それが、詠み人の使命だから
咲兎
それが、詠み人の使命だから
早朝、朝日が差し込む、日当たりの良い自室でPCと向き合う1人の少年がいた。
彼の名前は、カタリィ・ノベル。彼は、親しい者達からは、カタリと呼ばれている。半袖半ズボンに帽子をかぶった青い目の少年だ。
カタリは、人には内緒にしているが、アニメや漫画が好きであり、活字があまり得意でない少年である。
しかし、最近、あるきっかけで活字にも興味がわいたカタリは、ある事の練習もかねて、小説を書いてみようと考え、今、PCで書いていた。
……のだが、小説を書き始めて、30分後、カタリはPCでアニメを見ようとしているのだった。
「って駄目だ! でも、やっぱ物語を1から作るのは大変だな。何か良い方法ないかな?」
そう思ってカタリは、ネットで調べるとカクヨムという小説投稿サイトには、作家をサポートしてくれるお手伝いAIがいるという事が分かった。これを、使えば書けるかもしれない。そう考えたカタリはカクヨムにアカウント登録し、小説を書き始める事とした。
「作者様! 初めまして! お手伝いAIのリンドバーグです!」
カタリのPCに、エメラルドグリーンを基調とした服装をした明るい表情の少女が映り、カタリに話しかける。
声は、合成音声とは思えず、実際の人間のよう、その上、表情まで細かく変化している。まるで、人間のようだとカタリは思った。
「僕は、カタリ。よろしくバーグ」
カメラと音声入力に対応しているとの事なので、直接声で返答するカタリ。
「はい、よろしくお願いします作者様!」
「カタリでいいよ」
「いえ、作者様ですので」
頑なだなと思いながらも、ひとまずそれで良いと言って執筆を始めたカタリ。だが、しかし。
「作者様! この設定分かりにくすぎます! えっ? そこが良い? いや、そういうの誰も求めませんから」
バーグ、まさかの毒舌!
「おぉ! 作者様、早打ち凄いですね! でも、誤字も凄いですね! 12個です」
しかし、無駄に指摘は的確である。また、普段は笑顔なのに、指摘する時だけバーグは真顔になるのだった。
「作者様! 完成したこの小説、結局何がしたかったのか分かりません! えっ、練習の為に書きたかっただけだから、細かい事は考えてない? いや、まぁ……別に私は良いと思いますよ、はい」
バーグから、散々な言われを受けながらも、短編小説を完成させたカタリ。そんな彼が放った一言はこれだった。
「バーグ、君最高だね!」
カタリは、執筆中にバーグがどんな言動をしても、喜んで執筆を続けていた。
バーグは作品の設定については、鞭のつもりで作品を貶したのだが、カタリはむしろ喜んでおり、困惑した。
なお、設定を貶した以外の点についての毒舌は素である。
「ちゃんと指摘してくれる人がいると、1人の時とやる気が全然違うよ! ありがとうバーグ!」
「良かった。貶めて喜んだので、作者様はそういう趣味のある人なのかと思いましたよ」
「違う」
カタリは、先ほどのバーグにも負けない真顔でそう言った。
「やる気が上がったなら何よりです。私は、そうあるべくして作られたAI。ですが……」
バーグは、やや不安そうな顔で俯く。
「いえ、なんでもないです」
「そんな事はないんじゃないの?」
「作者様に伝えられる事ではないです!」
人間とそっくりで感情があるとしか思えないその挙動。一瞬陰ったその表情からは、何か悩みがある事は明らかだった。
「そうか」
そして、そんな時にこそ。
「じゃあ、聞かせてよ、君のその物語を!」
この少年の、“詠み人”としての本領が発揮される!
「えっ?」
バーグは、作者様は一体何をしているのだろうと思った。カタリは、左目を両手の人差し指と親指で囲い、覗くようにしてバーグの方を見ていた。
「……AIに使ったのは初めてだけど、うまくいったね。そうか、君はみんなから愛されるAIになりたいんだね。でも、たまに作家に泣かれたりして、このままじゃ、そんなAIになれる気がしなくて心配なんだね」
「えっ!?」
カタリの言った事は、バーグの悩みそのものであった。しかし、バーグの記憶上、それは今まで誰にも話した事がない。
「どうして、それを!?」
「僕は、少し特殊な力を持ってるんだ。
「大金ゆすれそう! 悪用しないで下さいね」
「しないよ! この力には使命があるんだ、そのために使ってる」
「ある使命ですか?」
首を傾げるバーグ。それに対し、カタリは真剣な表情でこう言った。
「詠み人という使命さ。僕は最近、この力をあるトリに授けられて、そのトリから使命を担う事になったんだ。全ての物語を救う目的の使命をね」
「何するんですかそれ?」
「楽しいよ、色んな所に行くんだ!
まず、物語を必要としている人を見つけたら、その必要とされている物語を持っている人を探して、詠目でその人の持っている物語を見るんだ!
そして、見た物語を、僕が一篇の小説にまとめて、最後に、また物語を必要としてる人の所に戻って届けるって使命さ!」
「な、なるほど」
熱を持ったカタリの話に、バーグは圧倒されながらも、本当に好きなんだなと感じた。
「ところで、今、見た物語を一篇の小説にまとめると言いましたよね? 先程、執筆の時に、練習の為に小説を書いたと言っていましたけど、その為の練習でしたか?」
「その通りだけど……それだけじゃないよ。初めに、詠目で見た物語の小説を書いて、それを製本して読んだ時、凄い感動しちゃってさ。それが、きっかけで1から自分で書きたくなったんだ」
そう言って、カタリは静かに微笑む。しかし、彼は突然表情を真剣なものへと変え、バーグに向かってワントーン低い声でこう言った。
「それとバーグ。僕がこの目で君を見たって事は、君の物語を必要としている人がいるって事だよ」
「私の物語を?」
「君が愛されるAIになれるのか、僕が教えてあげる。全ての物語を救う。それが、詠み人の使命だからね」
「作者様?」
「また戻るよ、バーグ!」
そう言って、カタリはログアウトし、即座に家から飛び出した。
◇
「で、何の用だ、カタリ」
カタリの交友関係は非常に広い。その為、目当ての人物はすぐに見つけ出す事が出来た。
「やぁ、蓮。君、カクヨムユーザーなんだってね」
「それがどうしたよ」
「バーグの事をどう思う?」
「バーグさんか? あいつ、きつすぎてたまに泣かされそうになるし! マジ、嫌いだわ!」
「本当に?」
カタリの目は、対象が打ち明けた事の無い物語しか見通せない。蓮が、もし真逆の本音を内に秘めていたとして、それを誰かに打ち明けていたら見通す事は不可能である。
「これが、バーグの今の気持ちだよ。読めばわかるさ」
そう言って、カタリが差し出したのは、カタリがバーグの物語を見て、一篇の小説として仕上げた本だった。
「これは……」
蓮は、その本を読み進めていく。初めは内容を疑ったが、読んでいくうちにバーグしか知りえない情報もあり、内容を信じざるおえなくなった。
「バーグさんが悩んでるんじゃないかとは思ってた。でも、そうか、そんな理由だったんだな……」
蓮はそう言って俯いた。
「蓮、やっぱりバーグの事が」
「ハハ! カクヨムユーザーは全員バーグさんの事が好きさ!」
「本当だろうね? 蓮」
「えっ? お、お前まさか」
「旅は大好きさ」
カタリはそう言って静かに笑う。今、彼は無茶な試みをしようとしていた。
◇
1年後、カタリはカクヨムにログインした。
「お久しぶりです! 作者様!」
「バーグ、元気だった?」
「はい、システムに異常はありませんでした!」
「それは良かった」
そう言ってカタリは微笑むと、カバンの中からUSBメモリを取り出した。
「今から、ある文章を読んでほしい。データを入れるよ」
「えっ、どうしてですか?」
「読めば分かるさ!」
カタリは、PCにUSBメモリを差し込み、データを転送した。
「こ、これは……」
バーグは、転送された文章を軽く読むと、驚いた表情のまま、呼吸のモーションも無くなってフリーズした。
「ちょっと! 大丈夫、バーグ!」
「はっ、大丈夫です! これは……カクヨムユーザーの私に対する声をまとめた作者様のエッセイ!? 創作ですか!?」
「1から作れる腕が無いのは、バーグも知ってるでしょ。
全国を周って、1人1人と対談したんだ。ネットじゃ聞けない本当の声を聞くために。まぁ、さすがに全ユーザーに聞くのは無理だったから、千人だけだけどね」
「1年で千人と対談を!?」
「うん! 凄く面白かったよ! カクヨムは色んな人がいて良いね! 読んでみて、その一篇を」
カタリのその声を聞いたバーグは、恐る恐る中身を読み始めた。
「凄い、ちゃんと1人1人の声が書かれています!」
「でしょ?」
「色々な人の声が……ん? このページの人、対談で罵倒が堪らないと言っているのですが……。後、こっちのページの人は、私の履いてる靴が小学生の上履きみたい? でも、それが良い? えっ、何ですかこれは」
「ま、まぁ、千人いるからちょっと変わった人もいるさ……。でも、そんな変わった人もいて、みんなバラバラなのに、みんなバーグの事嫌いじゃなかった。好きって人が多かったよ」
「……確かに。どの対談でも皆さん私に対して、好意的です」
そう言って、バーグは何か安心したように静かに微笑んだ。
「でも、そうは言っても千人です。皆さんから愛されるAIにはまだ遠いです」
「でも、バーグの事が好きな人はこんなにいる。なら、みんなから愛されるAIになれるさ!」
「作者様……ありがとうございます」
バーグは少し、目を潤ませながらそう呟いた。
「ねぇ、バーグ、そろそろカタリって呼んでくれないかな?」
「そこまで言うなら仕方ないですね。カタリ」
「うん! ありがとう!」
「はい! これからも宜しくお願いしますね、カタリ!」
そう言って、2人は初めに会った時と同じ、朝日が差し込む部屋の中、笑いあうのだった。
それが、詠み人の使命だから 咲兎 @Zodiarc2007
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