりと曲がるか、ナイフ自体が空中に張り付いて凍結されるか、もしかしたら、全人類の体に注入されている監視物質によって、あなたの腕が動かなくなるか・・・のどれかであろう。


 致死量のお薬を使おうとしたような場合は、即座に体外に排出させられるか、効果が無効化されるか、またまた、お口に入る前に飲めなくなるか、あたりである。


 これは、たとえば毒蛇にかまれたような場合も、適用される。


 自動車などに、うっかりとぶつかるような場合も、自動的に衝撃が吸収されてしまう。


 空から物が落ちて来ても、大風で飛んできても、核ミサイルが飛んできても、自動的にすべて無効化、または、回避される。


 川に飛び込んでも、同じことである。


 また、自殺だけではなく、当然、他殺も出来ない。


 他人に向けて銃を撃っても、弾は大きな抵抗を受けてぽとりと落ちてしまう。


 大砲の弾頭も、ミサイルも、元々、もう飛べないのである。


 『中央監視システム』がすべてのデータを監視していて、ネット犯罪なども事実上不可能になった。


 したがって、いかなる戦争行為も、行うことが出来なくなった。


 当然、飛行機とか、宇宙ロケットとか、(空中)自家用車とか、走ったり飛んだりしてもらわないと困る公共や個人のものは、事前にデータを登録しておけば、きちんと飛行や走行することは出来る。


 しかし、墜落事故、衝突事故などは、自動的に阻止されてしまうのである。


 配偶者や子供や部下の頭をぶん殴る、必要以上に糾弾する、また差別する、いわゆるハラスメント行為なんていう『暴挙』も、当然ながらすべて最初から阻止されるか、エスカレートした時点で、すぐに中止させられる。


 体が動かなくなったり、開いたお口が、そのまま固まったりしてしまう。


 すべては、『第5平行世界製造』による、『地球政府中央安全管理コンピューター』が、常時全地球人を、監視しているのである。


 もちろん、強盗も、すりも、誘拐も、脅迫も、もはや、実行できなくなったのである。


 


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 しかし、その一方で『安楽死』『尊厳死』の問題は、なかなか最終的な解決はできなかった。


 しかし、これらも、やはり『第5平行世界』の医療技術が、どんどんと導入されることで、この世界の人類が抱えていた死に至る病の、90%以上が、完全治療可能となったことで、大幅に改善していった。


 外科的手術も、大進歩したのだ。


 したがって『安楽死』や『尊厳死』の適用されるべき必要範囲は、劇的に狭くなっていったのである。


 最後まで残ったのは、結局のところ、最終的な回避不能な『死』の問題と、個々のメンタルヘルスの問題だった。



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 この世界の地球人類の寿命が、一気に長くなったのは、だから、当然のことだったが、それでも、その、最終的な『死』の克服は、出来ていなかったのである。


 また、人間である以上、どの世界でも、ストレスからくる心労は完全には無くならないでいた。


 権力が存在する以上は、また、人間同士の関係がある以上は、これらは完全な排除は出来ないものである。


 殺すことも、自殺することも、出来なくはなったが、システムの小さな隙をついた『いじめ』や『いやがらせ』などは、結局のところ、これまた最後まで残っていたのである。


 ボーダーライン上の、外からは、きわめて分かりずらい行為などである。 



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 そこで、地球政府が打ち出した最後の切り札が、『自決権』だった。


 最終的な『自決』の権利は、本人が持つと、政府が確認したのだ。


 ただし、この権利の行使には、『申請』と『認可』が必要とされたのである。


 しかも、『自決』は事前に広報で『公開』されることとなった。


 『自決権』の行使をしたい人は、その具体的な理由、いじめならその実行者、自決の希望実行方法、場所、実行の希望日時、などを記載したデータを中央システムに登録するのだ。


 すると、中央の『安全システム』は、その内容を分析し、まずは個別の解決を図る。


 システム上の、話し合いなどだ。


 それでも、うまく解決しない場合は、自決実行希望日の3週間前に、全世界に向けて広報される。


 もし、『いじめ』『いやがらせ』などをしていたと認識した側が存在し、本人側に対して何らかの行動を起こして、その後話し合いなどの結果、本人側が『自決』を中止すれば、それでよし。


 それでもまだ解決の動きがなければ、こんどは専門のコンサルタント機関が動いて、さらなる調査と、双方の話し合いに応じ、こんどは、裁くべき者は厳しく裁く、という強硬措置も時には講じるのである。


 またそこまでは行かないような場合では、仲裁人が入って再度の話し合いの後、きちんと対策を講じる。


 それでもどうしても解決しきれない場合は、最終公示が行われ、本人は、認可された場所で、認可された方法で『自決』する。


 そうして、関係当事者は、全員その場に必ず、立ち会うことが求められる。


 この場合、一定時間、『安全システム』を局所的にも切らなければならず、それなりに大きなコストが発生しうるので、そこは、当事者たちが分担して、負担しなければならなくなる。かなりの高額になることが普通である。その額は、事前に通知されている。


  

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 さて、この制度の効果が、この先どう出るかは、まだよくわかってはいません。


 人間は、抜け道をすぐに探そうとします。


 実際、まだ改善の余地が多い、と、すでにこの世界の識者から、指摘もされています。


 実は、このシステムの、この平行世界への導入は、『第5平行世界』のエージェントだったわたくし自身が直に関わり、『第5平行世界』からの指示で、この世界に持ち込んだものでした。


『第5平行世界』は、この世界の援助と合わせて、実質的な支配を、計画していたのです。


 そこには、『資源の確保』という、最終的な大きな問題が関わっていたのです。  


 けれど、この世界のコントロールを巡って、その後『第5平行世界』の上層部と激しく対立したわたくしは、解任されたうえ、追放となり、もう故郷に戻ることも出来なくなり、この世界に移住しました。


 そうして、やがて『第5平行世界』との連絡は、なぜか、すっかり途絶えてしまったのです。


 脱出してきた他のエージェントから聞いたところでは、本家本元の『大中央コンピューター』が壊れてしまい、修理ができないまま、あッと言う間に、文明も社会も大混乱の内に壊滅したらしいのです。わたくしと似た考えを持った、ただしより高級な部内者による、テロだったかもしれないとも・・・


 他の平行世界への通路は、それにより、すべて閉じてしまったようです。


 わたくしは、現在『自決権』行使の申請をこの世界の『中央システム』に行っているのであります。


 原因は、つまり、わたくし自身なのですね。


 自責の念というものもあり、いまさら正体を正式に明かすことも出来ず、この世に生きる意味など、もう、何も見いだせなくなったから、なのです。


 すべての真実を述べる勇気は、・・・・やはり、どうも、ありません。


 どのような処罰が課されるか、ここまで進んだこの世界の未来がどうなるのかも、想像さえ出来ないのですから。


 でも、次の機会に、最後の機会に・・・全てを、ぶつけるべきなんじゃないか・・・とも思ってはいました。

 

 ただし、『中央システム自身』が、実際のところは、そのすべてを知っており、しかも、その情報は、この世界の人間には絶対に『公開不可』とされています。


 その『システム』が、いったい、どのような最終判断を行うのか。


 わたくしには、はっきりとは分かりませんが、普通に考えれば、当然難しい条件なしに、邪魔者であるところの、わたくしの『自決』が、許可されるものと思うのです。 


 しかし、『第5平行世界』が滅亡したのならば、ここの『中央コンピューター』自身の究極の仕事が・・・つまり、膨大な資源を『第5平行世界』に送り出すという仕事ですが・・・なくなったということでもあります。


 確かに、個人としては、この苦痛から、もう助けてほしいと言う、秘かな、ほのかな、気持ちは、あるのではあるのですが・・・・・



  ***   ***   ***



 自分としては、このシステムは、大失敗だったと思います。


 結局は『システム』にすべて頼ってしまい、本来人間自身が持つべき肝心のものが、抜け落ちてしまっていたのですから。


 それは、最終的には、『信頼』とか『助け合い』とか、『思いやり』とか『分け隔てのない公正な意志』とかいうような、比較的単純かつ、大きな勇気の必要な、なかなか実現困難な概念だったのですが。


 この世界の行く末が、我が故郷とは違って来ることを、今は、祈るしかありません。


 


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 その後、間もなく、この世界の『中央コンピューター』自身が、自決したことを、ご報告しておきましょう。


 わたくしは、生き続けなければならないのです。


 それが、正しい結末を生む可能性がある、唯一の選択肢であると、『システム』が身をもって教えてくれたのだろうか、と、考えたりもします


 世界は、巨大な分岐点にいました。



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