X線放射団地
安良巻祐介
最近どうにも身体の具合がしっくりこないので、休みの日に、近所にある、大きな病院で検査を受けた。
いわゆるCT走査という奴である。
検査の後、待合室でぼんやりと腰かけていると、名前を呼ばれた。
立って、診察室へ入る。
何度か来ている病院だが、机の前の医者は、見たことのない顔だった。
医者の姿の向こうに、引きだしたばかりらしい写真が貼ってある。半透明の黒地の上へ、輪切りにされた身体の断面が、白く浮き出している。
○○さん、と医者がこちらの名を告げて、何事か喋り出した。
しかし私は、その言葉を聞かずに、写真の方を見つめていた。
なにか、奇妙な既視感があった。
薄く光る白と黒で焼かれた、無体温で無機質なその紋様に、ひどく不釣り合いで場違いな、卑近でありふれた何かが重なっている。
なんだろう……。
医者は、手元のカルテを見るでもなく、 何かごちゃごちゃと喋っている。しかし、その内容は全く頭に入って来ない。
なんだろう……。
と、次の瞬間に、あっと思い至った。
――アパートの見取り図だ。
今、独り暮らししている、郊外の古いアパートメント。その周辺の狭い一区画。
身体を輪切りにして写した筈の、検査の断面写真が、いつだったか、入居時に住宅の業者から渡されて、引き出しにしまい込んだ、その図面に、瓜ふたつなのだ。
私の眼は、写真の上をのろのろと走った。
中央で目立っている、何かの内臓を示すらしい、大きな白い固まりは、不思議にあちこちが角張っていて、上から見たアパートメントそのままの形をしている。
その両脇から伸びる線は、脂肪の襞か何かを示すものなのだろうが、私の目には、ドウダンツツジを植えた、東西の植え込みの列に見える。
全体の身体の輪郭線は、アパートメントの敷地の境界線とまったく同じカーヴを描いており、そこから枝分かれしている線は、まるきり、駐車場の白線であって、それに沿って、ぽつぽつと小さい点が続いているのが、車止めの敷石だ。
また、いびつな薄い円の内に、右左と置かれている、内臓か脂肪の塊かわからない白い影二つは、いつも早朝にぼやきながらゴミを出しに行くダスト・ステーションと、周辺清掃のための用具が乱雑に放り込まれている、扉の壊れた倉庫のかたちと、それぞれ全くそっくりだし、中央をまっすぐに区切る線は、老管理人が脇に陣取るエントランスから、車通りの多い中央通りへ向かって伸びる、舗装の粗い道そのままである。
私は知らぬ間に、シャツの胸元をごしごしとこすりつけていた。
全身の毛が一本一本揃い立つような感じがする。
医者が、相変わらずよくわからない何事かをぶつぶつと喋りながら、指揮棒のようなものを取り出した。
そして、おもむろに、写真の一点を指し示した。
私の目は、指し示された、その一点に向かって、抗いようもなく動いた。
それは、腫瘍だった。
あっと私は声を漏らした。
腫瘍は、私の姿をしていた。
ネガポジ反転された、真っ黒い輪郭の、指揮棒の先端よりもさらに小さい、米粒のような点が。
確かに私の顔をしている。
確かに私の身体をしている。
中央の道から少し外れた、植え込みに近い場所に、潰れた虫か、製品のマークのように、輪郭ばかりはっきりとして、焼き付いている。
ああ、ああ、ああ。
私は声にならない声を、胸の中で搾り出しながら、シャツの胸元をばりばりばりばりとかきむしった。
医者は、手に持った指揮棒を動かして、ぶつぶつぶつぶつと喋りながら、なぜか少し、笑ったような顔をした。
その声がだんだんとはっきりして、聞き取れる言葉になって来る。
私はそのまま息が出来なくなるような気がして、目玉の全てが、指揮棒の先から永遠に離れられなくなってしまったようだった
X線放射団地 安良巻祐介 @aramaki88
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