④
フランスに到着後、私達は時を待たずして脚光を浴び、一躍時の人となった。私達姉妹の名は瞬く間に知れ渡り、フランスでその名を知らない業界人などいなくなるほどだった。仕事で稀に日本にも帰ることがある。渡仏して以来、シャッター音のならない日など無かった。それくらい、私達の生活は充実したものとなった。
そして幾許かの歳月が流れた。パリに拠点を構え、仕事は軌道に乗り、安定した生活を送れるようになったある日、私は一人日本へと帰国する。ある人に会いに行くために。ある人に、あの日から抱え込んでいた想いを直接伝える為に。他の誰でもない私として、ただ一人の橘春奈として。
そして、さらに季節が巡る。
「はいこれ、届いてたわよ。手紙」
「ありがとう、お母さん」
見舞いに来ていた母から、一通の封筒を受け取った。心待ちにしていたはる姉からの航空郵便。
フランスに渡って以降、私は手紙を書いていた。送っては返事を待ち、届いてはまた返事を書く。相手こそ変わってしまったが、今ではこの手紙は私たち姉妹の絆の証となっている。
というのも、はる姉は私の帰国後もフランスに残り、モデルとしての階段を瞬く間に駆け上がっていった。今では世界を股に掛けるスーパーモデルとなっている。その為、電話の時間もなかなか取れなくなってしまった。その代わりに、私が続けていた手紙を使って近況報告をしているのだ。
トリコロールの飾られたその封筒を、慣れた手つきで、丁寧に開封する。その中から現れた桜色の便箋を開く。
『親愛なるなーちゃんへ。もうすぐ日本に着くよ。早くなーちゃんと、姪っ子の顔が見たいです』
その文章から、はる姉の天使の声が聞こえてきた。はる姉の煌めく笑顔が映っていた。
──手紙は人の心を写す。
相手を想いながら取るその筆には色がつき、音が込められる。音色となったその文章には、電子メールでは感じることのできない真心を、送り先に届けてくれる。だから私達は手紙を書いている。想いと心を届けるために。
手に取ったその封筒には、便箋に加えて三枚の手製のチケットが添えられていた。ファッションショーへの招待状だ。まだ出回る時期ではないのだが、はる姉の事だ。本物も必ず手に入れて送ってくるに違いない。
「……まだ産まれてないから」
気が早いと思いながら、そんな贈り物に頬を緩ませる。すると、個室の扉が静かに叩かれてゆっくりと開く。その先に、白衣を纏った女性と、桜色に身を包んだ看護師が数名入ってきた。
「司波さん。お身体の具合は如何ですか?」
「今はなんとも。ただ先生、このお腹ホントに戻るんですか?」
自分のものとは思えないほど膨れたお腹に手を当てながら不安を打ち明けると、白衣の医師は笑いながらベッドの横に腰掛ける。
「復帰する気満々ですね、流石は元トップモデル。大丈夫ですよ、司波さんがその気になれば、すぐ元通りですから」
そう言いながら、私のお腹に優しく触れる。
「だから今は頑張りましょう。この娘の為に」
「……はい」
静かで、それでいて力強い言葉に答えながら、病室の窓から外を見る。その先に、完璧な飛行機雲を携える一対の銀翼が、澄み渡る青の中で輝いていた。
明日の黒板 毛糸 @t_keito_k
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