第24話 怒り心頭の者たち

 エストック領、豊穣の祭りのメイン広場。日がすっかり落ちて屋台もたたまれ、住民たちが役人の指示によって解散させられた広場にまだ残っている人たちがいた。

 ミカエルと柳、さらにクリストファーが風の妖精に呼びに行かせたエリザベートの母親ーーエストック伯爵夫人とその付き人が、人が去っても灯りを消さずにおいた広場で深刻そうな顔をして話し合っている。

 無茶をした我が子のことを思うと気絶しそうになる。しかし、夫から留守を預かっている伯爵夫人の責務として、突如現れた魔の種について対策を進めなけければ。現場保存は一段落したし、自警団へ出す警告文の下書きも考えないと、一旦屋敷に戻った方がいいかしら、と夕暮れの空を見上げる。ふと、地平線の向こうへ消えた夕日の残光と、長女が連れ帰ってきた少年の目に焼きつくような色をした赤髪が重なって思えた。

 あのとき一緒に踊りの輪にいた若者たちは突然消えた2人のことを心配して役人に詰め寄っていたが、機転を効かせたミカエルが誤魔化し、明日には何が起きたのか説明することを約束することで、ひとまず帰宅するようにという指示を聞き入れてくれた。気のいい者たちばかりなのだ。せっかくの祝祭を台無しにされた、とは誰一人として思っていなかった。


 クリストファーは緑と橙の柱の間にいた。里見とエリザベート、若者たちが輪になって踊っていた場所だ。クリストファーの裾の長い白いローブがぼんやりと夜陰の中、浮かび上がっている。

 2本の柱の中央あたりに膝を着き、まっすぐ立てた杖に軽く額を当てて目を閉じ、微動だにしない。集中力を極限まで高めて魔法を展開している最中だ。

 咄嗟にかけた『無音のしるべ』以外にも、使われた魔法の波形を測定する魔法、旅をする中で各地に設置してきた低級使い魔の様子をチェックする魔法など上級魔法を複数同時に行使している。

 さらには、これはクリストファーにしかできないことであるが、妖精たちの手も借りた。直前まで緑の女神と橙の女神に捧げる祭りをしていたため木の属性・土の属性の妖精たちが大勢集まっており好都合だったのだ。妖精とは普通は目に見えず、声も聞こえない、すれ違ったことにも気づかない、存在していることは確かでも触れ合うことはできない生き物。妖精と意思疎通できる者は極めて限られているのでそう思われている。だが、クリストファーはその特別な極少数内のひとりだった。

 今クリストファーが行っていることははっきり言って冒険者なんてその日暮らしの博打稼業やってる者のするレベルじゃない。里見がこの世界に来て出会った主な魔法使いはカジャス、アナベル、クリストファー、あと城にいた医務室の治療師ヒーラーや魔導技士といった職のために魔法を身につけた者。超天才、凄かった(過去)、凄い(未定)、普通と偏っていた。

 ちなみに、里見とララが喚ばれた『勇者召喚の儀式』はカジャスとその弟子20人で行われた。単純に比べるな! とカジャスに言われそうだが。あの魔法は準備の複雑さ、儀式の始まりから終わりまで1〜2日かかるという難点があった。おまけに、負担を分ける代わりに息を合わせる難しさという課題が生まれていた。クリストファーなら準備にもっと費用と時間をかけ、最良のタイミングを選べたなら1人で、念の為の補助1人(ただし、クリストファーについていけるものに限る)くらいで成功する。

「… …見つけた」

「どこだ」

「結構遠い。魔の種の領域と人界が入り組んだ辺りだ」

 立ち上がったクリストファーは捜索のための上級魔法たちを杖の一振でキャンセルし、代わりに通信魔法と転移魔法の起動に取り掛かる。

「娘たちは見つかったのですね?」

「ああ、ちょっくら行ってくらあ」

「いたら誘拐犯もボコボコにしてくるヨ。任せてくだサイ」

 エストック伯爵夫人はそれを聞いて深々と頭を下げた。

「私の分までお願いいたします」

 皆、かわいい新人/後輩/娘を拐われて怒っているのだ。

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赤髪の治療師 @pppappp

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