第23話 炎の少女は希う

 猫目の炎の少女が言うことには、檻を壊して炎のたてがみのライオンを助けて欲しいとのこと。少女やライオン自身では触れることもできないらしい。そのために里見を転移魔法を使ってまで連れてきたという。

 わざわざ遠くの里見を連れて来ずに、同じ場所にいるララたち勇者一行に助けを求めたら? と警戒心といらだちを抑えながらたずねると、里見が考えていたのと順序が逆だった。

 まず最初に勇者一行に救出を頼んだ。魔の種相手に連勝を重ねてきた彼女らは意気揚々と、ちょっと苦戦するかな、という程度に考えて炎の少女に砦に送ってもらった。結果、魔族の魔法使いステルベンにもボブ・ゴブリンにも歯が立たず虜囚となった。

 開いた口が塞がらない、とは正にこのこと。

 あてが外れた炎の少女は、次に同じがする里見に目をつけたらしい。匂いって何だ、日本の匂いか。海外から帰国すると「あ、日本に帰ってきたなぁ」と空港で感じる、あのときの空気の匂いか。

 自分勝手な、と里見が思っていると、エリザベートも同意見らしい。


「お前の言うことを聞く義理はない。

 私たちは待っていれば仲間が助けに来る。目立つようなことはせず、それまでやり過ごせばいいだけだ」


 エリザベートの言うことには若干はったりが入っている。クリストファーがかけた追跡魔法『無音のしるべ』は、生きているが術者まで。再接続するためにはかかっている追跡魔法を補助するか、結界を弱めるかしないといけない。里見たちはこの砦に結界が施されていることは察しがついている。


「お仲間の助けは早ければ早いほどいいわよね? 私たちなら力を合わせれば、結界を破れるわ」

「… …」

「では、こう考えて。これは、私たち『ウリ・ナイムの十二の魔人』から『クリスタルハート』への依頼。対価も用意するわ」

「依頼、か…」


 そう言われるとエリザベートとしては断りにくい。かの有名な『クリスタルハート』の団員として、今の自分は力不足だから依頼を受けない、ということになれば彼女自身の、ひいては『クリスタルハート』の沽券に関わる。冒険者業界でトップをいくパーティーに所属するというのはそういうことなのだ。

 しかし、あえて危険に立ち向かうのは自分一人ではない 、里見も強制参加だ。エリザベートは里見のことを足でまといとか弱虫だとか考えていない。ただ、自分以外の命を危険に晒す覚悟が決まっていないのだ。

 エリザベートが葛藤していると、背後に庇った里見から炎の少女に問い掛けが飛ぶ。その問いが、登場してからずっと己のペースを崩さない炎の少女の態度を変えることになる。


「一つ、知りたいことがあるんだけど。いい?」

「ええ、なんでしょう?」

「貴方は俺とエリザならできる、と思ったから依頼してきた。それで合ってる?」


 炎の少女が、ぱちくり、と目じりがキュッとつり上がった大きな目をまたたかせた。


「確かに… …。そうね、貴女たちは女勇者候補とそのお仲間より、人数も少なく装備も不足している。

 しかし、なぜかあちらより、そんな気がするの」


 ※


 砦にかけられている結界のは地下にある、という炎の少女が調べた情報を元に、二手に別れることにした。炎の少女とライオンは結界の要を破壊する。里見とエリザベートは反対方向へ進みつつ囮役になる。

 そう決まり、いざライオンを閉じ込めている檻を開けようとしたら、檻に出入り口が見当たらない。開けて、ではなく壊して、というニュアンスの違いの意味がわかった。

 どうすれば、と普人間2人が顔を見合わせて戸惑っていると、力づくで、と炎の少女がジェスチャーで伝えてくる。渋々エリザベートが『緋色の爆発ファイヤーレッド・イクスプロージョン』で檻を内側から爆ぜさせた。

 この魔法を、里見は初めて目にした。エリザベートに言われて一旦部屋から出て、出入り口の脇に耳を抑え口を開けてしゃがみ、さらに『形状操作シェープチェンジ』で出入り口と自分たちとの間に分厚い土壁を築いた。

 ふと、里見がビルの爆破解体作業を思い出したところでエリザベートが点火。火炎と爆風で室内が滅茶苦茶になり、熱風が唯一の出口めがけて流れてきた。

 結果、このド派手な方法によって敵に居場所を気付かれた。


「誘い出す手間が省けたと考えましょう」

「こらガービィ! さっきから聞いていれば彼らに何て言い草だ! こちらが協力を願う立場だというのに!」

「「喋れたんだ」」


 ライオンの方が少女より礼儀正しい性格をしていることがわかった。異世界の不思議生物に、また驚かされる里見。

 すぐ近くでエリザベートの高威力魔法が炸裂したにも関わらず、ライオンは傷を負わなかったらしい。室内は飛び散った鉄製の檻の破片があちこちに散乱しているのに。それよりも、ずっと魔力を吸い取られていたせいで全力を出せないことの方が大きい、と告げてくる。


「裏切るんじゃないぞ」

「ええ、勿論。結界破りは成してみせましょう。対価は別にきちんと支払うわ」


 遠くの方で騒がしい物音が聞こえてくるのに合わせて二手に分かれた。


 ※


「しかし、あんな言葉を理由に割に合わない頼み事を引き受けたんじゃ、上手く乗せられた阿呆と言われても仕方ないぞ。ミカとか、絶対言ってくるに決まってる」

「ごめんね」

「いいよ。私も同類だ」


 2人が向かうのは上の階。狭い通路に次々湧いてくるゴブリンをいなしながら走る。

 エリザベートが『シールド』――無属性の魔力を触媒を使わずに板状に固めて作り出す。大きさ・形は使用者によりけり。防御魔法専用の道具に魔法をまとわせるより効率が悪い――と装飾品の中にあったサーベルで接近してきたゴブリンを防ぎ、里見が『堕落誘う欠伸バイユマン』――眠りを誘発する初級魔法。魔力抵抗力がそれなりにある種族か、精神的にしっかりしている状態の相手には簡単に解かれてしまう――、『千鳥の大騒ぎ』――「チチチ」「ピピピ」「ピョーゥ」等々、鳥の鳴き声のような喧しい音を発生させる中級魔法。音量・使用時間によっては聴覚に異常をきたす――、などの弱体化魔法を何種類かばら撒く。レベルの低い魔法でも複数積み重なると効果が上がる。例えば、混乱した1匹のゴブリンが周りにむかって刃がボロボロの短槍を振り回すのが見えた。

 エリザベートが足止めした間に転がしておいた『エーテル』という名の麻酔薬の入った小瓶を踏んづけたゴブリンが「ギャア!」と叫ぶ。たちまち気化した薬を吸い込んだ集団がバタバタ倒れていき、その周りのゴブリンたちの邪魔になる。上々ではないだろうか。だがこの強力な麻酔薬、あと1本しかない。

『クリスタルハート』に拾われてから里見は魔法を主にクリストファーから教わっていた。一度、クリストファーは何個ぐらい魔法を覚えているのか、という質問をしたことがある。それにクリストファーは「数えたことない」と答えた。

 この異世界には星の数ほどの魔法があり、日々新しい魔法が開発されては、「それってこの魔法のパクリじゃない?」と指摘を受けるのが常であった。魔法の分類方法を研究する、そういう学問まであるそうだ。クリストファーは普人間ヒューマンとは比べ物にならないくらい長寿なエルフ、しかも大規模冒険者パーティーのリーダーとして活躍してきた人物だから古今東西のあらゆる魔法に精通しているというわけである。

 魔法をおさめようと思っても、まず持ち前の魔力量の問題でつまづく者が多い。限界まで使い果たして、自然回復する、という過程を繰り返すと魔力量は増えていく。筋トレのようなものだ。やはり、生まれつき魔力量が豊富な種族とはスタートラインが違う。単純に多ければ多いだけ失敗を気にせず練習できるのだから。練習を繰り返すうちに、使い慣れた魔法は発動速度が縮まり、威力も安定する。

 ララなんて大女神からポンっと普通のエルフや魔の種より多い、特大の魔力をもらっている点でずっと有利なはずなのだ。無様に敗北したが。

 里見はクリストファーからも、あのカジャスからも「魔力コントロールが精密」という評価をもらっている。惜しみつつ、ここまで邪眼イービル・アイ、弱体化魔法、他細々とした初級魔法を使用してきた。いざというとき、せめて1の治療魔法が使えるように、と考えているがさてどうなるか。


 何が言いたいのかというと、そろそろ魔力が切れそうなのである。

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