死送り配達員は一生の仕事にしてはダメ、ゼッタイ

ちびまるフォイ

どうか、今度こそ命乞いしてくれますように

みかん箱ほどのダンボールには紙が1枚だけ入っていた。


『死送り人を選んでください。

 選ばなければあなたが死にます。』


紙には名前を書く欄と、受取人の欄が用意されている。

まるで宅配の伝票のようだ。


「あんなクソ女……死ねばいい」


フラれた腹いせと酒の勢いに任せて元恋人の名前を記入しポストへ投函。

ふざけたいたずらだとも思わなかった。忘れるほど無意識だった。


それから数日後。


ピンポーーン。


『すいませーーん。宅配でーーす』


「宅配? なんかネットで買ったっけ? 住所間違ってませんか?」


『いえ、〇〇ハイツ200号室、佐藤様ですよね?』

「え、ああ、はい」


人の良さそうな顔の宅配員が戸口に立っていた。

ダンボール箱を持つ手の指が書けていた。


「暴力団はお断りなんですが……」


「いやいやいや、普通です。これただの仕事の事故ですから。

 とりあえずサインかハンコいただけますか?」


「はぁ」


ハンコを押して受け取ったのは、以前と同じサイズのダンボール。

ダンボールを開けると口が入っていた。


――口元にほくろあるんだね、セクシーじゃん


いつだったか、彼女のことを褒めた自分の言葉を思い出した。

箱には口周りを切り取り、梱包材に包まれた部品が入っていた。

見ただけでそれが彼女の一部だとわかる。


『ご依頼の品、死送りいたしました。』


箱にはハンコが押された伝票と、また新しい伝票が入っていた。


「ふ、ふふふ……これはいいや……!」


遠回しに人の死に手を貸した恐怖だとかグロテスクなものへの嫌悪とか

そういうものよりも、憎い相手が死んだことへの達成感がわかった。


次に伝票に書いたのは、パラハラしてきた上司の名前だった。


『ご依頼の品、死送りいたしました。』


箱にはノドが入っていた。

上司は喉仏が特に出ていて特徴的だったのを思い出す。


また新しい伝票が入っていたので次に借金させて逃げた元友人の名前を書いた。


『ご依頼の品、死送りいたしました。』


届いたのは目だった。

眼球だけでなくその周囲もまるごと切り出しているのですぐに特定できた。


そして、また新しい伝票が届く。



今度は2枚。


『日々のご愛顧に感謝いたします。

 つきましては、1枚では足りないだろうという判断で

 死送り伝票を2枚つけさせていただいたのでお収めくださいませ』


「に、二枚……?」


正直、もう殺したい相手は底をついていた。

どっかの漫画のように死刑囚を殺して世界をよくしようとも思ったが、

そもそも死刑囚の名前を知らないし、犯罪者の名前もわからない。


一般市民ごときじゃ把握できる情報は限られているし、

テレビやネットで報道されるのは不確定なものばかりで、判断に困る。


「どうしよう……誰を殺せばいいんだ……」


死送り伝票に指定されれば確実に殺されてしまう。

かといって書かなければ今度は自分が指定されてしまう。


自分を活かすためには誰かを殺さなければならない。


「そ、そうだ! 死送りをストップしてもらおう!」


死送り伝票は企業で作られたものらしいので、

会社名を割り出してから住所を調べその現地に行くことに。

会社に直接文句を言えばきっとやめてくれるだろう。


会社の住所に行くと、そこには何もない空き地が広がっていた。


「うそだろ……」


よく詐欺師が架空の住所を指定したりする方法と同じだった。

架空の会社を作り住所を記載して登録するが実態はない。


家に戻ると、玄関の前に配達員が立っていた。


「あ、ちょうどよかった。お荷物、届いていますよ。

 いやぁ、留守みたいだったから不在票を入れようかと思ってました」


その場しのぎでテキトーな名前を書いて死送りさせたものが届いていた。

配達員の防止にはさっき見てきた架空会社のロゴが書かれていた。


それを見るなり、体が勝手に動いた。

配達員の腕をねじりあげて足元にひざまずかせる。


「いたたたた!? な、なにするんですか!?」


「教えろ! お前はどこからこれを配達したんだ! 会社はどこだ!?」


「し、知りませんよ! 僕は会社の人間じゃないんです!」


「知ったことか! じゃあどうしてこの荷物を受け取ることができる!

 お前が荷物をどこで受け取ったのか言え!」


「わかりました! わかりました! 案内しますよぉ!!」


配達員に案内されて向かった先はただの配達ロッカーだった。


「いつもここなんです。ここに箱が収められているから

 僕たちはそれを受け取って、ただ配達するだけです。

 配達元の情報なんて知らないんですよ」


「そんな……」


会社から受け取っているのではなく、ロッカーを経由することで接触を避ける。

ネット犯罪者が海外サーバーを経由して足跡を残さないような手口。


これだけ徹底している相手のしっぽを、いち個人がつかめる気がしない。


諦め始めたとき、自分のスマホに連絡が届いた。



『あなたが死送り指定となったことご連絡いたします』



「えっ……!?」


思えば、どうして死送りが自分だけに届くものと思い込んでいたのか。

他の人間のところにも依頼が来ているかもしれないのに。


慌てて家に戻ると、ドアの鍵をかけ、窓を締め、

金属バットを握りしめて部屋のすみで震えていた。


「つ、次は俺……次は俺……!」


殺されれば体の一部を切り出されてどこかに送られる。

死んだふり作戦もうまくいきそうもない。


「や、やってやるよ……何が死送りだ。

 どうせやってくるのは同じ人間なんだ、返り討ちにしてやる……!

 簡単に殺せると思うなよ……!」


恐怖は徐々に殺意へと転化されていく。

部屋のすみからドアの裏へと移動して侵入者に備える。


ガチャガチャと外のドアが開けられるのが音でわかる。


(来た……!)


死送り人は慣れた手付きで鍵を開け、ドアチェーンを切っていく。

足音を立てないように歩いてくるのがわかる。


そして、俺の部屋に踏み込んだとき、先制攻撃をしかけた。


「うおおおお!!! 死ねぇぇぇえ!!!」


振り下ろしたバットは虚しく空を切り床に叩きつけられた。

死送り人はすぐにスタンガンを俺の肌に当てると、瞬時に行動不能にされてしまう。


「この仕事やっているとね、こういうパターン多いんですよ。

 たいていが部屋で待ち伏せしているか、外に逃げ出すかなんです。

 殺し慣れてない相手の初撃をかわせば後は楽なもんです」


死送り人は少しも見出していない声色で話した。

そして、その声は聞き覚えがある声だった。


「お前……配達員の……!」


「ええ、はじめまして、ではないですよね。僕が仕送り人です」


「助けてくれ! 殺さないでくれ! 頼むよ!

 あんたは俺に恨みなんてないだろ!?」


「食肉工場で働く人だって、別に動物に恨みがあるから殺してませんよ。

 普通に、仕事だからやっているだけでしょう」


「ひっ……」


少しも歩み寄らない。取り付く島もない。

命乞いをして理解してもらえる相手ですらない。


「ただ、方法がひとつだけあります。あなたが生き残る方法が」


「どうして……どうしてそんなことを俺に教えるんだ!?」


「僕が救われたいからですよ」




※ ※ ※



依頼した男の元に死送り箱が届いた。


「お届けものです」


戸口には死送り配達員がやってきていた。


「ひひひ。佐藤の野郎、ざまあみやがれ。

 上司が死んで繰り上げ昇進したからって調子のるからこうなるんだ」


男が箱を開けると中には新しい伝票と、体の一部分が入っていた。

今回は相手の指だった。


丁寧に指紋鑑定書までついて、本人のものだと特定できるようになっていた。


「いやぁ、死送りってムカつくやつを殺せるから最高だぜ。

 配達員さん、いつもありがとうね」


「いえ、仕事ですから」


「……あれ? 配達員さん、変わった? 前の人じゃないよね」


「ええ、先日からこちらの仕事を担当するようになりました」


俺は帽子を目深にかぶった。


「前の配達員さんもだったけど、

 どうして配達員さんは毎回指が欠けているんですか?」





「これは、仕事上の都合でちょっと……」



いつこの仕事を代わってくれる人が出てくるのか。

それだけを待ち望みながら、次の死送り先へと急いだ。

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