くみちゃんと虹

さゆねこ

第1話

 雨が上がって、おかあさんがたまっていた洗濯物をお庭で干しています。

 縁側でくみちゃんはお人形と遊んでいました。


 ふと、くみちゃんはお空を見上げました。

「おかあたん、おかあたん!」

 くみちゃんはお空を指さし、くみちゃんがお空で見つけたお空に浮かぶとてもきれいなものを、お洗濯物を干している母さんに教えてあげます。


「なあに、くみちゃん?」

 おかあさんがくみちゃんの声に振り向き、くみちゃんが指さおす空を見上げました。

「あら、きれいな虹ね」

 お母さんが言いました。


「にーに?」

 首をかしげ、くみちゃんが聞きますした。

「そう、虹よ、とってもきれいね」

「にーに、きえい……」

 くみちゃんはうっとりとお空の虹を見つめました。

 そんなくみちゃんにお母さんはにっこり微笑みました。

「もう少し待っていてね、おかあさん、お洗濯ものを全部干してしまうから」

 そういって、おかあさんはくみちゃんに背を向け、また洗濯物を干します。


 虹を見つめていたくみちゃんは母さんの方を向き、言いました。

「おかあたん、にーに!」

 おかあさんが、くみちゃんの方を振り返りました。

「後でね、お母さん、お洗濯もの全部干してしまわないといけないから」 

 そう言うと、おかあさんは物干し竿の方に視線を戻し、洗濯物を干しの続きをはじめました。


 くみちゃんはお母さんと虹を交互に見て小首をかしげ考えました。

 それから、よっこいしょと縁側をおり、靴を履きとっとことっとこ歩いてお庭の木戸のところに行きました。


お庭の木戸を開け、くぐり抜けるとくみちゃんは虹に向ってとっとことっとこ歩いていきました。


 とっとこ、とっとこ、とっとこ、くみちゃんは歩いていきます。


 虹を見上げ、どんどん、どんどん、虹に向って歩いていきます。

 でも、なかなか虹のところまでたどり着きません。

 

 くみちゃんが歩けば歩くほど、虹も向こうに行ってしまいます。

 だから、くみちゃんもむきになって虹を追いかけます。


 たくさん、たくさん歩きました。

 でも、いつまでたっても、虹に追いつけません。


 くみちゃんは悲しくなってきました。


 どうしたら、虹のところに行けるのでしょう?

 なんだか、お空の虹が薄くなってきたような気がします。


 いちょがないと(いそがないと)。

 くみちゃんは虹に向って、よちよち走り出しました。


 そんとたん、ぬかるんでいた地面に足をとられ、すてーんと、くみちゃんは転んでしまいました。


「うっえ~ん」

 くみちゃんは泣き出しました。


「うえん、うえん、うええ~ん」


「あん、あん、あん」


 地面に倒れたまま、くみちゃんは泣き続けます。


 でも、いつまで泣いても、

 どうしたの、くみちゃん?

 という、お母さんの声が聞こえません。


 くみちゃんは、地面に手をつき立ち上がると、そっと、周りを見回しました。


 え?


 くみちゃんはおどろきました。


 目の前にあるおうちは、くみちゃんの知らないおうち。

 その隣のおうちも、くみちゃんが初めて見るおうち。


 道の反対側に並んでいるおうちも、みんなみんな、くみちゃんの知らないおうちばかりです。


 そして、お母さんの姿はどこにもありません。


「びえ~ん!」


 くみちゃんは、さっきよりももっと大きな声で泣き出しました。


「おかあたん、おかあたん、おかあたん!!」


 くみちゃんは、なきながらお母さんを探します。


 その時です。


「くみ!?」

 

 くみちゃんの名前を呼ぶ声がしました。

 くみちゃんは声が聞こえたほうを見ました。 


 青い顔をしてこちらにかけてくるおかあさんが見えました。


「おかあたんっ!!」

 くみちゃんも、お母さんに向って駆けだしました。


「くみ!!」

 駆けよってきたくみちゃんを、お母さんが抱きしめました。


「おかあたん! おかあたん! おかあたん!!」

 くみちゃんも、おかあさんにしがみつきます。


 お母さんの胸にだかれ、くみちゃんはなんだかとっても暖かくなりました。

 しばらくくみちゃんを抱きしめていたお母さんが、そっとくみちゃんの体をお母さんから少し離し、くみちゃんを見ました。


「あらあら、泥だらけじゃない」

 くみちゃんのほおについていた泥をぬぐいながら、お母さんがいいました。

 そういうお母さんのほおには涙が。

「おかあたん、なんな?」

 くみちゃんがお母さんの涙を指で触りました。


「ふふ、くみちゃんが心配かけるから」

 おかあさんはくみちゃんを抱き、立ち上がりました。

「くみちゃん、どうしておうちを勝手に出て行ったの?」


「にーに」

 くみちゃんが答えます。

「にーにって、まさか虹のところに行こうとしてたの?」

「あい」

 そう言って、虹を指さしたくみちゃんはびっくりしました。


 お空にあった虹がうすくうすくなって、今にも消えてしまいそうになっていました。

「にーにない、にーに、ないないだめ!」


 くみちゃんは、おかあさんに腕中から体を乗り出すようにして両手を虹に伸ばしました。

「にーに、ないない、だめ!」


「ああ、虹はもうおわりね」

 うすくなっている虹を見上げ、お母さんが言いました。

「おわり?」

 くみちゃんがお母さんを見つめ聞きました。

「そう、もう終わり、虹にバイバイね」


「ばいばい、だめ、にーにないないだめ!」

「今日はもう虹さんはお休みなの、また今度ね」

 お母さんの腕の中から飛び出さんばかりに虹に両手を伸ばすくみちゃんに、お母さんが言いました。


「にーに、おやちゅみ? またこんど? にーに、またある?」

「ええ、またいつかお空に戻ってくるわ。だから今日はバイバイしておうちに帰りましょうね」

 おかあさんのその言葉に、それでもまだ名残をしそうに消えゆく虹をしばらく眺めた後、

「にーに、ばいばい、またあちた」

 そういって、くみちゃんは虹に手を振りました。

「帰ってお風呂に入りましょうね」

 明日は多分、むりよね、と心の中で苦笑しながら、おかあさんはくみちゃんを抱っこして家へと向かいました。


 家に帰る道すがら、いっぱい歩いたくみちゃんは疲れてお母さんの腕の中で眠ってしまいました。


 夢の中、くみちゃんはふわふわした雲の上にいました。

 雲の中から大きな虹が出ています。

 その虹のそばにくみちゃんは立っていました。

 

 キラキラと光る七色の虹、見ているとなんだかとってもおいしそう。


 くみちゃんは虹を食べてみたくなりました。


 くみちゃんは、そっと手を伸ばし虹の端っこをつかんで上に折りました。

 ぱりん!

 という音がして、小さな虹のかけらが手の中に残りました。


 ドキドキしながらくみちゃんはほおばりました。


 しゅわしゅわしゅわー。

 虹のかけらはお口の中で心地よい音を出しながら溶けていきました。


 甘くて冷たくて、とてもおいしい!

 くみちゃんはもうひとかけ食べました。


 しゅわしゅわしゅわー。

 虹はくみちゃんのお口の中ではじけて溶けていきます。

 くみちゃんはとっても楽しくて嬉しくなりました。


 そのとき、どこかからくみちゃんの名前を呼ぶ声がしました。

 おかあさんの声です。

「あーい」

 くみちゃんは返事をして、声のした方へ駆け出しました。

 

 でも、くみちゃんは数歩進んで立ち止まました。

 そして、くるりと向きを変え、虹のところに戻りました。


 虹に手を伸ばし、

「おかあたんと、おとうたんと、にーたんのぶん」

 そういいながら、ぱりん、ぱりん、ぱりんと虹のかけらを手に入れ胸のぽっけにしまいました。


 おかあさんと、おとうさんと、おにいちゃんの分を手に入れたくみちゃんは、くるりと虹に背を向け、くみちゃんを呼ぶ声の方にかけだそうとしました。

 でもまたくみちゃんは虹の方を振り返りました。


 虹に手を伸ばし、

「くみたんのぶん」

 そういって、くみちゃんは、ぱりんと虹のかけらをとりました。

 自分の分もぽっけに入れて今度こそ、くみちゃんはおかあさんの呼ぶ声の方へ走っていきました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くみちゃんと虹 さゆねこ @sauneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ