高嶺の花が四輪咲いた




 本当に八月だと思えないくらいの涼しい朝。昨日からジャージを羽織ってるくらい涼しい。栞里はというと……

 彼女は涼しい所が1番好きなので、非常に気持ち良さそうにテントでストレッチしていた。

 県北記録会のミーティングから、陸上部の正式な部員にさせてもらえたので、ユニフォームやジャージを採寸してもらった。今身につけているのは、この間みたいな学校指定のものじゃなくて陸上部のジャージだ。


「それにしても、長野ってこんなに涼しいんだね〜」

「合宿とかに選ばれるの、なんか分かるね……」


 栞里の背中を押してあげながら、ここまでに起きたことを思い返してみる。


 昨日は、4継リレーの予選があった。女子は宣言通りのオーダー、1走から栞里、大貫先輩、トモカ先輩、上田先輩の四人で走って組の中で2着。通過条件が2着+6だから、着順通過したし、とりあえずみんなホッとしていた。というかトモカ先輩が1番ホッとしていた。

 今日は準決勝、3走がトモカ先輩から喜屋武先輩に変わる予定だ。


「栞里、もう慣れたの?」


 リレーがトラウマの栞里が、今日はリラックスしてストレッチしている。昨日は緊張でガッチガチのまま走っていたけど、今日はなんか筋肉は張り詰めていても心はガッチガチじゃない感じがする。


「まぁ、バトン渡すだけの私がガチガチになってても意味ないかなって思って……」


 腰をマッサージされて変な声を出している栞里。その頭をわしゃわしゃしてから、立ち上がった。

 不服そうな顔をしているけど、ここはいつものやり返しって事で敢えて謝らない。


「終わったら覚えとけよ〜」


 むくれた声を出しながらランシューを履いている栞里に、ベロを出して笑い返した。その瞬間、私の上に栞里が馬乗りになっていた。なぜ。


「やっぱ今やる」

「えっ、なにが、えっ、ひっ、ひゃははっ、ああああああっ!!!!!」


 わきばらがこそばゆい。逃げたいけどなかなか逃がしてくれない。ゆるして、もうくすぐったいのいや、やめてよー!!


「じゃあ、ちゃんと応援してね〜」


 靴を履き終わった栞里が小さいリュックを背負って、そのまま招集場所に向かっていった。あまりのくすぐったさに、私はその背中を横向きで見送ることしかできなかった。



***




『第75回全国高等学校陸上競技対校選手権大会の2日目、トラックの最終種目は4×100メートルリレーの準決勝が行われます。男女共に3組行われまして、2着までに入りましたチームと、3着以下のチームのタイムレース上位2チームが決勝へ進出致します』


 バックストレートからホームストレートへのコーナー、3走のスタート位置前くらいのスタンドに、清鳳学院陸上部は陣取っていた。20人くらい集まって、手にはメガホン。

 リレーの時はみんなで集まって応援するのだ。まぁ、ただただ走っている人の下の名前を連呼するだけなんだけど、これが意外と酸欠になる。


「1組には東京女子学園と米沢凛禅館りんぜんかんが入ってるね、ここは速そ〜」


 莉沙が電光掲示板を見ながら、解説してくれる。


「米沢凛禅館は、しーさんのライバルの小山さんがいる学校で、東京女子学園はエミリー先輩と芽衣が行ったところだね、って二人とも入ってる〜」


 聞き覚えのある名前、というか二人とも中学時代の同級生や先輩だ。エミリー先輩はハードルがすごい人で、明日の決勝にも出てるらしい。


「お、スタートした〜」


 1組の4レーンに入っているのが東京女子学園、上は黒で下は赤のユニ。8レーンの米沢凛禅館は真っ白なランシャツランパン。

 先頭は3レーンの静岡の高校のようだ。結構いい感じで走っている。あっ、東京女子学園が抜いた。2走から3走へのバトンパスは、いい。アンダーパスって女子もやるんだ。というかあれ芽衣だ。

 芽衣が先頭で逃げる形になる。アンカーは……エミリー先輩だ。芽衣と同じくらいのタイムを出してたはずだから……えっ?


「うわー、小山さんやべ〜」


 外側から真っ白なユニフォームが他の学校をごぼう抜きしていく。先頭で流していたエミリー先輩も捉えられかけてフィニッシュ。

 めちゃくちゃ速かった。これがインターハイレベルのリレーなのか。


『1着は東京女子学園、45秒98。2着は米沢凛禅館、46秒01。3着は市立磐田、46秒33。以降は電光掲示板をご覧ください』


 中学時代の私達よりも1秒以上速い。その中に栞里が、芽衣がいる事実はなんとも不思議な感覚だった。


『続きまして女子の2組目、出場チームを紹介いたします────』

「ここは1組より速いんじゃないかと言われていますね」


 隣で麗華さんが何か調べている。多分インターハイの展望か何かだと思う。いや、Tmitterだ。まぁ、速報とか見るのに一番早いのはTmitterだけど、私はなんか怖いからやってない。


「2レーンに北海道大会優勝の北嶺、4レーンに近畿大会優勝の北摂女子、5レーンには前回大会で日本歴代2位で優勝した福岡のセントカタリナ女学院、そして7レーンにウチ。ウチ以外は全力出してきてるみたいだね〜」


 ちょっとドキドキしてきた。でも、先輩達の中に栞里もいるんだから負ける訳がない。

 各校の選手達は、非常に緊張感を持った表情でレーンに立っていた。3走の喜屋武先輩の顔もかなり険しい。いや、あれはめちゃくちゃ緊張してるだけだっけ。


『第7レーン、清鳳学院、埼玉。中村さん、大貫さん、喜屋武さん、上田さん』

「せいほーーーっ、ファイトーーーーーっ!!」


 全力でエールを送る、今回の私の役割は応援団なんだ、めっちゃ声出しとかないと、何しにきたか分からなくなってしまう。

 喜屋武先輩は微動だにしていないけれど、栞里がホームストレートに向かってお辞儀している。違う、そっちじゃない。まぁ、栞里らしいので気にはしない。

 全チーム選手紹介が終わって、スタート独特の気配が競技場に降りてくる。


 『On your marks』


 上位大会になればなるほど、この一言で一気にスタジアムが静かになる。今、聞こえるのは鳥の鳴き声だけだ。

 何千人もいる中でみんな静かにしている。それは、本当に、綺麗だなぁって思う。


 『Set』



 号砲で抜け出したのは、2レーンの選手。スタートが得意な選手なんだと思う。だけど、コーナー半ばで、7レーンの選手しおりはもう8レーンを置き去りにしていた。

 2走へのバトンパスは……凄い、ちょうどいい。やっぱり栞里速いなぁ……

 そろそろ名前を連呼するのも息が疲れてきた。大貫先輩、下の名前が愛衣だからめっちゃ大変なんだよね……

 喜屋武先輩にバトンが渡る、ぶっちぎりの先頭な気がす……あれ、先輩遅出かな?

 案の定、バトンゾーンどん詰まりでそのままなんとか渡る。やばい、もたついた隙に5レーンが詰めてきた。

 それでも、喜屋武先輩の脚は速い。なんとか逃げ切ってアンカーの上田先輩へ。先頭でバトンが渡ったままホームストレートを駆け抜けている、かけ、5レーンめっちゃ速い、めっちゃ速い、やばいやばい、やっばいぃぃぃ!!!



 よかった、なんとか1着でフィニッシュ、タイムは……どうなんだろ


『女子400メートルリレー準決勝、第2組。1着は7レーン、清鳳学院。記録は45秒22。2着は5レーン、セントカタリナ女学院。記録は45秒28。3着は4レーン、北摂女子。45秒73。以下電光掲示板をご覧ください』


 凄い、1組なんて目じゃないくらいの記録が乱発している。そんな中で、なんか少し胸騒ぎがしたのは私だけなのだろうか……

 ベンチを去る頃に女子の3組が始まっていた。この組は4レーンの学校が独走していたのだけは目に留まった。




***




「お疲れ様でした」


 九条先生が顧問としてミーティングを進めている。まずは今日の成績からの発表だ。


「今日は男子走り高跳びで沼田くんが2m03で第6位に入賞しました。女子は喜屋武さんが100メートルハードルで13秒99で見事優勝しました。まずは二人に大きな拍手を」


 拍手の中、部長さんはなんか照れ照れしていた。褒められるとすごく照れるって上田先輩が言ってた。なんで先輩は部長さんの事を詳しいのだろうか。


「沼田くんの入賞は、上田さんの励みにもなりますし────」

「せ、先生っ!!!」

「おっ、顧問の公認いただきましたっ!!」


 森下先輩が部長さんを覗き込んで、部長さんは森下先輩をどついている、あれどうして?

 他の3人の方を見ると……なんか変な顔をしている。なんで、もしかしてなんでかわかっているから?

 えっ、ずるい。ムカっとしたので少しふてくされた顔を作って前を向いた。


「落ち着いて、ね。それで、今日は女子のリレーが着順で決勝進出を決めました。明日は5レーンですって。これは楽しみですね〜」


 ほんわかした口調で嬉しそうに話している九条先生の話に何人かがクスッと笑っていた。ほわほわした感じの性格の先生なのがまたみんなに人気な理由なのかもしれない。

 その後、明日の競技の話、明日は女子100m決勝。天海先輩は今日の準決勝をトップのタイムで通過していて、森下先輩も優勝が射程圏内らしい。

 あとは、明日は4継の決勝があるので、引き続き応援しましょうというのが九条先生のお話だった。


「私からは以上です、本多先生、何かございますか?」

「んっ、ああ、沼田と上田がえっと入賞でしたっけ?」

「ち、違いますっ、入賞はしますけどっ!!」


 上田先輩が恥ずかしそうにもじもじしている。あとで、聞いてみよう。


「とりあえず、沼田はお疲れ様、部長としての責務を追いつつこうやって結果が残せるのは、本当に心根の強さが現れた結果だと思う。次の部長はしかと心に留めておくんだぞ、大貫」


 まさかの次の部長がここで発表。確かに上の学年って3人しかいないけど……大貫先輩は、あれそんなに驚いてない。肝が据わってるというのは本当の話だったみたいだ。


「あと、明日のオーダーだが、申し訳ないが少し変えさせてもらう。1走から、喜屋武、天海、大貫、中村の順にする」


 栞里がアンカー。大丈夫なのかな……と思ったら、あれ、いつもと栞里の様子が変だ。というか栞里がここまでのを見るのは久しぶりかもしれない。

 何かあったのかな、すごい、私の知らないところで色んなことが起きている。これはゆっくりホテルで考えよう。


「私からは以上です」

「それでは解散します、くれぐれも夜更かしはしちゃダメですよ〜」


 部長さんの号令でその場が解散になる、私はさっきの疑問を解決する為に、栞里に体当たりして行く事に決めた。

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ガンバリドキ 0 安東リュウ @writer_camelot

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