番外編(ユキノ編)

 私が神になってから、どれくらいの時間が経ったのか分からない。

 ただ、私は上級神に昇進した。 

 私を指導してくれたエリーヌ様やモクレン様も居なくなられた。

 何故、姿を消された――いや、自らの存在を消されたという表現が正しいだろう。

 今考えれば、モクレン様もエリーヌ様も上級神になられる試験を受けてから様子がおかしかった。

 その理由は私が上級神の試験を受けたことで分かった。

 試験の内容の一つが”前世の自分を受け入れる”だった。

 今まで封印されていた自分の過去と向き合うことが出来るのかが試される。

 前世の自分に耐えられなかったら上級神にはなれないどころか、今まで保っていた自我が崩壊する程の衝撃を受ける神もいるらしい。

 モクレン様がそうだったと、アデム様は話してくれた。

 あれだけ毅然としたモクレン様が、どのような自分の前世を見たのかが私には分からない。

 神によっては前世で悲惨な最後を迎えてから、神になる者もいるということだ。


「エリーヌ様は?」

「エリーヌは辞退したよ」

「辞退ですか?」

「もう自分のすることは全てやったと、満足そうに話していたよ」

「それは、自ら消滅する意思を選んだということなのでしょうか?」

「……そう解釈してもらってもいいかな」


 何百年も前になるが、私は上級神の試験に向かう前のエリーヌ様との会話を思い出す。

 たしか笑顔で「あとは宜しくね」といつもの軽い口調で試験に向かった。

 もうエリーヌ様の中では、試験の合否に関係なく神を引退することを決めていたのだろう。

 私はエリーヌ様の辛さを分かってあげられなかった自分を責めた。


「ユキノ。君がエリーヌの意思を引き継いだと思っていいのかな?」

「はい」

「それで前世の自分はどうだった?」

「はい。客観的に見ても、あの世界で一生懸命生き抜いたと思います」

「うん、そうだね――君にはまだ、見てもらう物があるんだ」


 アデム様は私が死んだ後の映像を流す。

 そこにはタクト様が私の後を追うように亡くなる姿があった。

 私はタクト様は長生きして、御兄様たちとエルドラード王国や世界のために尽力をしているものだと思っていた。


「君のいない世界は、彼の望む世界では無かったということだったらしいね」


 頭が混乱した。

 いろんな感情が私の体をかき乱す。

 自分の死以上に辛いものだった。

 私は戻しそうになり、ハンカチで口を塞ぐ。

 その時、ハンカチの刺繍に気付く。


「四葉のマーク……タクト様の‼」


 エリーヌ様の最初の使徒であるタクト様。

 元々、この四葉はエリーヌ様のものだった。

 それを私が引き継いだ。

 その時は記憶が無かったので、四葉のマークにそんな重要な意味があるとは思っていなかった。

 しかし、エリーヌ様は私とタクト様の関係を知っていたからこそ、私に四葉のマークを託して下さったに違いない。

 タクト様に愛され、エリーヌ様からは神としての基本から教えて頂いた。

 受け取るばかりだった私。

 二人の期待に応えなければ――。


「おや、なにか吹っ切れたようだね」

「はい」

「ユキノ。今より上級神を名乗るが良い」

「ありがとうございます」

「それと今、君が見た前世の記憶は時間と共に消えてしまうから、安心していいよ」

「……記憶を残すことは出来ないのですか?」

「残念だけど出来ないね。あくまで試験の一環として、前世の記憶を蘇らせただけだからね」


 アデム様の決定は覆らないと分かっていたので、私はこれ以上は何も言わなかった。

 そのことを悟ったアデム様は上級神となった私への説明を始めた。

 今まで担当していた世界の引継ぎから、次期中級神への推薦が急務になる為、すぐに取り掛かるようにと言われる。


「失礼します」


 私はアデム様と別れると歩きながら、ハンカチを取り出す。


「タクト様、エリーヌ様――」


 泣きそうになるのを必死にこらえる。

 こんな感情になるのは神になってから初めてだ。

 前世の記憶が影響をしているのは間違いない。


「ん、呼んだ?」

「えっ――エリーヌ様⁈」

「久しぶりだね、ユキノ」


 この状況が頭の中で整理が出来ない。


「エリーヌ様は消滅されたのではないのですか?」

「消滅? なんのこと?」

「上級神試験後に姿を消されたじゃないですか⁈」

「あぁ、それは上級神になったから、いろいろな世界を見て回っていたんだよ。今回、ユキノが上級神の試験を受けるって聞いて戻ってきたんだけど――」


 私は思わずエリーヌ様に抱き着く。


「ちょ、ちょっとユキノ。本当にどうしたの」


 慌てるエリーヌ様に構わず、私はエリーヌ様から離れなかった。


「アデム様もエリーヌ様が消滅したと言われてました」

「あぁ、それは私がアデム様に頼んだの」

「どうして――」

「だって、今は私とユキノは同じ上級神なんだよ。ユキノのことだから私がいたら上級神の試験を受けなかったでしょう」

「それは――」


 私は即答できなかった。

 エリーヌ様の言っている事は当たっていたからだ。

 いい意味でエリーヌ様との関係が心地好かった。

 師弟関係という言葉が、一番当て嵌まる。


「だから、私が居なくなったことにして、ユキノが上級神の試験に合格するまでの間、ユキノの前から姿を消したわけ。もちろん、その間は諸事情で表に名前が出ないように上級神たちに頼んだんだけどね」

「エリーヌ様……」


 エリーヌ様は私を自分から強引に剥がす。


「記憶は……前世の記憶は見たよね」

「はい」

「どうだった」

「別の自分でありながらも、どこか懐かしい感じでした」

「そうだね。私からしたら今も昔も、ユキノはユキノだけどね」

「この四葉のマークの意味や、タクト様のことも……」

「タクトか……懐かしいね。私の中でのタクト以上の使徒は今でもいないし、あれだけ楽しかったり、怒ったりしたこともないね。私の中でもタクトは特別な存在だからね――多分、タクト以上の使徒にはこれからも出会うことは無いだろうね」

「でも……タクト様も私のせいで――」

「……もしかして、タクトの死も見たの?」

「はい」

「そうか……でも、ユキノが気を止むことはないよ。あれはタクトの選択――いや、最後の我儘だったんだから」

「エリーヌ様はタクト様の最後を見られたのですよね」

「うん。本当の最後まで見届けたよ」


 エリーヌ様は私の死が分かってからのタクト様の行動や、亡くなった後のことを詳しく教えてくれた。

 既に忘れてもいいほどの時間が経過しているがエリーヌ様は、まるで昨日のことのように詳細な会話まで覚えているいるのか、私に話してくれた。


「タクト様らしいですね」

「でしょ。本当に最後の最後まで、タクトはタクトだったよ」


 懐かしい気持ちを抱きながら、エリーヌ様と会話をする。

 しかし、この話も時間と共に忘れてしまうか、意味の無いものへと変わってしまう。


「ユキノ。そのハンカチにタクトの名前を書いておきなよ」

「えっ、でも記憶が消えるから意味がなくなるんじゃ――」

「意味はあるよ!」


 穏やかだったエリーヌ様が突然、厳しい顔つきになった。


「私はこの時のために、この瞬間にタクトの約束を果たすために――」


 いつも笑っているエリーヌ様が怒りながら目に涙を浮かべていた。

 エリーヌ様はタクト様との約束を守るために長い年月の間、記憶の無い私がこの四葉のマークを受け継いでくれることと、その意味を伝えるためにタクト様との思い出を忘れずにいてくれたのだと知る。


「申し訳ありませんでした」


 私はエリーヌ様に頭を下げて謝罪をする。


「いいよ、別に。私も感情的になりすぎちゃったしね」


 顔を上げると、いつものエリーヌ様に戻っていた。

 私が思っていた以上にエリーヌ様とタクト様の絆が深かった。

 ハンカチを広げて四葉のマークの横にタクト様の名を書く。


「ちょっと貸してくれる」

「はい」


 エリーヌ様はハンカチを受け取ると、タクト様の文字の上に”最高の使徒”と付け加えた。

 書き終えたエリーヌ様の顔は、私が今まで見た笑顔の中で一番輝いていた。

 そして、私もエリーヌ様とタクト様のような関係を築ける使徒が居なかったことに後悔をする。


「これで忘れても大丈夫だね」

「はい。何度もエリーヌ様に聞くかも知れませんが宜しいですか?」

「うん、もちろん。何十回、何百回いや、何万回でもユキノに説明をしてあげるよ」

「私はそんなに忘れっぽくありませんよ」

「分かんないよ。ユキノもどこか抜けているとこがあるからね」

「それは、エリーヌ様譲りですよ」

「あっ、言ったな‼」


 私はエリーヌ様と笑う。

 今の私があるのは全てエリーヌ様とタクト様のおかげなのだと、改めて思った。

 そして、記憶を失ってもエリーヌ様からタクト様のことを聞き続けることで、気持ちの奥底に眠っているタクト様を思い出せれば――。


「じゃあ、行きましょうか。ユキノ上級神」

「もう、エリーヌ様ったら揶揄わないで下さい」

「ごめん、ごめん」


 タクト様のように第二の人生とは少し違うが、私の第二の人生もタクト様に負けないようにしようと心に誓った。

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