第22話 檻の中に炎のライオン

「落ち着いた? 治療魔法系はあまり得意じゃないから、違和感とかはない?」

「ないよ。元気が出た。ありがとう」


 微笑を浮かべる里見にほっとしたエリザベート。もう少し必要なようだったら、弟妹にしているように抱きしめて頭を撫でてやるスタイルでいこうかと思っていたが、そこまでせずともよいらしい。


「まったく。どうしてこんなことになった…」

「どうしてって、それは…」


 猫目の炎の少女が祝祭に乱入してきて里見を連れ去ったから。


 同時に同じ人物――あきらかに人外っぽい――を思い出した2人はまずそこから状況整理をすることにした。


「俺をここへ送り込んだのは狙ってのこと? それとも悪戯半分で座標は適当?」

「狙って、だと思う。転移魔法はしっかり到着地点の受け入れ準備をして龍脈、霊脈の流れを計算しないと、発動しないならまだいいほうで、失敗すると対象物がバラバラになったりするらしい」

「ああ、それ『勇者召喚の儀式』の説明のとき言われたっけ」

「それとあの炎の少女もここへ一緒に飛んできてる。着いたとき一瞬で消えたけど、姿が見えたんだ。

 サトミに何かさせたくてこの砦へ連れてきた、障害物が置かれたりしないよう広い場所に座標を設定した、けれど魔の種が狂った宴をしているタイミングだったのは予想外だった。そんな感じじゃないかな」

「俺を殺そうと思って魔の種の巣窟に突っ込んだ、という可能性は?」

「殺したかったら転移魔法を失敗させればいい。もしくは、火山の火口に転移させて放り込む」

「そっかー…」


 里見は己の生死の手軽さにスン、と気が遠くなる。


「仮に炎の少女の要求に応えたとして、結局砦から脱出できなかったらお終いだ。ミカたちに居場所を伝えるにはどうしたらいいか…」

「それなら策がないこともない、かな」

「え?」


 里見はエリザベートの髪留めを指差す。


「コームにクリスさんの魔法がかかってる。細い糸のようなモノが『視え』るから、糸の先はクリスさんに繋がってるのかも」


 それは絹糸の様に光沢を放つ細い糸に似ていた。ただ、里見が手に取ろうとしても透過してしまうことから魔力で紡がれた幻の糸だとわかる。里見が炎の少女に連れられて幕の波間に隠れる瞬間、クリストファーが放った追跡魔法『無音のしるべ』――森で狩りをする猟師が編み出した魔法と言われている。移動する獲物に気付かれずに印を付着させるというもの――がエリザベートに当たっていたのだ。

 しかし、追跡魔法の糸は2メートル(100シンク)程で空気に溶ける様に消えている。理由は仮面の魔族ステルベンが砦に魔法を阻害する結界を張っているためである。内側からの生物的な魔力や魔法の行使による反応が漏れないようシャットダウンする結界だ。効果がどれ程かは、今まで敵陣営側に捕捉されなかったことからわかるだろう。


「とりあえず、武器になりそうな物を探そうか」


 里見が持っていた短ナイフはエリザベートが持ったままにしておく。

 2人がいる辺りは扉のない、荒っぽく壁を掘って作られた部屋が並んでいる。ゴブリンたちの立てる物音を聞きつけたら方向を変えつつ各小部屋を覗くが、棍棒一本、めぼしいものは見つからない。ガラクタの類もなかったことから普段から放置されているエリアなのだろう。

 がっかりしながら進むと階段があった。


「上か下か、どちらにする?」

「下は、絶対、だめ」


 エリザベートが里見に意見を求めると、ガシッと、エリザベートの肩を掴んだ里見がフルフルと首を横に振る。「必死」と顔面に書いている。「上も良くは、ないんだけど。下の生理的に無理なカオス具合に比べたらまだ… …」と右目を押さえながら言う里見に、特殊な眼を持つと大変だな、と同情したエリザベートだった。

 ふと、『邪眼イービル・アイ』は主に生物を対象に呪い・不運をかける、という魔眼であって、オーラや場に漂う呪力汚染をここまで細かく感じ取る能力はあったっけ? と、引っかかった。しかし、元々噂程度にしか知らない『邪眼』のこと、そういう副次的な能力もあるのかもしれない、と疑問は横に置いておくことにしたエリザベートだった。


 ※


 上階はステルベンが使用しているフロアだった。なぜそう言いきれるのかというと、殺風景だった下の階と打って変わって、飾り付けられた数々の調度品がそう主張している。そして、壁――塗装が施され左官が仕上げたかのように平らになっている。ゴブリンにそんな技術はないので。砦の外から建築系の職人がきて工事したのか、あるいは無理矢理連れてきて働かせたのか――に飾られた様々な仮面。鳥の羽を使った民族風、仮面舞踏会に出れそうな仮面、前衛芸術的な仮面…、ずらりと両壁に掛けられており不気味の一言だ。


「あの魔族の男の…」

「私物、かな」


 この廊下、端から端まで悪趣味。内装を整えて住環境を改善しても、全然居心地が良くない。

 人気がないのが幸いか。もしかすると、ステルベンは自室周辺に誰も近づけないようにしているのかもしれない。そういう神経質そうな雰囲気があった。下の階の階段付近にもゴブリンたちが少なかったのは、「立ち入り禁止」と命じられていた可能性が有り得そうだ。

 ゴブリンの見回りに気を配りながら、重要そうな部屋を探す。

 時折、トラップも発見する。


「サトミ、ストップ」


 エリザベートが途中で立ち止まる。どうしたのか、と質問する前にエリザベートが壁を指差す。ただの大きめの仮面が飾られている壁に見える。


「多分、これくらいの高さに、矢か何かが飛んでくるぞ」


 これくらい、と言いながら脇腹の高さを示す。そっと仮面を浮かせて裏を覗くと壁に手のひらサイズの穴が。

 所々仕掛けられているこういったトラップを回避しつつ進むと、檻が置いてある部屋を発見した。


 ※


 窓も通気口もなさそうな、中央に巨大な檻だけが置かれている部屋を見つけた。檻の中には驚いたことにライオンが。

 しかし、普通のライオンじゃない。体毛は白く、たてがみが炎のようにゆらゆら燃えている。光源はないのに薄らと室内が見渡せるのは、檻の中にいる生き物が灯火になっているからだ。大きな檻なのに狭そうに見えるくらい身体が大きい。1.5シンク(3メートル)に迫りそうだ。

 確か、虎とライオンだったら虎の方が体長が小さくて約2メートルだったっけ、と里見が記憶の中から知識を引っ張り出していた。

 本来ならさぞかし勇壮な立ち姿であったろうに、今目の前にいる炎の獅子は起き上がるのも億劫、とでもいうかのような疲弊した様子であった。

 檻と炎の獅子以外何もない、武器探し中の2人にとって用はない部屋。早く次へ行くべきなのだが…。


「あの、エリザ? このライオンはあの炎の少女と…」

「ああ、直感的な印象だが、炎の少女と縁がある魔の種だろうな。というかライオンって初めて見たぞ。こんな、… …格好いい」


 最後、ポロッとエリザベートの本音がこぼれ落ちた。テレビはなく、写真はガラス板と光に感光する薬品を用いる手法が主流の時代。外国の動物――魔の種と違って、魔力を持たないただの動物――を知る機会は現代日本よりずっとずっと少ない。炎の獅子は魔の種だが、まあ、ほぼライオンといっていい姿形である。


「もしかして! このライオンと彼女は同一なんじゃないか?」

「えっ、それは違うんじゃない。あっちは女の子だったけど、こいつはたてがみがあるから雄だし」


 エリザベートがひらめいた! という顔で推理を披露したが里見のツッコミに、ピシッと音がしそうなくらい全身を固めてしまった。

 基本的なこと、ぐうの音も出ない正論をぶつけられたとき、人はこうなる。みるみる内にエリザベートの顔が羞恥に染まっていく。


「そ、し、そうだったな。雄には首の周りにたてがみがあって、雌にはないんだった… …」

「うっかりは…」


 誰にでもあるから、と続けようとした里見へ向かって、バッと右手を突き出す。左手は顔を覆って「STOP!」ポーズだ。


「いや、いいんだ! 私が勉強不足だった。『知ってるつもり』が一番のまぬけというやつだ。そして、今まで先輩面して『色々教えてあげよう』と思っていたサトミから鋭い一刺しを受けて思った以上にダメージをくらってるだけだから。

 いや、まあ、なんとなーく気づいていたんだ。サトミと私どっちがしっかりしてる? 大人っぽく見える? と聞かれたら、サトミの方、だろうなって。喋ってると伝わるんだよ、そういう人間性みたいなの」

「…そう。エリザのそういう偉ぶらないところ好きだよ」

「慰めなくっていいんだ。でもありがとう」

「ううん、ホント、落ち込まないで…」

「いやいや…」


「そろそろこちらの話に戻ってきてもらってもいいかしら?」


 すっぱりした切り口で2人の会話に割って入る声がした。

 鈴が鳴るような可愛らしい少女の声と同時に、ユラっと空気が歪み、人影が現れる。トン、と檻の傍に降り立ったのは、里見を転移魔法で連れ去った猫目の炎の少女だった。

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