宇宙ゴミ箱のはなし

青海 嶺 (あおうみ れい)

宇宙ゴミ箱のはなし

                                 青海 嶺


 嘱託の女子事務員中本さんが近づいてきた。二十九歳、美人、独身。

「ねえねえ、竹中くん、あのねえ」

 色白は七難隠す。とはいえ。

「中本さん、庁舎内でくん付けはちょっと。仮にも課長に向かって」

「あっ、ゴメーン」

「いいんだよ別に。で、何かあったの、彩乃ちゃん」

「庁舎内で、ちゃん付けはちょっと。仮にも年上に向かってさー」

「悪い悪い」

「で、課長、会いたいって人が来てるけど。どうする? 通す?」

「誰? 何の用?」

 竹中は、異例の若さで課長に抜擢、というか役職を押し付けられ、業務の処理であっぷあっぷだったので、忙しいといって追い返そうと思った。ところが。

「大阪から来たんだって。なんかあ、ゴミ処理問題を最終解決する画期的ナントカをご提案、だってさ」

「え? ゴミ処理?」

 竹中は色めきたった。彼は、O市役所の市民環境課の責任者としてゴミ処理事業を担当していたが、市のゴミ処理場の能力はすでに限界に達し、かといって敷地を広げることも出来ず、頭を抱えていたところだった。話だけでも聞いてみる価値はありそうだ。

「その、画期的ナントカって?」

「さあね。直接会って訊くのが早いんじゃね?」


 狭い面談室の事務机を挟んで、差し出された名刺には、「ドクター丑松 発明家」と印刷されていた。会社とかじゃないのか。しかも、見るからに胡散臭い外見。

「O市さん、ゴミ問題でエライ困ってはると伺いまして、私の開発した画期的新発明で、問題解決のお手伝いを是非、と思いましてん」

「その画期的新発明とはいったい」

「今日は見本をお持ちしました」

 そういってインチキ臭い自称発明家は、怪しげな小箱を机の上に置いた。

「瞬間物質移動装置です」

 発明家は、その装置の原理をべらべら関西弁で説明したが、竹中には一言も理解できなかった。それがまともな科学的説明なのか、超科学的インチキなのかも分からない。

「まあ百聞は一見にしかず、見とくんなはれ」

 そう言って、小箱に開いた穴に、丸めた紙くずを放り込んだ。その箱を手渡された竹中が、逆さにして振ってみたが、何も出てこない。中は空っぽ。

「嘘でしょ。これ、手品でしょ?」

「皆さんそない言うて、だあれも信じてくれまへん」

「でしょうねえ」

 竹中は、面白がって色々な物を入れてみた。うっかり大事なペンも入れてしまい、あっマズイ、と思ったが後の祭だった。

「今のペン、戻ってこない?」

「来まっかいな」

 この箱に入れたものは、太陽系外のある領域に転送されるらしい。そして一方通行。事実上、いくらでもゴミを処分できるという。

「いくらでも?」

「いうても、地球から出るゴミは、地球の体積よりは少ないでっしゃろ。あたりまえの話やけど。広大な宇宙からしたら、なんてことあらへんちっぽけなゴミですわ」

「でも、こんなに小さいんじゃ実用には」

「これは見本でっさかい。なんぼでもでかいのん作れまっせ」

「そうなの。でも、なんでウチの町に? 地元で商売にしたらいいのに」

 話によると、地元関西では、そんなんインチキや、手品に決まっとる、と誰も信じてくれず、産業廃棄物処理業者の免許も得られなかったという。業を煮やした発明家は地元には見切りをつけ、この画期的発明を受け入れてくれる自治体を求めて全国を行脚中なのだそうだ。

「これの大きいの、一戸建て住宅程度の大きさのをゴミ処理場に設置すれば、あっと言う間に処理場は空になりまっせ」

 本当だとすればすごい話だが、しかし、どうにも胡散臭い。最初に手を上げてバカを見るのは誰しも嫌だろう。しかも何か問題が起こっても、この男に責任が取れるとも思えない。だがしかし。市のゴミ問題も待ったなしの状況。竹中には他に打つ手も思いつかなかった。この怪しい装置が本当に使えるのなら。

「分かりました、あなたに賭けてみましょう、ドクター丑松」

「ほ、ほんまでっか」

「ただし条件があります」

 技術使用料は無料。ゴミ処理を事業化して利益が出たら、儲けは折半。そしてこの技術を使用する権利はO市が独占する。

 発明家はその条件をのんだ。利益が出せることには自信があるらしく、ニコニコしてその日は帰っていった。


 落成式はひっそりと行われた。参加者は市長に、役所の幹部数人、市内の産廃業者数人、竹中、そしてドクター丑松。

 施設は、農家などで見かけるD型倉庫そのものに見えた。ゴミ処理サポート施設「まるなげ」の大きなシャッターが開き、ゴミを満載したトラックがそのまま入っていき、宇宙空間と繋がった穴の中にゴミを投棄した。ゴミは一瞬で消え去った。居合わせた誰もが、今日の日は革命的な記念の日になると確信した。

 市のゴミ処分場跡地は空地になった。清浄化作業を行って、公園を造成する予定である。近隣の市町村から格安料金でゴミを受け入れた。連日連夜ゴミを積んだトラックがO市に押し寄せた。処分場への道路は拡張工事が必要になったが、その工事費用を差し引いても、「まるなげ」は莫大な利益を市にもたらした。ドクター丑松もまたたくまに大金持ちになり、O市内の一等地に別荘兼研究所を建てた。

 他の自治体から問い合わせが殺到し、同じ施設を誘致したいという話が次々に舞い込んだが、それを見越して、O市は、五十年の独占的技術使用契約をドクター丑松と結んでいた。

 時折、作業員が穴に落ちて、そのまま消えるという痛ましい事故が起きたが、施設を閉鎖しようという話はどこからも出なかった。

 ゴミ処理量の増加に伴い、D型倉庫は十棟に増やされ、搬入経路の道路整備も進んだ。元の処分場跡地は緑の美しい広々とした公園となり、春になれば花見客で賑わった。汚染の痕跡はどこにもなかった。

 ゴミ処理の事業化によってO市は潤い、財政赤字は解消、市庁舎は建て替えられた。竹中は異例の若さで助役に就任し、彩乃ちゃんにプロポーズした。

 市にとって二度目の転機は、電力会社から放射性廃棄物の処分を打診されたことだった。さすがに放射能のゴミはまずいだろう。市議会も紛糾した。他県から核のゴミが搬入されることについて道知事も懸念を表明、道内の各自治体も反対声明を出した。みんなが押し付けあっている厄介モノを好きこのんで引き受ける馬鹿がどこにいる、というのが偽らざる本音だった。

 結局、電力会社各社の提示した巨額の処理料が全てを解決した。なにしろ十数兆円とも言われる放射性廃棄物処理費用が掛からなくなる訳で、電力会社はO市にそれに近い金額を提示したのだった。

 厳重な安全対策をとり、道や各市町村には多額の協力金を支払うというスキームを作り、O市の放射性廃棄物受け入れ実験は始まった。輸送車の経路には1キロメートル毎にガイガーカウンタが設置され、O市の処理場とその付近でも放射能は厳密に計測された。最初は低線量の汚染土やゴミが処分され、実績を積み上げながら徐々に高線量のゴミが持ち込まれた。周囲の線量はまったく増えなかった。文科省の原子力行政担当者や各種の原子力関連団体から視察団が訪れ、「まるなげ」を絶賛した。電力業界はついに放射性廃棄物の最終処分場を得たと喜んだ。これで放射性廃棄物の処理に悩まされることなく原発を好きなだけ増設できる、と、ほくそ笑んだ。

 しかし、市長に立候補し当選した竹中は、電力業界に釘を差した。将来の原発廃止、速やかな廃炉を約束することを処分場使用の条件とし、新規原発の増設計画を持つ電力会社の処分場利用を認めなかった。

 いくらでもゴミを宇宙に捨てられるのに、何をしみったれたことを言うんだ、と不満の声が上がった。首相までがこの問題に国会で言及し、このゴミ処理技術の国有化をチラつかせた。

 だが、竹中市長だけでなく、ドクター丑松も市長と同じ考えだった。O市との独占契約期間が終わっても、放射性廃棄物受け入れ条件は緩和しないと断言し、自分の死後もその技術が電力業界に悪用されないように、この技術と施設を財団法人化した。

 しばらく前から産業スパイと思しき者どもが、施設や、職員の周辺をうろついていることに竹中は気付いていた。しかし、誰も「まるなげ」の秘密を盗み出すことに成功しなかった。市長夫人となった彩乃が、夫とドクター丑松と夕食の卓を囲みながら尋ねた。

「で、結局、『まるなげ』って、どういう仕組になってるの?」

 竹中は愛する妻がスパイに買収されたかと、一瞬血の気が引いた。が、市の先端技術開発支援特別顧問に就任していたドクター丑松は笑ってこう答えただけだった「まあ、アレですわ、超科学いうか、黒魔術の類いうか」

「そんな怪しげな技術を売りつけたのか?」

「ええやん、ちゃんと動いてるんやから」

 O市から技術を取り上げ、あるいは盗み出すことを断念したらしい政権は、今度は竹中にすり寄ってきた。日本国として、諸外国から放射性廃棄物を受け入れ処分する事業を、国策として行いたいので、是非ともご協力を願いたい。竹中市長は国に対しても電力会社に告げたのと同じ条件を出した。国家として、原発からの撤退、全原子炉の速やかな廃炉を約束することが条件だ、と。


 首相官邸の約束を心から信じたわけでは決してなかったが、世界中の核のゴミが減らせるのは悪い話ではない。そうして、O市は放射性廃棄物処分の世界的メッカとなった。

 数年後、世界中の放射性廃棄物はほとんど消滅しつつあった。原発の数も徐々に減ってきていた。新設計画にも、再稼働に対してもO市は厳重に抗議した。その効果は大きかった。日本は巨額の外貨を獲得し、O市もまた市始まって以来の好景気に沸いていた。なにもかもが順調だった。


 妙なところから雑音が起こった。宇宙環境保護団体「ブラックピース」日本支部(所在地東京、代表者星野ひかり)という連中が、ネットに抗議文を掲載した。曰く、宇宙空間は全宇宙に住む生命体すべての共有財産であり、地球人類の身勝手な行動、環境破壊は断じて許されない。我々「ブラックピース」は、宇宙市民の一員として、その責任を自覚し、宇宙空間汚染反対運動を展開する、とのことであった。しかし、芳しい反響は得られなかったようである。

「宇宙は十分に広大だ」

「我々が捨てる程度のゴミならば希釈されて無に等しい」

「なにしろ、宇宙は光の速度で膨張し続けているんだからな」

「放射能というなら、宇宙に無数にある恒星が出す放射能もなんとかしろよな」

 といったお気楽な意見が、市民の大多数を占めていた。


 そんな折、O市上空に、謎の宇宙船が飛来した。UFOは、上空から、ビラを撒いた。なんと古典的な手法。竹中は職員が拾って持ってきたビラを読んだ。ビラは日本語で綴られていた。

「我々は、宇宙環境保護団体『スペース・シェパード』である。O市の行っている宇宙環境汚染は、許しがたい暴挙である。直ちに汚染活動を中止せよ。もし、中止しない場合、我々は対抗措置として、実力行為を行う。O市が太陽系外の銀河系座標XXXXXX-YYYYYY-ZZZZZZに不法投棄した放射性廃棄物を、O市及び世界中の原子力発電所に逆転送し、ぶちまける。報復行為開始までの猶予時間は地球時間で5日間とする。賢明なる対応を期待する。以上。なお、この文書は銀河コミュニケーション株式会社の開発した自動翻訳システムにより地球語(日本語)に機械翻訳されています」

 ビラに対する反応は様々だった。なりすましに決まっている。正体はブラックピースだろ。いや、本当だったらどうする。とりあえず要求には従うべき。いやいや、唯々諾々と従えば環境テロリストに屈服したことになる。先手必勝だ、宇宙船を破壊せよ。だが、あの宇宙船を破壊しても、核のゴミの逆転送が阻止できる保証はあるのか。

 O市も、各国の政府も大混乱に陥り、統一した対応策が決められるとは思えなかった。

 そんな折、今度は東京上空に別の宇宙船が飛来した。その宇宙人は、銀河系総合警備会社「アストロガード」と名乗った。最近、環境テロリストによる脅迫行為が銀河系各地で頻発している。当社はその脅迫行為を阻止する専門チームを擁しており、格安料金で破壊活動を阻止いたします。はやい話が警備会社の営業なのだった。O市と各国政府は分担して警備料金を支払い(支払いは金塊で行われた)、警備を依頼した。

 ほどなくして、宇宙船は二隻ともどこかに消え去った。一発触発の危機は回避された。が、実はあの環境テロ組織と警備会社はぐるだったのではないか、という疑惑が囁かれ続けた。


 平和な日常が戻ったと思ったのも束の間、今度は、前回の宇宙船とは比べ物にならないほど巨大な宇宙船が空中に停止した。全天空を覆い尽くさんばかりの威容。

 今度の宇宙からの来客は、銀河系連合環境保全機構となのった。地上のすべての放送電波、通信を乗っ取って、警告文が読み上げられた。

「地球人諸君に告ぐ。君たちの行った宇宙環境破壊行動は、看過しがたい被害を銀河系連合に与えた。この環境破壊の損害賠償として、地球は、地球の通貨に換算して×兆ドル相当の金塊を支払え。この命令に従わない場合、銀河系連合条約に則り、地球の全住民に刑罰を与える。これは銀河系からの抹殺と同義である。なお、無駄を省くためにあらかじめ言っておくが、抵抗は無駄である。何しろ、地球の知能、技術力、軍事力ランキングは銀河系連合加盟惑星約五十万の中で、下から五番目程度のレベルにすぎないのだから」

 地球の諸国家は再び騒然とした。今度は、環境テロリストなどとは次元の違う存在が相手だ。議論は、いかにして銀河系連合の怒りを鎮めるか、という方向で終始した。なにしろ戦って勝てる相手ではない。誠意をもって謝罪すべし。銀河系連合に加入した上で、賠償額減額の救済措置を求めるべきでは。金塊の拠出割当比率を早急に議論すべき。ハイパーインフレを起こしてドルの価値を暴落させれば、手渡す金塊は少なくて済むのでは。お前は馬鹿か。

 国連の臨時総会が開かれ、早急な賠償金の支払いが決定された。

 今ではO市市長の座を後進に譲り、財団法人廃棄物処理機構「まるなげ」専務理事になっていた竹中は、一連の騒動で、心底疲れ果てていた。「まるなげ」による廃棄物処理事業は中止に追い込まれた。財団は解散するしかあるまい。宇宙空間などというワケの分からないところに手を出すとろくなことはない、というのが偽らざる心境であった。

 宇宙環境保護団体「ブラックピース」日本支部代表者星野ひかりは、公式サイトで、「それみたことか!」と言わんばかりに、O市や、各国の愚かな行為を散々罵倒し、鼻高々で長文を書き連ね、大いに溜飲を下げた。


 環境汚染への賠償金と銀河系連合への加入支度金に相当する金塊の引き渡しが無事に済んだ。巨大宇宙船は銀河系の中心方面に向かって去っていき、地球は再び平穏を取り戻した。そして、支払いから数ヶ月後、巨大な宇宙船がまたもや飛来して、日本上空に停止した。今度の宇宙人は、前回とは違っていた。とてもフレンドリーな感じで、日本国首相に対して、スマートフォンの有名な無料通信アプリを通じての映話の許可を求めてきた。その映話には誰でもアクセス可能で、市民の多くが視聴した。

 映話画面に映し出された宇宙人はとても朗らかな感じで、しかも流暢な日本語を話した。

「こちら宇宙船ディスカバリー号」

「どこかで聞いたような名前ですが」

「あはは。冗談冗談。いやー、地球の映画って、ホントーにいいものですね。旅の途中、電波を傍受して、たくさん鑑賞しましたよ。×ーチューブに落ちてた海賊版ですがね。いやー、笑えるのなんのって」

「あの……もしもし?」

「いや、失礼失礼。当方の正式な名称は、銀河系連合の、僻地開発局ファーストコンタクト課の高速巡洋艦フロンティア号。私は艦長のXXXXXXXと申します。よろしくお見知りおきを」

 その名前は地球人には到底発音できないように思われた。なので、首相は相手を艦長さんと呼ぶことにした。

「ところで、艦長さんはなぜ、この日本にいらしたのですか。目的は何でしょうか」

「いやー、日本はいいなーと思っていてさあ。礼儀正しいし。専守防衛? 憲法九条? とてもいいじゃないですか」

 宇宙人のこの発言を聞いて、日本のリベラル、護憲派、各地の九条の会の面々は、感動に胸を熱くした。

「そればかりじゃないよ、素晴らしいことは。おもてなし? 和食? ゲイシャ? 吉原? フーゾク? アダルトビデオ? JKリフレ? いろいろ楽しそうじゃん?」

 それを聞いて良識派は憮然とし、日本国民の感動は潮が引くように消え去った。俺たちの感動を返せ。

「そうですか。まあ、とにかく我が国を気に入っていただけたようで(ゴホンゴホン!)大変結構でした。それでですね、本題なのですが、あの宇宙空間を汚した件の賠償金は、きちんと環境回復に役立てていただけているのでしょうか」

「それそれ。その件でわざわざ来たわけなんだけどさー、あれって、実は詐欺だったわけ」

「詐欺? どういうことでしょう」

「あー、もちろん犯人グループはすでに逮捕され、取り調べも進行中ですので」

「あのー、意味が分からないのですが」

「銀河系連合環境保全機構という組織はたしかに実在するんだけどね、今回の犯人はその名を騙って、地球から金を巻き上げようと考えた訳だ。地球のみなさんもちゃんと相手の身元を確認してから、対応をしないといけませんよ」

「しかし、我々地球が宇宙を汚染したことは事実で……」

「汚染? あはは。たしかに汚染といえば汚染だ。しかしね、例えばあなた、家の目の前でウンコされたら憤慨するでしょ。糞害だけに。あはは。ウケル? ウケル? でもさ、それが太平洋の真ん中でウンコしたんだったら、ご自由にどうぞ、って感じじゃん? 海は広大だし、そもそもクジラのウンコだって莫大な量が垂れ流しなわけだし。まあ、今回の地球からのゴミ不法投棄ってのは、太平洋の真ん中でちょっとウンコしちゃった程度の話なわけよ」 

「じゃあ、損害賠償ってのは」

「だから、詐欺なの。損害なんてどこにも発生してないわけ」

「しかし放射性物質を……」

「まあね、地球のような狭い環境中に放射性物質をバラ撒けば、それは大問題だ。でもね、宇宙は無限に等しいほどに広大なんでね。放射性物質自体、宇宙の中には、普通に溢れているわけで」

「なるほど……で、騙し取られた金塊は戻ってくるのでしょうか」

「銀河系警察機構が、金塊の行方を、まあ、一応は追っているけどね。今までの例から言って、騙し取られた財物が戻ってきたことはありませんねぇ」

「そうですか」

「とりあえず、銀河系警察機構に対して、地球として正式に被害届を出すということでよろしいですか?」

「それは私の一存では……いや、異論はないと思いますので、よろしくお願いします」


 銀河系連合に加盟した地球には、定期的に銀河系ニュースが配信されるようになった。

 膨大な量のニュースのなかに埋もれるように、例の地球が詐欺にあった事件は、僻地の話題として小さく取り上げられていた。

 犯行グループの主犯は、取調べに対して、「地球から発せられた電波を傍受、解析して、あの手口を知り、興味本位で、つい模倣してしまった」と供述している。解説記事によると、こと犯罪の手口に関しては、地球のレベルは銀河系連合でもトップクラスで、特に日本の『オレオレ詐欺』『振り込め詐欺』、あれはすごいアイディアだと、銀河系連合でも話題になっている。地球風に言えばノーベル犯罪賞級の発明。その手口が近年、銀河系連合全体に広まっており、銀河系警察機構は対応に追われている。

 記事を読んだ竹中は溜息をついた「まるで、地球は、銀河系連合の中で、詐欺手口の輸出大国、詐欺の本場みたいな扱いだ」

「その詐欺の本場が、まんまと騙された訳やから、宇宙中の笑いもんや」

 ドクター丑松も憤慨していた。

 彩乃も憂い顔で「なんかもー、めっちゃ悔しい。なんとか名誉挽回できないかな」

「地球の名誉なんか考えてる場合ちゃうで」

 ドクター丑松の言うとおりだった。銀河系連合から、新たな廃棄物転送技術が提供されたのである。しかも汚染された地球環境の回復支援という人道的目的から、その技術は無償供与され、ゴミ転送施設は世界中に急速に普及した。「まるなげ」は商売上がったり。銀河系連合の気高い倫理性が地球中で賞賛され、その反対に、今まで私利私欲のために転送技術を独占してきた「まるなげ」財団は、厳しい国際的非難を浴びた。

 「まるなげ」財団は収入源を失い、同時に、O市もまた財政難に陥った。「まるなげ」の生む利益に依存するばかりで新たな産業の育成を怠ってきたO市は、このままでは財政破綻するのでは、と危ぶむ声も多い。

 どこに行ってもダニかゴキブリを見るような冷たい視線を浴びせられることに辟易し、家にこもりがちになった竹中たちは、新たな食い扶持を考えあぐねて鬱々とした日々を過ごしていた。その間も、宇宙環境保護団体「ブラックピース」日本支部代表者星野ひかりは、相変わらず意気軒昂として公式サイトでゴミ転送技術を批判していた。これ以上地球のゴミを宇宙に転送し続けると、地球の質量が減少し、地球の公転軌道に悪影響を及ぼし、思わぬ自然災害を引き起こす恐れがある、という新たな論理を振りかざしているのだが、果たして。

 銀河系連合歴1355XX年(地球西暦20XX年)、銀河系連合最大の広告代理店が主催する「銀河系流行語大賞」の第一位に「地球する」という言葉が選ばれた。詐欺師が詐欺にあう、自業自得、といったニュアンスで使われているらしい。こんな不名誉な言葉で取り上げられ、はっきり言えば小馬鹿にされているにもかかわらず、とにかく銀河系で一位だということだけで浮かれ騒ぐ愚かな地球市民の多さには、ただただ呆れる他ない。




    =エピローグ=


 地球人類を感激させた、銀河系連合によるゴミ転送技術の無償供与。この人道的な政策によって、地球の環境はかなり改善された。しかし、この無償供与の根拠となる銀河系連合の法令集をよくよく熟読すると、その無償供与には期限があることが分かるのであるが、地球人類は誰一人それに気付いていなかった。そして十年の無償供与期限が終わったときに、ゴミ転送技術の法外な使用料の高さに地球人たちは愕然としたのだが、時すでに遅し。無料でゴミを捨てられることへの甘えもあって原発の廃炉はちっとも進んでいなかったし、ゴミを減らす努力も技術開発も滞っていた。人類はもはやゴミ転送技術なしでは生きていけない依存症状態に陥っていた。今後、ながい年月を掛けて銀河系連合は地球の財産を底の底まで吸い尽くすことだろう。銀河系連合は大昔からこのような手法で金のなる木を増やしてはぶくぶくと肥え太ってきたのである。

 地球市民たちは慌てて「まるなげ」財団に救いを求めて群がった。だが、十年の間に財団は全ての施設を廃止していたし、ドクター丑松は失意の中で既に亡くなっていたので、あの原理不明のゴミ転送技術を再現することは出来なかった。ひっそりと「まるなげ」財団は解散し、その後竹中と妻彩乃の行方は杳として知れない。

 かくして地球は、未来永劫、銀河系連合に搾取され続ける奴隷惑星となりはてた。






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