紅焔の魔導術士ゼーラン

夜部孝月

第1話 ゼーランディア・バーンブレイド

 見渡す限り、草木の少ない荒野の街道。その街道に二人組の薄汚れたボロをまとった男達と向き合うように、一人の男が立っている。

 漆黒の外套がいとうに真紅の宝玉をあしらい、外套から覗く装束しょうぞくには、黒と赤の炎を思わせる意匠が伺える。腰には黒とは対照的な白い布で覆われた1mほどの長物をぶら下げ、威風堂々と男達を睨みつける。

 二人組の片割が、漆黒の男にナイフをちらつかせ、大声でがなり立てる――刹那。


「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 突如、男は炎に巻かれ、耳をつんざく断末魔を上げたかと思うと、即座に肺を焼かれ、悲鳴は途絶えた。男の命も共に。そこには人間だった物が転がり、肉とはらわたの焦げる臭いが立ち込める。

 相方が突然燃え上がり、息絶えたことで残された男は情けない叫びを上げ、何度もつまづきながら一目散に逃走した。余程必死に走ったのか、凄まじい速さで駆けて行った結果、荒野の街道には漆黒の男が一人佇んでいた。


 彼こそが『ゼーランディア・バーンブレイド』、紅焔こうえん魔導術士まどうじゅつしと呼ばれる、流浪のバウンティハンターである。

 ひと騒動終えた彼は、懐からスカスカの革袋を取り出し、焼死体へと放り投げた。中に何も入っていない革袋は、音を立てる事もなくぺしゃりと傍らへと落下する。

「だから言っただろ、金なんて持ってないってよ」

 そして彼は、無一文であった。一陣の風が吹き付けると、財布だったであろう革袋は彼方へと飛んで行った。

「……腹減ったなあ、次の町まで結構あるんだよなあ。さすがにまたドングリを齧って街道を彷徨さまようのは、勘弁願いたいぜ」

 そう言って、懐にしまってあった最後の干し肉をかじりながら街道を進み行く。先程までの威厳はどこへやら、肩を落とし、トボトボとした足取りであった。


 この世界「アースランド」は魔法技術が広く普及し、日常においても魔法を使う者は珍しくない。かまどの火が欲しければ、火の魔法で火種を作り、料理に使う水が欲しければ、水の魔法で好きなだけ用意できる。しかし、それにも限度という物がある。

 魔法は等しく『魔力』を必要とし、魔力は限界を超えて魔法を行使することでのみ鍛錬することができる。しかし、身体中の魔力を使い過ぎると、まるで酔っ払ったかのように身体が制御できなくなり、強い眩暈めまい、頭痛、吐き気なども催す。これが『魔力酔い』と呼ばれる症状だ。それでも魔力を使い続け、枯渇する程の魔力を消費すると、今度は身体中が激痛に襲われる。ここまで魔力を使う事で、ようやく肉体が、より多くの魔力を取り込むように作り変えられるのだ。

 つまり、水が欲しいと思っても、洪水のような量の水を作り出す事は、普通の人間にはできないのである。

 生まれつき魔力の貯蔵量は違ってくる物なので、なかには生まれながらに凄まじい貯蔵量を持つ者も出てくる。アースランドでは、魔力の多さが一つのステータスであり、その才に恵まれた者は幸運と言って間違いないだろう。


 ゼーランディアはいい加減、空腹で目が回りそうになってきた。前回、町を発ったのは五日前だ。次の町までには小さな集落の一つでも見つかるかと、高を括って物資も少なく出発したのが失敗だった。

 町から外れた先は見渡す限りの荒野であり、街路も人は少なく、居たとしても強盗紛いの悪党ばかり。せめて狩れそうな動物でも居ればと思ったが、そんな幸運にも恵まれる事はなかった。結果、ハラペコのまま街道を行く羽目になったのである。

 エネルギーを出来る限り使わないよう、考える事を止め、ひたすらに歩き続ける事数時間。荒野を抜け、ようやく緑が見えてきた所に小さな集落を見つけると、死んだ目をしていたゼーランディアは瞬く間に元気を取り戻し、足早に集落へと向かって行った。


「いやホント助かったぜ、腹が減りすぎて蜃気楼しんきろうでも見たかと思ったが、現実で良かった。女将さん、おかわり追加よろしく!」

 小さな集落は思いの外、豊かなところであった。街道沿いに建てられた集落には、旅人や商人が立ち寄れる酒場が存在していた。それこそ集落の規模に対して不釣り合いな程に立派な物だ。荒野の入口、ないし出口に当たるこの集落は需要が高いのである。集落の規模が小さい事については、比較的新しく開拓された所だと女将から聞かされた。手配書なんかも貼られており、これもゼーランディアにとっては幸運であった。

「ごっそさん!旨かった、めっちゃ旨かったよ女将さん!それで勘定なんだけどさ、ちょっといいかな?」

「おや、なんだい?お世辞を言ったっておまけはしないからね、あれだけたらふく喰ったんだ、銀貨50枚だよ」

「いや、一文も持ってないんだわ」

 あっけらかんと言うと、女将の表情が凍り付いた。大喰らいの男が二人掛かりで平らげる程の料理を、あろうことかこの男は踏み倒そうとしているのだから無理もないだろう。そんな女将を他所に、ゼーランディアは一枚の手配書を破り取ると、女将の眼前に突きつけた。

「その代わり、こいつの討伐を受ける。報酬から銀貨100枚引いていいから。これで大目に見てくれない?」

 手配書には『罪状:強盗・恐喝・傷害 賞金:銀貨200枚 詳細は主人迄』と簡潔かんけつに書かれている。人相書きには不衛生に伸びた長髪に、荒事で何度も腫れ上がったであろう、歪んだ顔の男が描かれている。

「お待ち、そうやって踏み倒そうったってそうはいかないよ。第一、あんたにコイツが仕留められるのかい?その男は殺しはしちゃいないけど、いつ死人が出てもおかしくない程の乱暴者なんだよ!」

「大丈夫だって、俺は魔術師まじゅつしだ」

「信用できないね、魔術師を自称する魔法使いのなんと多い事か!そう言って帰ってこなかった奴らを私は何人も知ってるんだ!」


 『魔法使い』。前述の通り、この世界において魔法とは普遍的ふへんてきな物である。素人であってもある程度の魔法が使える。その中でも魔法の扱いに自信がある者も多く、それらの自称魔術師の事を『魔法使い』と呼ぶ。

 『魔術師』は、アースランドの『中央魔法協会』と呼ばれる協会から正式に認可された魔法使いの事を指す。早い話が、実力を認められた『魔法使い』と言った所だ。


「そうか、じゃあこれならどうだ?」

 ゼーランディアはそう言うと、懐から六芒星ろくぼうせいを模った金色こんじきの紋章を取り出した。その紋章を目にした女将と、その騒ぎを横目で見ていた客たちは驚愕した。

「騒ぎになりやすいから、あんま言いたくはなかったから魔術師と言ったが……悪い、ありゃ嘘だ。俺は『魔導士まどうし』、それも指折りの『魔導術士』、紅焔のバーンブレイドとは俺の事だ」


 『魔導士』は、魔術師よりも高い実力が認められた者。とりわけ難しいとされる、物質に魔力を通す能力が高いと認可される。魔法しか出来ない魔術師と違って、魔法と道具の両面を有効利用する高位の人物を指す。

 そして、ゼーランディアが自称した『魔導術士』こそ、アースランドには数える程しか存在しない最上位の魔法使い。魔導士の中の魔導士であり、魔導術士にのみ持つことを許された『六芒星の紋章』は、まさに最強の身分証明なのだ。


 ――つまり、彼が最強という証でもある。

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