番外編(エリーヌ編-2)

「あぁ~~~!」


 一人になった部屋で、私は叫んでいた。

 モクレン様からの小言は……いつものことなので、上手く聞き流す技を身に付けている。

 問題はユキノが、私の補佐でなくなる。

 誰が私の世話をしてくれるのか!

 ユキノが居なくなると、私の快適な生活が破綻してしまう。

 だからと言って、モクレン様に反論したところで、論破されるのが目に見えている。


「あぁ~~~!」


 何度も心の叫びが、口から飛び出す。


「エリーヌ様、どうされたのですか‼」


 私の叫び声いや、私の願いがユキノに通じたのか、ユキノが部屋に入ってきた。


「ユキノーーーーー」


 私はユキノに抱き着く。


「おっ、落ち着いて下さい」


 ユキノは状況を把握できないのか、戸惑っている。


「ユキノは、ずっと私の世話をして‼」


 私の言葉に、ユキノは笑っていた。


「ずっとは、無理ですよ。エリーヌ様なら一人でも問題ありませんよ」

「そんなことないよ!」

「でも、私がお世話する以前は、お一人だったんでしょう?」

「それは……そうだけど」


 ユキノは出会う前の堕落した私のことを知らない。

 必死で隠して、出来る先輩の神として振る舞ってきた。



「大丈夫ですよ。エリーヌ様は私が尊敬する先輩なんですから」


 ユキノは優しい言葉を掛けてくれた。


「……ありがとう、ユキノ」


 私はユキノから離れて礼を言う。


「もう、エリーヌ様ったら、泣かないでください」

「泣いてなんかいないよ」


 私は強がった。

 そして、涙を拭うためポケットからハンカチを取り出し、目の前で手を止めた。


「……そうだよね」

「どうしましたか、エリーヌ様⁈」


 急に独り言を呟いた私を、ユキノは心配する。


「ユキノ……この印だけど、貰ってくれるかな?」

「えっ!」


 私はハンカチには、私とタクトで決めた私の印である『四葉』が刺繍されている。


「でも、これはエリーヌ様が大事な印だと――」

「ユキノが初めて担当神になったんだから、私からのプレゼントだよ。嫌だったら、別にいいよ」

「そんなことありません。……大事に使わせていただきます」


 ユキノは私の手からハンカチを取ろうとする。


「ダメ‼ 四葉の印は譲ってあげるけど、このハンカチはダメ!」

「あっ、申し訳御座いません」


 気まずそうなユキノを見て、私は悪いことをしたと感じた。


「ごめんね。でも、このハンカチは大事な……とても大事な物なんだ」


 私は懐かしい気持ちで、手に持っていたハンカチを眺める。

 まるで昨日のことのように、タクトと最初にあった時のことを思い出す。

 先輩からの助言を信じて、虚勢を張りながら接したにもかかわらず、呆気なくバレてしまい恥ずかしかったことも、今となってはいい思い出だ。

 誰にも言えない過去でもあるが……。


 ユキノに四葉を引き継いでもらうことは、ユキノが神見習いになった時から決めていたことだ。

 私の最初の使徒タクトが愛した女性……ユキノになら印をあげても、タクトも怒らないだろう。

 これは私なりのタクトへの恩返しでもある。


「本当に大事な物なのですね?」

「うん、誰にもあげるつもりはないからね」


 私は机にハンカチを広げて、ユキノに四葉のデザインを覚えさせた。


「なんだか、常にエリーヌ様の近くで見てきた印なので、自分の印になるという実感がないですね」

「そのうち慣れるよ」

「はい。でも、エリーヌ様は、これからどうするのですか?」

「どうって?」

「いえ、印を私に譲ってくれたので、今のエリーヌ様は印が無いんですよね?」

「あっ!」


 ユキノの指摘で気付いたが、確かにそうだ。


「ま、まぁ、優秀な私だから、すぐに新しい印を考えるから大丈夫よ」

「そうですね。エリーヌ様は優秀ですからね」

「そうそう」


 答えながらも、何も考えていないことだけは、絶対に悟られないように必死で誤魔化す。

 良くも悪くも今、私が担当している世界では、この印を使っているのはエクシズだけだ。

 理由は明確だ。そう、使徒が居ないから、印で活動をする必要が無いからだ。

 幸いにも、信仰度が高い世界ばかりなので問題はない。

 まぁ、優秀な私が管理しているからこそ、大きな問題もないのだろうが。


「ありがとうございます」


 ユキノは四葉のデザインを覚えると、私に礼を言う。


「なにか……四葉を見ていて、気になることでもある?」

「そうですね――エリーヌ様が管理されているエクシズの四葉商会でしたか? その商会に使われているのと同じですよね?」

「まぁ、元を辿れば同じだからね」


 ユキノの生前の記憶は全て消去されている。

 生前のユキノと、目の前にいるユキノは同一人物でありながら、別の存在だ。

 その時、私は今まで考えなかったことを考えてしまった。

 私という存在――。

 エリーヌと呼ばれる私は神になる前、どのような人生を歩んできたのだろうか?

 モクレン様なら何か知っているだろうが、聞いたところで答えてくれるわけが無い。

 それに聞いたところで、なにか変わるわけでもない。

 逆にモクレン様に不信感を与えてしまう気がする。

 口は出さないが、このことに気が付いた神たちもいるに違いない。

 


「大変かもしれないけど、頑張ってね」

「はい。でも、私はエリーヌ様の弟子ですから、私も優秀なはずです」

「確かに‼」


 私とユキノは笑う。

 こうやって、楽しい時間を過ごせるのも残り少ない。

 担当神になれば、楽しい事ばかりではないし、やらなくていけないことも山ほどある。


「まぁ、一応は私がサポートだから、何かあれば相談に乗るからね」

「はい、ありがとうございます」


 私は優秀な後輩ユキノの新しい門出を祝った。

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