第8話「恐怖・初デート」後編



「あれ、やっぱり美羽莉ちゃんだ。ほらほら総ちゃん見間違いじゃなかったよ、美羽莉ちゃんだよ! こんな所で何してるの?」


「おぉ、ホントに美羽莉だったな。何してんだよ?」



 土下座する一歩手前まで美羽莉が決意を固めていると。

 突然彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。



「三奈輪……、総治朗まで居るの? アンタ達こそ何やってるのよ?」



 その声に釣られ、そちらを見やればそこには三奈輪と総治朗が立っていた。

 珍し……くは無い、この二人は幼馴染み。昔から良く二人で遊んでいる姿を見てきた。

 だからそのカップリングは今まで散々見てきた。


 だが、その二人が日曜の昼間にこんな所で何をしているのか分からず。先程までの緊迫した状況も忘れ思わず問い掛けた。



「何って総ちゃん方向も分からなくなるバカでしょ? だから、又迷って迷惑掛けられないように街の中を案内してたのよ」


「バカって言うな、せめて方向音痴って言え!」



 そんな美羽莉の疑問に返された答えは微笑ましいものだった。

 確かに腕っぷしが強く、見掛けだけはしっかりしているように見える総治朗だったが。少し抜けている所がある。

 自身の腕を磨く事だけに注力し過ぎて、人として生きる上で大切な能力が劣っていた。


 にしても、それをオブラートに包む事無くヅケヅケと言ってしまう辺り相変わらず三奈輪は天然だ。

 天然と云うか、遠慮が無いと云うか……。

 仲が良いからこその発言ではあったが、その内問題を起こさないか心配になってしまう。



「あ、かす……、三奈輪ちゃん、総治朗さん!」


「あれ、智夏くんも居たんだ。皆で集まって何してるの? 私達も混ぜてよ」



 そんな天然三奈輪は智夏に声を掛けられるとそう言い、了承も得ない内に美羽莉の隣に鎮座した。



「おい三奈輪! たく……」



 三奈輪の突然の行動に困り果てながらも、見知った二人が居る以上直ぐに去る理由も無い訳で。

 総治朗はボヤきながらも三奈輪の後に釣られ、三奈輪とは真向かいの智夏の隣に腰かけた。



「まぁ良いや、智夏とは一度話をしたかったしな」



 そして、智夏を横目に見やりながら総治朗はそう言って笑みを浮かべた。

 そう言った総治朗の言葉に感激する智夏。

 こうやって話をしたい、そんな風に言ってくれる同年代の友人など今まで居なかった為。

 話をしたかったのはこっちの方ですよ!

 そう総治朗に答えたかったが。



「ちょ、ちょっと何でアンタ智夏くんに馴れ馴れしくしてんのよ! 何時知り合ったの? バカが厚かしくしてんじゃないわよ! 邪魔だからとっとと消えなさいよ!」



 智夏が答える前に又あの変態が余計な横槍を入れて来やがった。

 さっきまで秋兜に詰め寄られて泣きそうになっていたと云うのに、この変態はコロコロと態度を急変させる……。

 その秋兜はと云えば、突然の見知らぬ二人の登場で美羽莉を叱責する機を失い。どうして良いのか分からず立ち尽くしている。



「お前にバカって言われる筋合いはねぇーよ。俺達は親友になったんだよ、こんなに凄い奴放っておく訳が無いだろ。智夏とは何時か手合わせしなくちゃならないからな」


「あ、アンタ智夏くんとやろうって言うの! 冗談じゃないわよ、もし智夏くんに手を上げたら本気で殺すわよ!」


「おう、やってみろ。お前とも一回本気でやってみたいからな。願ったり叶ったりだ」



 そんな急激な事態の変化に着いていけず、困惑する秋兜を他所に二人は智夏を巡って口論を始める。

 昨日総治朗とは闘わないとはっきり告げた筈なのだが……。



「二人ともバカだからおあいこじゃない?」


「誰がバカだ! こいつと一緒にすんな三奈輪!」


「そうよ、こんな万年脳筋バカと一緒にするんじゃないわよ!」



 二人の言い争いに三奈輪までもが加わり、事態は余計収拾がつかなくなっていく。

 騒々しい……、先程まで窮地に立たされていた美羽莉も見知った二人との会話で本来の彼女のペースを取り戻していた。


 良く知らない人間たちの会話だ。他愛ないやり取りだ。

 本来ならこんなもの見せられても困惑するしかない。

 秋兜がそうだ、席の前で立つ自分を尻目に唐突に小競り合いを始められれば呆然と見つめる事しか出来ない。


 しかし、智夏は違った。

 何故か自分を取り合うやり取りから始まったその光景が微笑ましく見えて仕方がなかった。


 こう言った場に身を置く事が夢だった。

 端から見れば取るに足らない会話で盛り上がり。年相応に表情をコロコロと移り変わらせる。

 高校生と云えどまだ子供なのだ。これが当然の情景であり、これが普通の光景と云えた。


 だが、智夏は今までそんな当然の中に居る事が出来なかった。居たくても周りが許してくれなかった。

 敬遠され、爪弾きにされ、身を置く事が出来なかった普通の中に今自分が居る。

 そう考えると嬉しくて微笑まずにはいられなかった。



「て言うか美羽莉ちゃん、さっきから不思議だったんだけど。ここに立ってる総ちゃんばりに大きい人誰?」



 醜い罵り合いを繰り広げ騒ぎ立てる三人を他所に。未だ席の前で立ち尽くし、そんな三人のやり取りを見せ付けられる秋兜の存在に漸く気付いた三奈輪は、美羽莉にそう問い掛けた。

 それと同時に一斉に秋兜に集まる視線。

 それまで一切側に立ち尽くす自分を気にも止めず騒ぎ立てていた人間たちが、唐突に自身を注視した事に秋兜は戸惑ってしまったが。



「あぁ、そいつは外道よ。気にしなくていいから」



 問い掛けを受けた美羽莉の恩知らずも甚だしいぞんざいな答えを聞いて、沈静化していた筈の秋兜の怒りが再び爆発した。



「誰が外道だ! 調子に乗んなこのバカ!」



 その場のテンションとは云え、先程まで窮地に立たされていた自分の立場も忘れ。偉そうに自分を貶した美羽莉の言葉に秋兜はそう叫ぶや、最早お馴染みとなったスリッパの一撃を美羽莉にお見舞いした。



「ギャーーー!」



 スパーンッ、と云う再び響い小気味よい音と共にこだまする美羽莉の絶叫。

 テンションに身を任せ不用意な発言を控えなければその内脳の血管が切れてしまうのでは……。そう心配になってしまうほど苦しみもがいていた。



「おぉ…、美羽莉に一撃食らわせる何てやるなあんた。俺は三瀬総治朗、今週こっちの方に越して来たばかりなんだ。そいで、そっちのすっとぼけたのが三奈輪って言うんだ」


「春日三奈輪です、よろしくお願いします」



 美羽莉が悶え苦しむ中、彼女に一撃を食らわした事に感嘆しながら総治朗と三奈輪は自己紹介をした。

 二人とも美羽莉の幼馴染だと云うのにその身を心配する素振りを見せない辺り、彼女の人望の無さが窺えた。



「あ、どうも……。俺は瀬名秋兜、そこのバカの一個上でお目付け役って言えば良いのか……。そのバカが暴走した時に止めるのが俺の役目だ」



 そんな二人の自己紹介を聞くと、戸惑いながら秋兜も自己紹介をした。

 最初自分と美羽莉の関係を説明する言葉に詰まったが、良く良く考えれば美羽莉暴走を止められる者も止めようとする者も彼しか居ない訳で。最後は胸を張って美羽莉を抑止する役目を担っている事を告げた。



「美羽莉の暴走を止める……、はは、あんた面白いな」



 秋兜の言葉を聞くと総治朗は快活に笑った。

 総治朗と美羽莉の関係は長い、互いの両親が元々幼馴染であった為。物心ついた頃から彼女の事を知っている。

 誰かに命令されてはいそうですかと簡単に人の言う事を聞くような人間で無い事は良く知っている。


 それなのに彼女のお目付け役だと言い、実際にスリッパで叩いて制止してみせた。

 その言動に、行動に驚嘆しながらも。自分の知らない美羽莉の弱さを見て笑みを浮かべた。



「ねぇねぇ智夏くん、瀬名って事はこの人もしかして……」



 そんな秋兜の自己紹介を聞くと、総治朗とは違いその名字に疑問を抱いた三奈輪が智夏に問い掛けた。

 三奈輪の問い掛けを聞くと、秋兜と自分の体格差と真逆とも云える容姿では兄弟だと分かる筈も無いと察した智夏は。彼女の問い掛けが終わる前にその疑問に答えた。



「うん、僕のお兄ちゃんだよ」


「え、嘘! お父さんじゃないの!」



 答えたのだが、智夏の予測と三奈輪の問い掛けは違っていた。

 智夏の答えを聞くと三奈輪は心の底から驚いたようにそう叫んだ。



「いや、お前流石にそれは無理あるだろ……。て言うか、美羽莉の一個上って言ってたの聞いてなかったのかよ……」



 三奈輪の天然極まりない言葉に思わず総治朗は突っ込みを入れてしまう。

 確かに親子ほど体格は違うが、秋兜の顔立ちにはまだ少年らしいあどけなさが残っている。

 それに加え総治朗の言うように年齢を本人が口にしていた。

 それを聞いていたのにも関わらず親子だと勘違いするなど、三奈輪の天然さにその場に居た全員が呆れてしまった。



「人が苦しみ悶えてるって言うのに……、あんた達はその横で何談笑してんのよ! 私の事をもっと心配しなさいよ! それでも幼馴染なの!」



 三奈輪の天然さに呆れる四人の片隅で痛みに悶えていた美羽莉は、自分を心配する素振りも見せず楽しげに会話する幼馴染に向かって叫んだ。

 彼女の憤りも尤もだ。スリッパとは云え花も恥じらう乙女が頭を叩かれ苦しんでいると云うのに、何を放置して笑っているんだと普通の神経の人間なら怒りを抱くだろう。



「それはテメーがふざけた事ばかり言ってるからだろうが! あんまり調子に乗ってるともう一発食らわせるぞ!」



 しかし、苦しみもがく元凶を作り出したのは美羽莉自身であり。

 自分の罪を棚に上げ、偉そうに憤る彼女に対し秋兜はそう吐き捨て手に持つスリッパを振り上げてみせた。



「ひぃぃ、ごめんなさい!」



 ついこの間までの彼女なら、やれるものならやってみろと強気に出ただろうが。

 今では秋兜は智夏の兄、将来的に見れば自分の義兄になるかも知れない人物なのだ。

 それまでの力関係は完全に崩壊し、美羽莉は秋兜の威圧に逆らえなくなってしまった。



「はは、こんな汐らしい美羽莉見た事ないぜ! おもしれー!」



 秋兜の言葉に怯えきった美羽莉を見て総治朗はそう言って腹を抱えて笑った。

 腕っぷしが並みの男達よりも強く、今まで媚びる姿も臆する姿も見せたことが無かった彼女が背丈が大きいとは云え普通の少年に頭が上がらないのだ。

 今まで尊大な彼女しか見て来なかった総治朗にはその姿が愉快にしか見えなかった。



「えっと、三瀬くん……だったね」


「名字はむず痒いから総治朗でいいぜ、俺こいつと同い年だから秋兜先輩の一個下ね。くんも要らない、呼び捨てで良いから」


「私も私も! 三奈輪で良いですよ先輩」



 美羽莉の姿をケタケタと笑い転げて見る総治朗に秋兜はよそよそしく声を掛ける。

 総治朗と三奈輪が幼馴染なのは美羽莉の言葉から分かった。

 だが、彼の事で分かっている事は名前と関係性と転校してきた事だけだ。


 確かに学校で二年に転校してきた生徒が居ると生徒会長の秋兜の耳には入っていた。

 そんな噂を聞いていた秋兜はそれが総治朗の事なのか確認するべく声を掛けたのだが。

 秋兜の他人行儀な呼び掛けを聞くと総治朗はそう答えた。


 呼び捨てで構わない、下の名前で呼んで欲しいならそうする。

 しかし、年が一つ下と分かって、更に言うなら初見の人間に何故タメ口を使う……。


 余りの総治朗の馴れ馴れしい言葉使いに思わず秋兜は不満を抱いてしまうが。

 彼の人当たりの良い雰囲気と、元を正せば美羽莉がろくに敬語も使わない事から礼儀云々口煩く言う事をやめた。



「なら総治朗……、と三奈輪ちゃん。君達はそのバカの幼馴染なんだな」


「ああ、そうだな。親が古くからの知り合い何だよ。昔は俺の実家まで遊びに来てよくつるんでたんだ」


「そうそう、後、虎汰朗こたろうって私の一個下の子も居て皆で遊んでたんですよ」



 秋兜の問い掛けにそう答えた総治朗と三奈輪。

 三人が昔からの友人なのはその言葉で分かったが、補足のように付け足された三奈輪の言葉で又余計な情報が飛び出秋兜は混乱してしまう。


 三奈輪ちゃん、まだ君の年齢を聞いてないよ……。

 何より虎汰朗って誰なの……。

 さっきの発言といい、今のこの発言といいこの子は完全に天然だな。

 ちゃんと会話しようとすると苦労しそうだ……。


 三奈輪の余計な補足に困惑する秋兜だったが、彼への助け船は思いもよらぬ所から出された。



「三奈輪ちゃんはね僕と同級生何だよお兄ちゃん。昨日まで話した事無かったけど、今は僕の友達なんだよ」



 そう嬉しそうに三奈輪の捕捉をしてくれたのは智夏だった。



「うん、そうですよ。昨日私達お友達になったんですよ」



 智夏の言葉を聞くと満面の笑みを浮かべながら三奈輪は彼の言葉に同調した。



「虎汰朗くんってのは名前は昨日聞いたけどまだ僕も会った事がないね。どんな子なの?」


「虎汰朗? えっとねぇ……、身長は智夏くんよりも少し低いけど、頭の中は総ちゃんみたいなバカだよ」


「へぇ、そうなんだ。中学三年生で僕より小さいって大分小柄なんだね」



 智夏は一つ一つ彼女が出した見知らぬワードを優しく問い掛けていく。

 そんな智夏の丁寧な誘導に乗せられ三奈輪は虎汰朗について説明した。


 見事と云う他なかった……。

 美羽莉と総治朗との会話を聞く限り幼馴染ですら彼女を制御出来ていないと云うのに。智夏はしっかりと手綱を握っている。


 そう言えばそうだった。家に40代の子供が居たな……。

 普段大人びている秋兜はどうしても小春の挑発に乗ってしまい子供じみたやり取りをしてしまうが。智夏は小春の扱いが上手かった。

 外見はそっくりなのに対照的な親子。

 智夏は冬華似だと言われ、逆に秋兜は小春似だと良く言われる。


 そう言われる度にあんな子供と一緒にするなと秋兜は目くじらを立ててしまうが、今回の智夏と三奈輪のやり取りを見てそれもあながち間違いでは無いと認識してしまう。

 外見はまだまだ子供だが、秋兜とは違った大人の部分を智夏は持っていると認めさせられた一幕であった。



「ちょっと何智夏くんと楽しげに話してるのよ三奈輪! アンタ正か智夏くんに気があるんじゃないでしょうね!」



 そんな和やかな一幕をぶち壊しにしてしまう子供がもう一人居るのを秋兜は忘れていた。

 美羽莉だ。

 秋兜の脅迫に脅えていた筈の美羽莉は、智夏と三奈輪が仲良さげに談笑している様を見せ付けられ。自分が置かれる状況も忘れてそう吠えた。



「気があるって何美羽莉ちゃん? 友達だもん、お話くらいするよ」



 そんな突然食って掛かって来た美羽莉をのんびりとした口調でかわす三奈輪。

 この子は本当に打算の無い天然だとその返答から察した瀬名兄弟だったが。

 智夏の事になると周りが一切見えなくなってしまう美羽莉は三奈輪の言葉では納得ができる訳も無く。



「すっとぼけた事ばかり言ってるんじゃないわよ! 天然の振りして智夏くんとお近づきになろうって魂胆なんでしょ! あんまり調子に乗ってると――」



 我を忘れ三奈輪に詰め寄る美羽莉。

 お前こそ本当に幼馴染か……。そう突っ込みを入れたくなるほど醜い嫉妬を抱いていた。


 このままでは暴走した美羽莉が又要らぬ騒動を巻き起こしてしまう……。

 そう危惧した秋兜は美羽莉の話が終わる前に、無言で手に持ったスリッパを再び振りかざした。



「ひぃぃぃ、調子に乗ってすいませんでした!」



 秋兜がスリッパをかざした途端、再び頭を抱え縮こまり。謝罪しながら脅える美羽莉。

 学習能力が無いと云うか……。

 智夏の事が好きな事は重々理解出来たが。暴走する度に秋兜に止められる事くらいそろそろ学べと注意したくなってしまう。


 そんな幼い頃から良く知る美羽莉の見慣れない姿に先程まで彼女を嘲笑っていた総治朗は、今度は驚いたような表情を浮かべていた。



「総治朗さん?」



 その表情にいち早く気が付いたのは隣に居た智夏だった。

 つい先刻まで大笑いしていた彼が急に押し黙った事に違和感を覚え、総治朗の表情を見れば美羽莉の姿を複雑な表情で見ているではないか。

 その表情からは彼の内心が汲み取れず、思わず智夏は総治朗に語り掛けた。


 智夏の呼び掛けを聞くと総治朗は智夏を見下ろした。

 自分の遥か下から仰ぎ見る智夏の目を数秒見つめたかと思うと。柔和な笑みを浮かべながら「ポンポン」と智夏の頭を優しく叩き。



「ホント、今日は面白いものが幾つも見られるぜ」



 そう意味深な事を呟いた。

 総治朗の言わんとしている事が何かこの時の智夏には分からなかったが。総治朗が楽しそうに笑っているならそれで良いと結論付け、深く追及する事をやめた。



「全く……、俺一人じゃ制御しきれないな……。おーい明子、何時までも一人でそんな所にいないでこっちに来てくれよ! 冴岸の相手は俺だけじゃ無理だ」



 そんな智夏と総治朗のやり取りをよそに、未然に防いでいるとはいえ。何度制止しても行いを改めない美羽莉の相手に疲れた秋兜は、忘れられたように未だ離れた席に座っている明子に助けを求めた。



「わ、私? いや……、今更その輪の中には入り難いんだけど……」



 秋兜に助力を求められた明子はハブられていた事を根に持つようにそう呟きながら、五人の席までやってくると。



本條ほんじょう明子あかねでーす。秋兜と智夏の幼馴染で、美羽莉の同級生且つ親友でーす」



 持ち前の人当たりの良さを前面に押し出しながら自己紹介をして三奈輪の隣に着席した。



「明子、助けて! 私何も悪いことしてないのに秋兜先輩がイジメるの!」


「うん、全部見てたけど全面的にアンタが悪い。助ける気は無いわよ」


「そんな……!」



 明子の登場によって四面楚歌となってしまった美羽莉は味方を得られたと喜び勇み、明子に助けを求めたが。一部始終を見ていた明子が彼女の嘘に同情するわけもなく。バッサリと美羽莉の助けを切り捨てた。

 その返答に心の底からショックを受ける美羽莉。何故そんな見え透いた嘘が通じると思ったのか、逆に問いたくなる程衝撃を受けていた。



「総治朗、隣座るぞ」



 そんな美羽莉と明子のやり取りを見て、自分以外に漸く三奈輪を制止してくれる人間が現れた事に安堵した秋兜は、総治朗に断りを入れて彼の隣に座った。

 秋兜と明子が着席した事によって、男3人女3人の構図が出来上がり。



「何かさ、男女6人で向かい合ってると合コンみたいじゃない?」



 冷静になると明子の言葉のように合コンをやっている光景にしか見えず。彼女の言葉を機に全員が気まずさを覚えてしまった。



「合コンって、智夏くん以外ゴミじゃないの。そういう事はもっとカッコいい男集めて言ってよ」



 そんな重苦しい空気をぶち壊したのはやはり美羽莉だった。

 重苦しい空気どころか、漸く和やかな空気が流れ始めたと云うのにその和やかすらもぶち壊してしまい。



「お前にゴミって言われる筋合いはねーぞ美羽莉! 図体だけデカいお前も似たようなもんだろーが!」


「そうだ、総治朗のいう通りだ! お前の方がよっぽどゴミだバカ岸!」



 秋兜と総治朗から大顰蹙を買ってしまった。



「ねぇ、智夏くんお腹空いてない? 何か頼む?」



 しかし、合コンと云う言葉で目の前の智夏の存在を再び意識した美羽莉は二人の罵倒を無視して智夏に語り掛けた。

 その美羽莉の問いかけに、智夏は実に迷惑そうな表情を浮かべながら。



「冴岸先輩の顔を見ながらご飯食べると不味くなりそうなんでいいです」



 と美羽莉の心を抉るように吐き捨てた。

 智夏の余りに酷い返答を聞くと、美羽莉はショックの余り口をあんぐりと開け真っ白に固まった。



「うわ……、大人しそうな顔して結構えげつない事言うんだな……」



 智夏の言葉に引いてしまった総治朗は思わずそう漏らしてしまうが。智夏はニコニコと笑いながら何の事だか分からないと言わんばかりにとぼけていた。


 それから6人は二時間ほど、ああでもない、こうでもないと他愛ない会話を交わした。

 最初はよそよそしかった言葉遣いも、会話と時間を重ねる毎に和らいでいき。最後には数年来の友人のように、気兼ねなく話せるまでになっていた。

 こんな場で、こんな大人数で楽しく会話をした事が無かった智夏は終始満面の笑みを浮かべ誰よりもこの状況を楽しんでいた。


 秋兜と明子に促され、最初は嫌々美羽莉とデートする羽目になってしまったが。今ではそれを感謝していた。

 不本意ではあったが、そのきっかけを作ってくれた美羽莉に心の中で感謝した。


 しかし、そんな楽しい一時を過ごす秋兜と明子を除く四人は失念していた。

 美羽莉の弟であり、智夏の初めての友達であり、総治朗と三奈輪のもう一人の幼馴染である尊士の存在を……。

 総治朗と三奈輪に至っては尊士を幼馴染にカウントすらしてくれなかったとも知らず尊士はその頃カップラーメンをすすっていた。


 そんな楽し気な催しが開かれている事を尊士が知るのはこの次の日だった。

 その話を楽し気に智夏から聞かされ、自分だけハブられた事に彼が深い絶望を感じた事は言うまでもなかった……。


 哀れ尊士……。

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