第9話「人類の8割が変態、残り2割はド変態・前編」

 世の中には二種類の人間が居る。

 変態とド変態だ。

 生きとし生ける者全て何かしらの性的趣向を持ち、変態で無い者など一人も居ない。



「あ、オレ変態じゃないから」



 そう言う人間ほど人には言えぬ趣向の持ち主であり、ド変態な事が大概だ。


 そんなド変態にも大別して二種類の人間が居る。

 持ち合わせている性的趣向がヤバ過ぎてひた隠しにするタイプと、大っぴらにさらけ出してしまうヤバい輩だ。

 その点美羽莉は後者に当てはまる訳だが、智夏と美羽莉が通う学校にはもう一人大っぴらな変態が居た。


 東藤とうどう千峯かずみね、彼がそうだ。

 千峯は今年で18になる。高校三年生、秋兜と同学年だ。

 片やド変態、片や生徒会長、一見何の接点も無いように見える二人であったが浅からぬ因縁が二人にはあった。


 因縁と云っても一方的に千峯が秋兜を目の敵にしてるだけだったが……。

 千峯は超が付く程の目立ちたがり屋だった。

 目立ちたがり屋……、とは良く言ったもので。平たく言えば自分大好きなナルシスト、自己顕示欲の塊のような男だった。


 兎に角目立つ事が好き、自分に向けられる視線に最上の悦びを抱き勝手に興奮するクソ外道だった。

 そんなド変態千峯が学校で最も目立つ役職の生徒会長の座を狙わぬ訳が無く、昨年の生徒会選挙にも勿論立候補した。


 結果は惨敗、彼に入れられた票は微々たるもの。面白半分で投票した者達のお情け票だけだったのだが、その結果に彼だけが納得出来なかった。

 票が意図的に操作されただの、秋兜が不正を働いただの謂われの無い嫌疑を掛け教師を巻き込んで勝手に大騒ぎした。

 結果、彼は二週間の停学を食らう事になった。


 以来千峯は自分から生徒会長の座を奪っただけでは飽きたらず、停学にまで追いやった秋兜を目の敵にしていた。

 秋兜からすれば迷惑千万極まりなく、当人からは当然のように毛嫌いされていた。


 だが、不思議と生徒達からの人気は高かった。

 それは何故か?

 その答えは至極単純、見ていて面白いからだ。



「おはよう!」


「あぁ、知香おはよう」



 その日も千峯は生徒行き交う学校の校門に立っていた。

 何をしているのか?

 登校して来る生徒達に自分の姿を見せつけているのだ。


 まるで生徒達の登校を見守る教師のように。校門の前で腕を組み、春の清々しい風に自身の自慢の長髪を棚引かせながら登校する生徒達に「おはよう」と声を掛けていた。

 その顔は悦に入っている。



「お、おはようございます……」



 突然朝の挨拶をされた新入生が戸惑いながら答えると、実に満足そうに微笑みを浮かべた。



「何アレ……、キモいんだけど……」


「あぁ、東藤先輩よ。ヤバい人だから近付かない方が良いわよ」



 彼の事を知らぬ新入生から奇異の目を向けられているとも知らず。

 嫌……、そんな奇異の目すら彼には心地良かった。


 彼を良く知る者達はそんな彼を「又バカが目立ちたがってる」と嘲笑している訳だが、今では毎朝恒例の光景であり。

 彼を冷ややかに見守る事が生徒達の日課になっていた。


 そんなド変態ではあったが、決して千峯は悪い人間では無かった。

 無闇に暴力を振るう輩でも無く、嫌がる相手に無理矢理近付くような人間でもない。

 ただ、遠巻きから見られる事が好きなのであって、積極的に関わりチヤホヤされたいとは思わなかった。

 寧ろ、自分は特別な人間なのだから声は掛けるな、そう考えてる手前勝手な人間だった。


 今ではすっかりナルシスト変態に成り下がった千峯ではあったが、これでも中学生時代は一端の不良だった。

 海川かいせん中の東藤と云えばその昔は有名な不良であり。近隣の中学では知らぬ者が居ない程だった。

 だったのだが……、ある日喧嘩に負けた事によって悪ぶる事をやめた。


 それ以来すっかり丸くなった……、ならまだ良かったが。違う方向に尖った結果現在のナルシスト変態に変貌してしまう事になる。

 他人に迷惑を掛けない分マシにはなったのだが……。


 そんな変態千峯は日課の生徒出迎えを今日も勝手にしている訳だが、今日はそれ以外に目的があった。

 顔を合わせたい人間が二人いたのだ。


 毎日毎日校門の前で全校生徒を出迎えている為、全員の名前は知らないまでも殆どの生徒の顔は覚えている。

 しかし、最近校内で噂に上がる人物で顔を知らぬ者が二人居た。

 一人は先週転校してきた総治朗だ。


 総治朗は朝に弱く、更に時間にルーズと云うダメな人間であった為。何時も始業ギリギリでの登校は当たり前。

 変態と云う所を除けば模範的な生徒である千峰と今まで一度も顔を合わせた事は無かったが。

 そんな総治朗の学校内での噂は千峯にとって穏やかなものではなかった。


 背が高く、一見すると不良のように悪ぶって見え。背丈が似た秋兜とは違った雰囲気を持つイケメンと持て囃されていた。

 転校からまだ一週間も経っていないのに学内では総治朗ともう一人の話題で持ちきりだった。


 目立つ事が何よりも好きな千峯にとって、そんな話題をかっさらうように現れた総治朗に嫉妬しない訳が無かった。

 そんな話題の中心である総治朗の顔を一目見る事が今日の目的の一つだった。

 目に余るような輩ならばお灸をすえてやろうと考えていた。


 お灸をすえると云っても暴力を振るう訳では無く、自分の格好良さを見せ付けて如何に総治朗が取るに足らない凡夫なのかを思い知らせ。二度と話題の中心になろうと考えなくさせてやる。

 そんな下らない事を考えていた。


 勝手に自分の知らない所で目の敵にされている総治朗にとっては良い迷惑だった……。



「ふぁ……」



 一方的な嫉妬を抱き、校門前で変態が待ち構えているとも知らず。その日総治朗は彼にしては珍しく始業前に学校へ赴いていた。

 たまたま今日は寝起きが良く、すんなりと起床出来た為通常通りに登校して来た訳だが。それが不運の始まりだとは総治朗が知る由も無かった……。


 大きな欠伸をしながら校門前へと現れる総治朗。

 ほぼ全ての生徒の顔を把握している千峯だ。今まで見たことの無い生徒、しかも背丈からしてそれが総治朗だと悟ると千峯は総治朗の前に躍り出た。



「君が転校生の三瀬総治朗くんだね。僕は三年の東藤千峯だ。何やら分もわきまえず転校してからはしゃいでいるようだが、この学校のトップに立つ人間として今日は忠告に来させて貰った」



 寝惚け眼で歩く総治朗の前に突然千峯は立ちはだかると、千峯は威圧するようにそう告げた。

 そんな千峯の横を無言で通り過ぎる総治朗……。

 一瞬自分が無視された現実を受け止められず千峯は呆然とした。


 無視されたのか、この僕が?

 正か聞こえて無かった……?

 多分そうだ、突然親しげに声を掛けたから自分に声を掛けたと思わずに通り過ぎてしまったんだ。

 そうだ、そうに決まってる。僕に限って無視されるなんてある訳が無い。


 呆然とした後瞬時に自分に都合の良いように総治朗の行動を受け取ると、千峯は慌てて通り過ぎた総治朗の眼前に再び立ち塞がった。



「突然声を掛けて驚かせてしまったようだね……。すまなかった、非礼は詫びよう。改めて、僕は三年の東藤千峯だ。この学園のトップに立つ人間として君と差しで話をしに来た。少しだけ僕の話を聞いてくれるかい?」



 突然見知らぬ人間に声を掛けられれば戸惑っても仕方の無い事だ。そこは変態と云えど弁えている。

 だから千峯は自身の余りにも唐突な行動を反省し詫びを入れ、改めて総治朗にそう提案したのだが。



「嫌だ」



 総治朗は千峯の言葉を聞くと端的に拒絶し、又しても彼の横を通り過ぎて行く。

 流石の千峯もそんな総治朗の行動に焦りを抱いた。



「待て、待ってくれ総治朗くん! 僕は礼を尽くしたよ! 何をそんなに急いでるのか分からないけど、少しくらい僕の話を聞いてくれても良いんじゃないか? たった一年とは云え僕の方が年齢は上なんだ。もう少し年上に対する礼儀と云う物を示してくれても良いんじゃないか?」



 こんな性格だ、煙たがられる事は今までにあった。そう言った対応にはなれている。

 だが、ここまであからさまに拒絶されるのは初めてだった。


 総治朗が話題の中心になって気に食わないなどもうどうでも良い。

 無視されるのが嫌だった、気に止められない事が何よりも苦痛だった。

  だがら千峯は慌てて総治朗に食い下がった。



「あんたさ、礼儀どうこう言うんだったら初見の人間をいきなり下の名で、しかもくん何て親しげに呼ぶのは失礼だろ? 相手して欲しかったら三瀬さん、そう呼べ」



 そんな必死な千峯に対し総治朗は失礼極まりない返答をする。

 確かに総治朗の言う事は正論だったが。そもそも年上に対していきなりタメ口をきいてる総治朗の行動自体が礼儀に反していた。

 と云うか、総治朗の発言は最早命令でしか無かった。


 そもそも、前日に秋兜に敬称無しで下の名前で呼んでくれと彼が頼んだ訳で。

 昨日の自分の発言すら真っ向から否定するような言葉だった。



「おぉ、言われてみればそうだね。目上としてあるまじき行動だったよ、すまなかった」



 しかし、千峯はそんな総治朗の非礼など気にも止めなかった。先程までまともに口をきこうとしなかった彼が自分を相手にしてくれた事が何よりも嬉しかった。

 だから彼の返答を許容し言葉を続けた。



「少しだけ話す時間を頂けないかい三瀬さん? 転校してから困ってる事もあるだろう? 良ければ先輩の僕が相談に乗ろうじゃないか」


「そう言うのキモいから良いわ、そんじゃ」



 当初の目的も忘れ、総治朗に促されるまま改めて彼の名を呼び、極力柔和な物言いを心掛けた千峯の言葉を見事なまでにバッサリ切り捨て。総治朗は再び校舎へ向かって歩き始めた。

 余りにも冷淡な物言いに再び呆然とする千峯。


 しかし、今度は自分に抜け目は無いと云う自信が彼にはあった。そんなに冷たくあしらわれる謂れはなかった。



「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれ! いくら何でもその物言いはおかしいだろう! 僕は礼を尽くしたよ? 君に言われた通りにしただろ! 少しで良い、本当に少しで良いから僕の話を聞いてくれ!」



 だからこそ、即座に立ち直ると千峯は直ぐ様足早に去ろうとする総治朗の前に再び立ち塞がり懇願した。



「あーもう面倒くさいな! アンタ何かに興味無いんだよ、はっきり言われないと分かんないのか?」



 懇願した結果、今度はストレートに彼は眼中に無いと吐き捨てられてしまった。

 流石にそこまではっきり言われてしまっては、普通の人間ならそれ以上関わろうとはしないものだが。



「な、何故だ! こんなにも眉目秀麗な僕が声を掛けてあげてるのに、何故興味を抱かない!」



 先にも記したように千峯は普通では無かった。

 普通なら自分で眉目秀麗などと言ってしまう時点で異常者でしか無かったが。残念ながら彼は完全に異常者だった。



「教えてくれ三瀬さん、僕に興味が無いと言うなら一体君はどんな男に興味を持つんだ! ゴリゴリのマッチョか? それとも小さくて華奢なショタか!」



 一度ならず二度までも冷たくあしらわれた事によって千峯の理性は吹き飛んだ。

 冷静に考えれば自分が今どれ程おかしな事を言っているのか分かろうものだが、今の彼に自分の言葉を省みるような余裕は無かった。



「何なんだアンタはしつこいな! 強いて言うなら強い奴だ! ゴリゴリだろうが、小柄だろうが弱い奴に興味何て無いんだよ!」



 幾ら拒絶してもしつこく食い下がって来る千峯に総治朗は半ばキレ気味に吐き捨てる。

 総治朗としては彼から見れば千峯が弱く見え、相手をする価値もない人間に見えたからこその言葉であったが。

 その言葉を聞いた瞬間、それまで戸惑うしか無かった千峯の目の色が変わった。



「へぇ、君は強い人間が好きなんだね。それは奇遇だ、僕は今でこそ丸くなったが。中学の頃は一校を束ねる番を張ってたんだ。君がその気ならいつでも相手になるよ」



 総治朗の言葉で過去不良であった頃の血が騒いだのだろう。

 千峯はそう言うや、首に絞めていたネクタイを緩め、鋭い目付きで睨み付けながら総治朗に向かって構えを取った。


 その所作を見て呆気に取られる総治朗。

 初めは千峯の言葉が冗談かと思って我が目を疑ったが、何度見直しても千峯が本気にしか見えなかった。

 そして、その本気が何よりも問題だった。



「ぶ……アハハハハハッ! 五手って所か、あんた面白いな!」



 千峯が臨戦態勢に入るのを見た途端腹を抱えて笑い出す総治朗。

 総治朗が笑い出すと今度は千峯が呆気に取られ言葉を失った。

 しかし、直ぐに自分が笑われて居る事に気付きムッと表情を曇らせた。



「いやぁー、悪い悪い。俺もまだまだだな、あんたの力量見誤ったぜ」



 総治朗の態度に気分を害した千峯であったが、総治朗自身には悪気は無かった。

 むしろ、驚嘆にも近い感情を抱いていた。



「構えを取った途端雰囲気が変わるんだもんな。人は見掛けによらないって事だな」



 特技と言って良いのかどうなのか、総治朗は自身の鍛練に人生を捧げそればかりを追及してきた。

 まだ17才だ。未熟な部分もあるが、自分が、人が何れだけ強いか追及し続けて来た結果。対峙した相手が何れだけ強いか見ただけである程度は予測出来るようになっていた。


 その見立てにも多少の誤差はあるが、今まで大きく外した事は無く。千峯を一見した際はただの雑魚と見た彼の力量が、構えを取った途端跳ね上がって見えた。

 強さと云うものは所作に表れる。

 歩き方、手の動かし方、身のこなし全てにその人間がどんな鍛練を積んで来たのか宿り。無意識の中にこそ日頃の修練の結晶が表れると総治朗は信じていた。


 現に智夏がそうだ。一見すると小柄で10キロの米ですら持ち上げられるかどうかも危うそうに見えるが。彼は身のこなし方が常人と掛け離れていた。

 一歩一歩歩いているだけの姿を見るだけで、まるで全身の筋肉が躍動しているように見える。

 二日前の街中での不良との一悶着の際に、彼の見立てが正しかった事は証明された。


 ただ軽く腕を振り上げただけで宙を舞った中背の男。

 もしも智夏が本気で人を殴ったら……。

 その相手がもしも自分だったら……。

 そう考えただけで胸が踊った。


 そんな自分の眼力の未熟さを目の前に居る千峯には教えられた。

 生き方なのか、自己意識なのかは分からないが、所作に表れない強さもある事を彼に見せられた。



「本当は四手以上とはやり合わない主義なんだけどな……。いいぜ、アンタは特別だ。やってやるよ」



 最初は眼中になど無かった。実際見立てよりも強さが上がったとは云え、それでも総治朗が相手をするような人間では無い。

 だが、闘ってみたくなった。もしかしたら実際に手を合わせればもっと見えない何かを教えられるような気がしたから。

 総治朗はそう云うと、ゆっくり両拳を上げ構えを取った。


 その瞬間空気が張り詰めるのが千峯には分かった。

 普段武術などはやらない、喧嘩に明け暮れたと言っても過去の話だ。以前より千峯は遥かに劣っている。

 だと云うのに目の前に居る少年の強さが構えを取っただけで分かった。野生の勘が総治朗は自分よりも強いと警笛を鳴らしているのが分かった。


 だが、不思議と逃げ出したいとは思わなかった。

 総治朗の強さは分かった。喧嘩をした所で勝てないのは悟った。

 しかし、嬉しかった。先程まで自分に一切の興味を示さなかった彼が漸く感心を持ってくれたのだ。

 総治朗が自分を見てくれた事に感謝しながら。彼の思いに報いる為、千峯は総治朗に向かい踏み込んだ。


 こうしてこの作品は唐突なバトル展開を向かえた……。


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