1章 昼夜の国と恵みの森b
「そう、…ゆっくりね。」
ココとレベッカは依頼の薬を調合していた。ココが大釜をかき混ぜ、レベッカがそばで声を掛ける。大釜の中では蜂蜜色の液体がゆらゆらと揺らめいていた。
「次に今朝とれた朝露を一雫。」
レベッカは戸棚から小さな試験管を取り出すと、ぽとりと雫を蜂蜜色の液体に落とした。
落とした朝露はだんだんと広がり蜂蜜色の液体がキラキラと輝き出した。
「わあ、綺麗!」
ココが混ぜていた木べらで液体を掬えば、先程まで水のようだった液体はとろとろととろみを付けて流れ落ちた。まるで本物の蜂蜜のようだ。
「いい感じね。最後に魔法を…」
「1、2、3、4! 」
レベッカが大釜の前で指揮者のように手を振った。その指先からは金色に輝く光の糸が生まれ、4拍子の跡を空中に残した。
「太陽の神の…加護のもとに。」
レベッカが唱えると光の糸はパンっ!と弾け、キラキラと大釜に降り注いだ。
「わあ…すごい!」
「ココもすぐできるようになるわよ。」
キラキラと目を輝かせるココにレベッカはふふ。と微笑むと、机の下から硝子の小瓶を取り出した。
「それじゃあ、冷めないうちに…」
昼の国。
王宮内では魔法省の会議が行われていた。
「近年平和な時が続いていますが…いつ、如何なる時も!万全の体制でいる必要があるのです!」
魔法大臣が前で演説をしている。選ばれし魔道士で編成される魔法省。その中には昼の国一の魔道士であるライも当然含まれていた。ライの他のメンバーはほとんどがとうにベテランと呼ばれる程の年齢を迎えた面々であり、若い魔道士で魔法省に選ばれるということはエリート中のエリート…誰もが憧れる存在であった。
「ライ、あの話聞いたか?」
会議を終えると魔法省の同僚であり、友人でもあるレオが声を掛けてきた。
「ああ。何かの前触れかもしれない。」
近頃、昼の国では原因不明の不作が相次いでいた。この時期、普段なら沢山の作物が出荷される。それが今年はどうしたことか、作物が一定までしか育たなくなってしまったのだ。生き物にやられた訳でもなく、原因は不明なまま…魔法省と研究家が急いで原因を探していた。
「しかし…蕾がいつまでたっても開かないとはな。原因は未だ謎なままだ。」
昼の国の作物は芽から蕾、花、実、そして種になるというサイクルで回っている。 蕾が開かないとなるといつになっても収穫が出来ない。国民たちは困っていた。
「今は他ので何とか賄ってるらしいが…なあ。」
「ああ、限りがある。」
「どーにか原因が分かればいいんだけどな。
…ま、お偉いさんたちに任せようぜ!」
そう明るく言い放つとレオはさっさと会議室を出て行ってしまった。
友人が出ていき、会議室にはライ1人が残った。
「待つしかないのだろうか…」
ライは悔しそうに呟くと、会議室を後にした。
誰もいなくなった会議室。
無音の空間。
ズズ…ズ…
何かを引き摺るような音が1つ。
しんと再び静まり返った空間。
壁のシミが消えたことには誰も気が付かなかった。
「太陽の薬はこれで完成。」
レベッカは小瓶に小さな太陽のラベルを巻き付けると、コトンと机に置いた。
瓶の中では蜂蜜色の薬がゆらゆらと波打っていた。窓から差し込む陽の光に反射し、キラキラと輝いている。
「キラキラしてる…」
嬉しそうに瓶を見つめるココにレベッカも微笑みを浮かべた。
「日が暮れてきたら、夜の国の分も作らないと…」
「手伝って、くれるかな?」
答えを分かっていながらもレベッカはココに訊ねた。
「もちろんだよ!」
想像以上の笑顔でココはそう、答えた。
夜の国。
一日中月が見守り、星が瞬くこの国では魔法と科学が発達していた。街中や住居を照らしているのは人口で作られた灯。昔は火を使っていたが火の事故を避けるために人々が知恵を寄せ合い生み出したのだ。他にも昼の国と違い夕焼けにもならないこの国では、一日の終わりを告げるための時計も生み出された。一日があとどれくらいで終わるかがわかるその時計は、研究熱心で眠ることをついつい忘れてしまう夜の国の人々の生活に大いに役立っていた。
そんな品や貿易品の売買の盛んな城下町や、人々が暮らす集落では小さな灯が集中し、まるで小さな太陽の様だった。
そんななか、小さな人口太陽の塊を避けるようにして建つ1つの屋敷があった。屋敷は夜の城に相対すべく深い森の中に建っていた。
屋敷の住人は夜の国一の魔道士であり、極度の人見知りであるシリウス=ジャスターただ1人。…いや、もう1匹いた。
「カイリ…今日はいい風が吹いている。少し散歩でもしようか。」
シリウスがそう声をかけると部屋の奥からシュゥ…と息を吐く音がした。
次にズドン…と何かが立ち上がる音がした。それはまるで地震のように屋敷を揺らした。
パラパラとホコリが降ってくる。
シリウスは笑みを浮かべたまま暗闇を見つめていた。
ズシン…ズシン…と屋敷に響く足音。それは重たく、だんだんと大きくなる。
「…お昼寝の邪魔をしてしまったかな?」
シリウスが尋ねる。
大きな紅い瞳が暗闇から覗いた。
まるでルビーのように紅い瞳にシリウスの姿が映る。
小さな灯に照らされ、瞳の主の姿が現れた。
その身体はまるで闇を纏っているように暗く、深い色をしていた。
「ごめんね。ありがとう。」
シリウスは嬉しそうに微笑んだ。
カイリ…それはシリウスの家族であり、親友でもある…巨大なドラゴンだった。
『構わん。』
目を細め、竜の言葉でカイリは答えた。
カイリの大きな翼が風を起こす。大きな鱗が灯に照らされ、まるで宝石のように煌めいた。
昼夜の魔道士と不老の乙女 月影かぐや @kaguya0618
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