第2話 悪逆を焦がす

「こんな辺鄙へんぴな所に魔導術士様がいらっしゃるとはな。それも噂に名高い紅焔の二つ名を持つゼーラン様とは……」

「様はいらん、様は。ゼーランでいいよ、中央で引き籠ってる奴らみたいに丁重に扱われるのは苦手なんだ。それよりも、このゴブリンを百回ぶん殴ったような顔した悪党の詳細を頼むよ」

 六芒星の紋章を見せてから女将の態度はコロっと変わり、騒ぎを横目に見ていた客からは驚きの眼差しで串刺しになった。なんともむず痒い視線が嫌になったゼーランディアは、酒場の主人が待つ個室へと案内を頼んだ。手配書をひらひらと主人の前で躍らせ、手配犯の詳細を急かす。

「名はバリス、元はここの開拓者の一員だった男だ。俺達はここより西にある『イスカ』と呼ばれる町からやってきた、バリスもイスカで育った。奴はイスカでも素行の悪い男でな、毎日喧嘩しては衛兵に絞られてたんだ。ここの開拓に回されたのは、イスカでの働き口が無くなってやむを得ずだったそうだ。ところが、ここの集落がようやく軌道に乗ったところで山賊紛いの連中とつるみ始めてな、ついにここで金目の物や食料なんかを略奪して逃亡したんだ。それ以来、旅人や商人を襲ったり、集落に盗みに入ったりしているんだ」

 酒場の主人は、言い終えると溜息をついた。その様子からも、大分悩まされていることが伺えた。

「で、肝心の居場所とか隠れ家の場所ってわかるか?あと、生け捕りにして欲しいなら予め言っておいてくれ。生死を問わないなら勝手にやらせてもらうぞ」

「ああ、隠れ家は恐らくここから南西にある森の奥。真っ直ぐに向かうと、山肌に突き当たるから、そこを右手伝いに歩くとぶつかる洞窟だ。そこに連中は寝床を作ってやがる」

「へえ、詳しいじゃないか。居場所がわかってるのにどうして対処しないんだ?」

 ゼーランディアが言うと、主人は一言だけ「対処はそれだ」と手配書を指さした。

「この集落には腕利きの魔術師とか、用心棒はいないのか」

「いるんだ、いるんだが……バリスは腕っぷしが強いだけじゃなく、魔法使いでもあるんだ。一緒に居る山賊共も、そうだった」

「数は?」

「知ってる限りでは、九人」

「結構いるな、そこらの魔術師には荷が重い訳だ。じゃ、腹ごなしのつもりで行ってくる。他に言っておくこととか、要望は?」

「ない、一人残らず殺して構わん。それと、本当に銀貨は差し引き100枚で良いのか?」

 報酬の追加を望む賞金稼ぎは多い、というか大半は賃上げ交渉をしてくる。しかし、逆に少なくても良いと言う賞金稼ぎなんて、この魔導術士が初めてであった。

「飯が旨かったからな、餓死寸前だったところを助けてもらった礼だよ。じゃ、行ってくるわ」

 ゼーランディアはそう言って、軽い足取りで酒場を後にした。これから命のやり取りをするというのに、鼻歌交じりに去り行く魔導術士の背を見た人々は唖然とするしかなかった。


 酒場の主人に言われた通り、南西の森を抜け、突き当りを右手伝いに歩く。数分歩いただけで、大きく口を開けた岩肌を見つけた。ご丁寧に見張りまで立てており、「ここが隠れ家です」と言っているようなものである。

 特に隠れる事もなく、堂々と洞窟へと足を運ぶと、当然ながら見張りが目の前に立ちはだかった。明らかに仲間ではないのに、恐れる事もなく堂々と歩み寄る漆黒の男に困惑しながらも、やいやいと突っ掛かってきた。

「おい、てめぇここに何の用だ!身包み剥がされてぇのか!」

「んなわけねぇだろアホ。バリスって奴はいるか?探してんだけど」

 そう言うと、ゼーランディアは手配書を見張りに突き付ける。不意打ちをするでもなく、堂々と手配犯を尋ねる賞金稼ぎに驚くが、緊急時に必ずそうするように指笛をピィー!と吹き、素早く洞窟の奥へと逃げて行った。

「馬鹿な奴め!バリスがてめぇに顔を合わすかよ!」

 見張りが洞窟深くへ逃げおおせると、「さてと」とゼーランディアは呟いた。



 洞窟の最奥には、バリスを含めた山賊達がノコノコやってきた賞金稼ぎを待ち構えていた。道中には罠を張り、目立たない横穴からはあらゆる手段で闇討ちを仕掛けようと伏兵も用意してある。おまけに山賊達は末端に至るまでが魔法使いであり、並の賞金稼ぎでは迂闊に足を踏み入れたが最期、パンツまで身包みを剥がれ、死体は動物の餌にでもなってしまうだろう。

「俺様も舐められたもんだな、不意打ちすら出来ない素人を差し向けられるとはな」

 バリスは招かれざる客に悪態を付いていた、自分のしでかした事に対して討伐隊や賞金稼ぎを差し向けられるであろう事は覚悟していた。その為にも腕っぷしの強い連中と協力し、行く行くは巨大な略奪者組織としてこの世界のあらゆる富を奪いつくしてやろうと考えていた。

 なのに、だ。差し向けられたのは馬鹿正直に真正面から、それも手配犯に対して「これ、本当にあなたですか?」と聞いてくるようなアホであった。腕利きを差し向けられてコテンパンにされるよりはマシだが、これはこれで屈辱であった。まるで「お前にはこの程度で十分だ」と言われているようで腹立たしかった。腹の立つあまり、簡素な木造りの机を蹴り壊してしまった程だ。


 しかし、待てども待てども侵入者はやって来なかった。道中で待機している伏兵からも何の連絡もなく、数十分が経っていた。

 ――何かがおかしい。そう思っていても迂闊には動けない。ひょっとしたら、逃げ帰ったのではないかと表へ出てきた自分達を不意打ちするつもりで、わざとアホのフリをしたのではないのか。それとも本当に逃げ帰ったのでは。バリス達の頭には色々な可能性が過ぎり、ポタリポタリと汗が伝い落ちる。陽も届かず、涼しいはずの洞窟内が酷く暑く感じるのだ。緊張から来る物かと思い、かぶりを振って侵入者を待ち構える。


 ――おかしい、絶対におかしい。暑い、そして苦しい。バリス達は息も荒く、汗も滝のように流れている。まさかまさかと待ち続けていたが、息苦しさと熱で、もはや全員が限界であった。表の様子を見に行こう、と誰かが提案したことに皆が安堵した。駆けるように皆が外を目指し、ようやく陽の当たる入口へと辿り着いたと思った。そこには、煌々と燃え盛る太陽が間近に迫っていた。



 ――見張りが洞窟奥へと逃げて行った後、ゼーランディアは木々や草花を巻き込まないように気を付けながら、自らの周囲に灼熱の炎を纏った。そのまま洞窟の入口へと立つと、そのまま一歩も動かずに仁王立ちしたのだ。洞窟奥で待ち構える山賊共を蒸し焼きに、その前に酸欠で意識を失うかと思いながら、ひたすら洞窟の入口を焼き続けた。そうする内に、堪え切れずに山賊達が目の前に躍り出た。

「あんたがバリスか、手配書よりも酷い顔だな」

 目の前で嘲笑う魔術師に、バリスは何かを口にしようとするが、息も絶え絶えで声が出ない。ただでさえいびつな顔をぐちゃぐちゃにゆがませて怒りを露わにし、魔法を使おうと詠唱を始める。が、息が続かない。外から入る空気は全て目の前の男が焼き尽くしているのだ。

「証拠が必要なんでな、指か、首か……首は重いから指にしようか、よし」

 そう言うと、ゼーランディアの周囲を渦巻く炎が四方八方へと炎の鎖となって山賊達へ巻き付いた。僅かに残った空気を使っておぞましい断末魔を上げながら、何も出来ずに黒く焼けて崩れ落ちる。バリスを残して全て。アホだと思っていた侵入者はずっと狡猾で、強大で、無慈悲であった。

 ゼーランディアの左手に握られた白い布が、炎をまとって焼け落ちる。そこには緩やかに湾曲したさやに、美しい装飾のつばがあしらわれた刀が姿を現した。腰を抜かしたバリスの前に立つと、右手で逆手に刀を握ったかと思えば、目にも留まらぬ速さでバリスの指を斬り落とした。

「がぁ……!ぎぃ……!」

 痛みで声を上げようとしても、もはや肺に空気が残っておらず、無残にのたうち回る。斬り落とされた指をひょいと拾い上げると、周囲で躍っていた炎の鎖がバリスへと巻き付き、そして焼き尽くした。

「一丁上がり、と」

 斬り落とした指の断面を炎で焼きながら、つまらなそうに呟いた。

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紅焔の魔導術士ゼーラン 夜部孝月 @yonoji

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